王都に行こうか悩んでます。後半はシャーリー編
「俺のあの剣、名前は『震波』って名前なんですけど触れた無機物を1秒その場に固定する能力があるんです。」
アリアさんの首筋に剣を突きつけ勝利した俺。当然その後アリアさんに剣の能力について詰問される。冒険者として負けたままにすることは出来なかったのだろう。一瞬焦らしてみようかと思ったけどアリアさんの視線の鋭さにそんな考えは何処かへ飛んでいってしまった。良い関係でいたいしこんなどうでもいいことでわだかまりを作るべきではない。
「…ムキブツ?…それは一体…」
どうやらこの世界では無機物って考えがないようだ。この世界に来てから結構経ってるはずだけどまだまだ食い違いがある。無機物は…確か…無機が生命活動を示さないだから…説明すると、
「えーと、意志の無いものですね。例えばこの椅子もそうですし、剣もそうです。逆に有機物…震波の能力は人自体や、魔物本体には効きません。どうやら一つの剣に込められる力には条件があるみたいなんだ。強い力を込めれば維持できるのは一瞬だけ。今回の震波なら暫く使い続けられる。」
あの魔物の大群を両断した剣は一振りで消え去ってしまった。普段使いするのには向いてない。
「成る程…そういうことか。剣が空中で固定されることなど経験したことがなかったので取り乱してしまった。…それも狙いか?。」
「はい、熟練した戦士であればある程自分の武器は大事にしてる。その武器をすぐに捨てるっていう判断が出来ないだろうって思って。魔物相手の時でも敵が投擲とかしてきた時に触れれば防御にもなるし。」
「うん、よく考えられている。他にも考えているんだろ?。」
「うん、まあね。取り敢えずあと3つは考えてある。」
「そうか、クラヒトは柔軟な思考も持っているようだ。あと2つ未知の能力も持っていると考えるとお前は強くなる。私が保証する。このコーラルを出る時も近いかもしれないな。やはり難度が高い依頼を受けるには王都の方がいい。」
「でもアリアさんはコーラルにいるじゃん。」
「私もCランクの時に一度この街を出た。そしてAランクになってから拠点をここに移したんだ。Aランクになってしまえばあとは依頼の方からこちらに飛び込んでくる。」
…芸人がある程度まで行ったら東京に行くみたいな感じだな。王都まで行って成功すればどこに住んでいても依頼の方からくる。強くなればなんでも優遇される。わかりやすい世界だ。
「…俺も王都に行った方がいいと思う?。」
「クラヒトが…強くなりたいと願うなら…私は王都に行くことを薦める。あそこは強者の巣窟だ。この街では冒険者が依頼を選ぶが王都では依頼が冒険者を選ぶ。信用を得られなければ難易度の高い依頼は回ってこない。冒険者としての全てが必要となる。」
「真剣に考えないとダメだね。俺に足りないもの、通用するもの、自分を客観的に見つめ直すよ。…気持ちとしては挑んでみたいけどね。」
気持ちだけじゃダメだ。全てが伴わないと。無駄な焦りは破滅をもたらす。急がば回れだ。
「もし王都に行くのなら私が案内してやる。…それに当面の滞在先も都合してやる。だから!必ず真っ先に声をあげるんだぞ!。」
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「…クラヒト…今の速度で成長したら…王都に行くことを薦めるべきなのよ?。」
私はギルドで1枚の紙を見ていた。そこに書かれていることは全部1人の男についてのこと。私が毎日書き足している大事な物。そこには受けた依頼と成果、ここ1ヶ月は特訓の内容も書いてある。
「最近はDランクの依頼も安定してこなしているのよ。それは基礎がしっかりしてきていることの証なのよ。…それにクラヒトにあのスキルもあるのよ。…多分すぐにCランクに上がるのよ。…」
Cランクから上に上がるためには王都に行くことが1番いい。王都なら高難易度の依頼も受けることができる。
「だけど…そうしたら……会えなくなっちゃうのよ。…ううん、これは私の我儘なのよ。…上を目指す冒険者の邪魔をするなんて……」
私の目からは自然に涙が溢れていた。クラヒトはいつの間にか私の心の中でその存在を増していた。今では毎日クラヒトに会うのが楽しみになっている。王都に行ってしまったら暫くは会えない。もし王都を拠点にすることになったらもう2度と会えないかもしれない。だけど…クラヒトには強くなって欲しい。相反する気持ちが私の心を締め付ける。
「シャーリー、何故泣いているんだい?。」
誰もいないと思っていたギルド。だけど声をかけられる。とてもあったかい、安心する声。マスターだった。私は涙を拭いながらなんでもないと告げる。嘘をつくのは嫌だけど心配をかけるのはもっと嫌だ。マスターは私の恩人なのだから。
「…これはあの彼の。…どんどん強くなっているようだね。アリアさんにも師事しているみたいだし、君も特訓に付き合っているんだろう?。」
「…そうなのよ。クラヒトはやる時はやるからちゃんと強くなっているのよ。」
「てことは王都に向かうのか。…あぁ、そうか。シャーリーはそれで泣いていたのか。彼との別れが寂しくて。…君は変わらないな。」
マスターが頭を撫でてくる。その手つきは初めて会った時と変わらない優しいものだった。
「違うのよ、…泣いてなんかないのよ。」
マスターのなでなでで心が絆されまた涙が出てくる。…せっかく止めたのに。
「シャーリー、何度も言っているけど君は自由なんだ。僕の為にギルドで働く必要なんてないんだよ。」
マスターが私の目を見てそう言う。…分かっている、何度も言われている。だけど
「マスターには命を救われているのよ。だから…ずっと尽くすのよ。」
「シャーリーの気持ちは素直に嬉しい。これまではこのギルドにいることが君にとって1番だと僕も思っていたから君の言葉に甘えていた。だけど…今の君は違う。ここにいることが1番じゃない。…言ってる意味…分かるよね。」
…マスターが私を抱きしめながら言う。何度も自由に生きろって言われた。その度にマスターの為に働きたいって言った。それが本心だった。…だけど今はそれと同じくらい…心動かされることがある。マスターにはそれを見抜かれていた。
「…はい、…私は…私は…クラヒトを助けたい。クラヒトの力になりたい。あのどこか抜けてて、危なっかしい、だけど優しくて…強い男と一緒にいたい。…」
遂に漏れ出した本音。私の心の奥深くにあった言葉は一度表に出ると抑えることが出来ない。マスターの胸に顔を押さえつけるように擦り付ける。
「…良かった。シャーリーが本当にやりたい事が見つかって。僕も…嬉しいよ。…シャーリー、君をこれから休職とする。クビにはしない。いつでも戻ってきていい。だからしっかりと彼を支えるんだ。…いいね。」
マスターの声も震えている。Sランクで現役の冒険者の中で指折りの実力者なのに…圧倒的な優しさの人。私は今日そんな人からの巣立ちを決意した。