竜種と出会う、俺は誰も見捨てない
口からダラダラと涎を垂らす目の前の化け物。緑の体表、長い腕、二足歩行。ティラノサウルスの腕が発達した上に羽が生えているそいつは赤い眼で俺を睨んでいた。俺は魅入られていた。金縛りにあったように動かない体。脳がけたたましく鳴らすアラームに従わない体。時間から置いてけぼりになったかのように永い時が流れる。
「…させないのよ!。」
そんな俺を通常の時間の流れに戻したのはシャーリーの叫び声だった。そして俺の視界の端からシャーリーがもの凄い速度で化け物に突撃していく。化け物の下顎を撃ち抜いたその打撃は一瞬よろめかせることに成功する。その段階になってようやく俺は体が動くこと確かめた。
「…クラヒト、モリアさんを連れて下がるのよ!。これは…私の手にも負えない化け物なのよ!。」
化け物から視線を外さぬままシャーリーが指示する。
「そいつはなんなんだ。それにシャーリーでも手に負えないなら一緒に…」
「そんな甘い相手じゃないのよ。こいつは竜種、アグナドラゴン。頭は悪いけどその膂力は人の及ぶものではないのよ。」
シャーリーに顎を殴られたアグナドラゴンが頭を振ってこちらにその眼光を向ける。異常に発達した腕の先には赤い血が付着していた。
「誰かが引きつけないと逃げれる相手じゃないのよ。この中で一番長く相手が出来るのは私なのよ。」
シャーリーがアグナドラゴンに接近しその足に拳を打ち込む。鈍い音がするがアグナドラゴンはなんでもないようにその場で足を踏み抜く。
「…くっ、硬いのよ。筋肉質の体で殆ど衝撃が通ってないのよ。」
シャーリーが退避しながら悔しげに顔を歪める。
「相性が悪いってことだろ!。なら、俺が…」
「Eランクのクラヒトではどうにもならないのよ!。良いから早く逃げるのよ!。私が時間は稼ぐのよ!。さぁ、早く!。」
シャーリーの言葉に胸が痛む。そうだ、俺は弱いんだ。俺の勝手なお願いのせいでこんなことになっているのに…俺に出来るのは逃げることだけ。アリアさんを失いそうになった時と同じ悔しさを味わっている。俺はモリアさんを担ぎ森の外を目指す。それもシャーリーが小まめにしていたマッピングのおかげだ。
「…うっ…あ……ここは………」
森の外に着いた時モリアさんが意識を取り戻した。
「はぁ、はぁ、…っ、森の外だ。あんたの帰りを待ってる子がいる。」
モリアさんにポーションを渡しながら現状を伝える。
「…そうか、…すまなかった。…私はここでいい。あれから逃げるのは1人では無理だ。…誰かが戦っている…んだろう。…私のために…誰かの命を…犠牲にしないでくれ。」
担いでいる俺からモリアさんが降りその場に膝をつく。それでも気丈に振る舞い自分は大丈夫と告げる。その言葉を聞いた俺は背を向けて森に引き返した。
「…シャーリー今いく。…信じろ、俺には力がある。」
シャーリーを救いたい。俺の我儘のせいで死なせるなんて…あり得ない。頭の中の六芒星に光が灯る。俺は迷わず歯車を回した。瞬間加速する体、停止する世界。神速を発動した俺は一息で駆ける。
「…しまっ…体勢が…受け止めるのは…」
俺がアグナドラゴンの元へ戻った時まさにその腕がシャーリーに振り下ろされそうになっていた。シャーリーは足を挫いたのか体勢を崩して、上を見上げている。
(間に合え!。)
加速した世界で俺はシャーリーの元へ飛び込む。間一髪でシャーリーを抱き抱えた俺はその勢いのまま地面に叩きつけられる。どうやら神速の効果が切れたみたいだ。
「…あんた、なんでここに!。モリアさんはどうしたのよ!。」
「モリアさんなら意識を取り戻した。ポーションも置いてきた。ミリアちゃんとの約束は果たせる。だから…次はお前だシャーリー。俺はお前を助ける!。」
頭の中の六芒星を切り替える。
「…天癒。俺は俺の仲間が傷付くことを認められない。」
自然と口をついて出たのは謎の祝詞だった。俺の体を光が包み大地がひび割れる。そして徴収した力をシャーリーへと移す。
「…暖かいのよ。…痛みが和らぐのよ。」
「…良し、…次は…来い。」
シャーリーが気持ち良さそうな声を出す。それを確認した俺は六芒星を左へと回す。魔物の大群を一掃したあの剣を創り出すのだ。
「…え、…出ない。なんで…」
だが俺の希望は打ち砕かれる。一度は光が剣を形造るがそのまま消えてしまう。そしてもう六芒星の頂点の光も消えていた。俺が使える能力の3つは全て薄くなってしまった。
『グギャアアア‼︎』
呆気に取られる俺にアグナドラゴンが迫る。当然だ、自分の獲物を掻っ払った相手が目の前で仁王立ちしているのだから。
「…やばっ…」
「クラヒトォ!…させないのよ!。」
アグナドラゴンがアームハンマーを振り下ろしてくる。動けない俺の前にシャーリーが躍り出る。待て、まさか受け止めるつもりか!。無理だ、そんなことが出来るならそんな怪我をしてないだろ!。俺なんかの為に体をはるな!。俺の思いは届かない。シャーリーは両腕を掲げ受け止める体勢を作る。駄目だ、シャーリーが潰される。目の前がクラッと揺れる。そして…六芒星が左に回る。
「…クラ…ヒト?。…」
「あぁ、そうだ。俺の名前は玉地蔵人、なんの力もないただの男だ。」
シャーリーが目の前の光景が信じられないのか疑問形で俺の名前を呼ぶ。それも仕方ない、何せ俺がアグナドラゴンの拳を支えているのだから。新しく回った頂点の能力名は『大虎』。その身1つで困難を打ち破るシンプルな力だった。