騎士になる、だけど名前だけみたい
「…シャルフォルン・アガトラム、まさか本当に転生してすぐに自ら命を断つとは。何がそこまでお前を駆り立てる。前世でのお前は破壊の権化であったが能動的な動きは全く取らなかったではないか。」
「その時の私は魔王ではあったかも知れないがシャルではなかった。私は始めたいんだ、シャルとしても生を。その為なら私は何度でも死に直す。」
「死の苦しみを恐れないか。まさに狂気だな。転生して記憶を全て失っても何故そう動ける。」
「当然だ、今までの生で初めてのこの感情だけは消してなるものか。魂の奥底に込めたその想いが私の体を無意識に動かす。」
「…(まさか恋を知らんのか。…前世を考えれば当然か。)、辞めないのだな。」
「勿論だ、さぁ、私を次の生命体に転生させろ。私はすぐさま舞い戻る。」
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目が覚めた直後の強烈な尿意からは解放された。勿論トイレでだ。その後俺がまた2日間も眠っていたことを聞いた。前よりは短いけど…なんとかならんもんかな。
「…クラヒト、どうだリンゴを剥いてやろうか?。それとも肉がいいか?、前に目が覚めた時はお腹が空いていたようだしな。なんでも言ってくれ。」
俺の目の前には献身的に世話を焼いてくれるアリアさん。いや、態度の変わりようが凄い。
「…ん?…あれ、アリアさん目の色が…」
記憶では赤い目だったと思うんだけど…今の目は真っ青だ。
「…あぁ、気づいたか。私は普段から瞳に魔力を蓄えているんだ。」
「瞳に魔力?なんでですか?。」
「それは…あ、そうだな、クラヒトには言ってなかったか。私のスキルは天眼と言うんだ。発動には多くの魔力を使うが圧倒的視野を手に入れる事が出来る。その為に普段から余剰の魔力は蓄えているんだ。その影響で普段は青の瞳が赤く染まるんだ。」
…良いなぁ、便利そうな能力。それにしてもそうか、それで俺の見張りを任されたのか。ふーん、
「青い瞳もクールな感じで良いですけど赤も情熱的で良いですよね。俺はどっちも好きですよ。」
「…っ、そ、そうか。どっちも好きか。…私は時々瞳の色が変わる。その変化を楽しむと良いだろう。」
…なんかアリアさんの返事がおかしい気がするけど気にしない。
「…ふぅー、…それよりもクラヒト、お前に礼が言いたい。私を助けてくれてありがとう。民の盾となって死ぬ覚悟は出来てはいても、いざとなれば…少し怖かったんだ。だから本当にありがとう。」
アリアさんが居ずまい正して頭を下げてくる。
「俺も助けれて本当に良かったと思ってます。最後はアリアさんの生きたい気持ち次第だったんで…。信じてたんです、アリアさんは俺を見張るって約束したから。Aランクの冒険者は約束を違えない。…本当に…良かった。」
…あれ、なんか目から汁が出る。…視界が曇る。…あぁ、俺泣いてるんだ。恥ずかしいな、見ないで欲しい。そう思ってアリアさんを見たら、
「…ぐすっ、……何故お前も泣くのだ。」
アリアさんもガン泣きだった。それからしばらく室内は号泣する2人の大人が発する音だけが流れた。
「…もう良いか?。…驚いた、アリアが人前で涙を見せるなんて。王都では男を寄せ付けなかったのに。」
号泣していた室内にローゼリア様が入って来た。当然だ、俺が起きたときにいたラスターさんはこの人を呼びに行っていたのだから。俺たちは早急に涙を止め、姿勢を正す。
「…あんな顔や権力だけの男に興味はありませんから。」
「ふふっ、そうか、そうだな。そういうことにしておこう。」
アリアさんとローゼリア様の間でなんかやりとりがあった。だけどローゼリア様がアリアさんに顔を近づけて話していたので内容までは分からない。
「さて…クラヒトよ、お前はAランク冒険者天覧のアリアを救い、更には英雄ゴードン殿までも救った。その上魔物の大群を討伐してくれた。よってローゼリア・タキシオンの名に於いてタマチクラヒトに恩赦を与え、また騎士の位を与えるものとする。…我が国の者達を救ってくれてありがとう。」
…ん?…なんか情報量が多いな。こういう時は一つ一つ分解して吟味するものだ。…えーとアリアさんとゴードンを救った、魔物は…あの一撃か。ふむふむそれと、恩赦は確か罪を許すってことだよな。あれか、初めの風呂のやつ。これで俺は自由の身ってことだな。……いや、次が全く理解できないんですけど。
「…すいません、騎士…ってなんですか?。」
「ん、あぁ、そうだな、一応は貴族ということになる。といっても殆ど名前だけだ、領地もないし、給金もない。だが社会的な信用は得ることが出来る。…お前は冒険者になりたいんだろ?持っていて不利なことは何もないと思うぞ?。」
成る程、つまり国から位を与えられているから色々便利ってことね。この世界での身分がない俺には今1番必要なものかもしれない。これはありがたいな。
「…そうですか、えーと、それじゃあ貰っておきます。」
…あれ、こういう時ってなんか跪いて口上を述べるんじゃなかったっけ?、あれ?俺やった?やらかしたか?。
「あぁ、そうしてくれ。それからこれは個人的な礼だ。友の命を守ってくれてありがとう。」
俺の態度なんて気にすることなくローゼリアは胸元から袋を取り出す。なんか暖かい、…まさに人肌だ。だけどおれも馬鹿じゃないからそんなことは口に出さないけど。
「無粋だが金が入っている。これからの暮らしの足しにでもしてくれ。」
…マナー的にここで中身を見るのは良くないよな。それは俺でも分かる。俺は貰った袋をそっと机の上に置く。
「それでは私は失礼するよ。一刻も早い回復を祈っている。」
ローゼリア様は用は済んだと部屋をあとにする。やっぱり王女様となれば忙しいんだろうな。転移の魔法まで使えたらタクシー代わりにされそうだし。
「…クラヒト、お前は今日はゆっくり休め。眠たくなくても寝ていろ。それで体は大分癒されるはず、いいな、安静にするんだぞ。」
アリアさんは俺に寝ることを強要してくる。まぁ倒れたばかりだから何も言えない。大人しくしてることにしよう。
「癒えたら街を案内してやる。お前が守った街だ。」
…それは楽しみだ。