アリア・サクスベルクと玉地蔵人
なんの変哲もない平凡な男。
それが私がタマチクラヒトに抱いた最初の印象だった。英雄と呼ばれる程のゴードン殿からの直接指名依頼。内容はある人物の監視。どんな人物かと身構えて対面すればヘラヘラとした男だった。私は不覚にも気を抜いてしまったよ。見た目で油断するなどまだまだだな。しかし気を引き締めた私の努力は無駄になる。まる2日間監視している間に一歩も宿の外に出ようとしなかったんだ。普通は街の散策ぐらいに出るだろうしそれは許可するつもりだった。だからか、私の方が暇を持て余したくらいだ。そのせいで力の調整が上手くいかず腕相撲でクラヒトの腕を砕いたが仕方ないだろう。この件でクラヒトは実際に凡人だと判明したわけだが。あ、そうそう、クラヒトだが知識は偏りはあるものの豊富だという事が分かった。私の学が及ばず理解できない事はあるが中々興味深い話をする。代々継承される君主が治めるのではなく国民の投票で君主を選ぶという話は馬鹿馬鹿しかったがな。それでは君主としての教育を受けた者がいない事になってしまう。
運動能力は平凡だが何か惹かれる物を持つ男
それが3日後に私がクラヒトに抱いていた印象だ。その頃には警戒の念は消え去りクラヒトの部屋で酒を飲むくらいになっていた。自分の知らない事を聞きながら飲む酒は旨かった。旨すぎて飲み過ぎてしまったがカウンターの魔法が発動していなかったから不埒な事はされなかった。…少し胸がもやっとする。私は自分で言うのはなんだがそれなりにモテる。貴族の出身だし冒険者として名声もある。天覧の名は伊達じゃない。それなのにクラヒトは1度もそんな目で私を見なかった。
無害で素直ない男
それが1週間後に私が抱いていたクラヒトの印象だった。ついにクラヒトを見定めに王族の方がお見えになる。私にはそこまでする理由は分からなかったが。訪問されたのはローゼリア様だった。私と同い年の双子の王族、双華と呼ばれる形だ。とても希少な転移のスキルを持っていて事前にマーキングしたポイントまで移動することが出来る。その転移を用いた独自の戦闘スタイルによって武功立てられているお方だ。クラヒトはローゼリア様を前にかなり緊張しているようだった。そう心配せずとも今の王族にそこまで狭量な方はいらっしゃらないのに。クラヒトは今まで儀礼を受けた事がなかったそうだ。平民でも殆ど受けると聞いたのだが。子供のことからその才能の方向が分かれば将来の指針になるからと王国が推奨しているからな。私の時は少し痛んだが耐えれないことはなかった。そしてそれによって天眼を得たのだ。儀礼を受けたクラヒトが猛烈に苦しみだした。一体何が起こっている⁉︎。ローゼリア様もラスター殿も混乱している。当然だ、こんなの前代未聞なのだから。そしてクラヒトは目から血を流し気を失った。それから3日間クラヒトは眠り続けた。体には異常が見られないが意識は戻らない。私は何故か心配でオロオロしてしまった。ただ依頼であっただけの男なのにな。そしてクラヒトがやっと目を覚ました。
一緒にいてやっても良い男
それが目を覚ましたクラヒトへの印象だった。目を覚ましたクラヒトから匂いがした。僅かだが間違えるはずがない。戦える者の匂い。しかし本人は全く分かっていないようだった。そして冒険者になりたいと言い出した。クラヒトの年齢から目指しても良くてDランクだと言ったのだがそれでも良いと言った。…仕方ないから一人前になるまでは世話を見ることにする。面白い話を聞かせてもらった礼だ。だがそんな平穏な空気もすぐに霧散する。魔族の襲来だった。人類の最大の敵、魔族。個体数は少ないがそれぞれが強力な力を持つ化け物。今この街にはAランクが私しかいない。すぐさま前線に出ることを決意する。クラヒトは魔族のことも知らないようだが取り敢えず魔法でラスター殿のところへ送っておいた。…さぁ、切り替えろ、私の仕事は軍勢を率いて戻られるローゼリア様の帰還まで持ち堪えること。天眼を全開にする。この国の貴族として民の盾となるべく私は戦場に舞い降りる。
そこからは地獄だった。冒険者を言わば肉壁として使い街を守る。気の遠くなるような戦いの果てに私は討たれた。腹に激痛が走り生暖かい液体が滴り落ちる。自分でも分かる、もう助からない。…クラヒト、約束を違えることを許してほしい。私は意識を手放した。
命に変えても守るべき男
それが意識を取り戻し助かった理由を聞いた私のクラヒトへの印象だった。時々微かに声は届いていた。そして何か安心する光が送り込まれたことも。意識を取り戻した私は急いで腹に手をやった。あれは明らかに致命傷、そしてもうこの街にはあれだけな怪我を治療する力が残っている者はいないだろうと言うことも分かっていた。それが助けられた。クラヒトにやってだ。ラスター殿の話ではクラヒトが私の為に涙を流した。その涙が大地の力を癒しの力は変え私を治したと言うのだ。ならばそのクラヒトはどこへ?。ラスター殿の絶望的な顔で全て分かった。あの男は…戦場へ向かったのだと。止める治癒師を振り払い私は戦場へ駆ける。命を助けられた恩を返す為に。そして戦場には真っ二つにされた魔物が延々と転がっていた。更に今まさに魔族に猛攻を仕掛けるクラヒト。だがクラヒトの動きが止まる。腕を振り上げる魔族。私は考えるより速く動いていた。クラヒトごと回避する私。傷を負っていないはずのクラヒトは胸を押さえ苦しみだす。落ち着け、クラヒト、もう応援は来ている。なけなし天眼を使いそれは確認済みだ。助かるんだ。私の叫びを聞き魔族は去っていった。だがそんなことどうでも良い。私は意識を失ったが息はあるクラヒトを抱きしめた。
守られる男ではない、私だけの英雄
それが私の今のクラヒトへの印象だ。