疾さと刀剣
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『人間、お前は強いな。だがそんな体で私の前に立つとは…命が要らんのか?。』
アリアが抜けた前線は魔物に蹂躙されていた。これまではアリアの指示で死守するべき場所、引くべき所を明確にし戦力を分配してきたからこそ持久戦になっていたのだ。指揮官を失った軍勢は烏合の衆と成り果てた。そこに現れたかつての英雄ゴードン。しかしその武勇は対個人のものであり更に今はその力の大半を失っている。戦線はボロボロになっていた。
「…ううむ、やはり長く戦いの空気から離れていた代償か。…体が動かぬ。…だがアリアが命を張って持ち堪えたこの街を好きにさせるわけにはいかない。…俺を殺してから先に進め。」
ゴードンは魔物の軍勢を率いる魔族に向かって叫ぶ。これは賭けだ。ベッドするのは自分の命。それを代償にこの街の全てを守るつもりだった。ゴードンの体から光が漏れる。
「…ぐっ…ぐぐ…『限界突破』‼︎。」
ゴードンの体から漏れて光が閃光へと変わる。ゴードンの体には紅い稲妻が走り服は弾け飛んでいた。
『…ほぅ、命を代償に力を得る人間の秘法か。まさかこんな街に使い手がいるとはな。だが…今のお前でどれだけもつかな?。』
ゴードンの変化を見た魔族が魔物に指示を出す。それまで無差別に冒険者達を襲っていた魔物がゴードン1人に殺到する。
「…賭けには勝ったか。…おい!全員聞け‼︎。今のうちに怪我人は下がらせろ。俺はじきに動けなくなる。一切構うな。死体は放っておけ。あと1日だ、1日耐え切れ!。…俺のあとに死ぬなよ。」
殺到する魔物を見てゴードンは1つ息を吐く。そして大声を張り上げ周りの冒険者達を鼓舞する。
「…そんな!ゴードン様!。」
「…おい!行くな‼︎。ゴードン様の…覚悟を…無駄にするな。」
自分の死を前提としたゴードンの言葉に駆け寄ろうとする者がいるが他の冒険者がそれを止める。止めた冒険者の目にも涙が浮かんでいた。
『…さぁ、行きなさい。その男の肉を食えば獣から成り上がれるかもしれんぞ。』
魔族の声を合図にゴードンに押し寄せる。
「…ふん、…俺とてかつては英雄と呼ばれた男だ。こいつらが一度息を整える時間ぐらいは殺されるつもりはない。」
押し寄せた魔物達はゴードンの圧倒的なフィジカルに踏み潰される。殴り殺し、踏み殺し、引き裂く。ゴードンは自分に押し寄せる魔物を紙切れのように葬って行く。
『さてさていつまでもつか。』
それをただ眺める魔族。その影からは続々と魔物が溢れ出てくる。
「…クソが。…キリがない。…はぁ…はぁ…昔はもう少し…もったのにな。」
ゴードン1人対魔物の軍勢の戦いが30分を過ぎた頃ゴードンの体の光が途切れる。ゴードンは息も絶え絶えになりその場に仁王立ちとなる。
『…終わったか。さぁ、食え獣どもよ。』
完全にゴードンが沈黙したのを見た魔族は魔物達にゴードンの体を食らえと指示を出す。
「…ゴードン様…。」
「おい、みんな構えろ。俺たちが街を守るんだ!。」
冒険者達は悔しさを噛みしめながらもゴードンの言いつけを守る。
「…じゃあな、お前ら。」
「…なんだ?…何が…」
「ゴードン、死ぬつもりだったのか?。…やめてくれ、俺は知ってる奴を失いたくない。」
俺が前線に着いた時まさにゴードンが魔物に襲われているところだった。俺は迷わず手に持つ刀を振った。俺の願いを込めたその刀は軌道上の魔物全てを両断した。ゴードンの体は素通りし魔物だけを斬ったその刀は光となって消える。一振りだけ俺の思いに応える刀。本当なら宙に浮いてる人型の奴を斬った方が良かったかも知らない。だけど…俺に迷いはなかった。
「…お前…クラヒトか?。」
「何を言ってるんだ。俺に決まってるだろ。」
「…この30分で何があったんだ。見違えたぞ。…そうだ、アリアはどうなった?。」
「多分大丈夫だと思う。」
「そうか。…よかった。まだ若い希望にしなれちゃ叶わん。死ぬなら俺のような老骨が死ぬべきなんだ。」
「…そんな事を言う奴は寧ろ死んじゃダメだろ。」
他人の為に命を張れるような奴が死んで良いわけがない。日本での自分のことしか考えてない老害なら死んでも構わんかもしれんが。
『…お前、今何をした。どうやって俺の軍勢を殲滅したのだ。』
「…喋れんのか。…見た通りだ、俺が斬ってやった。次はお前を斬ってやるぞ。」
…これでびびって帰ってくれないかな。まだ俺は自分の能力の事を理解し切れていない。…はっきりと分かるのはあの刀はもう出ないし天癒ももう使えない事だ。敵が引かないならぶっつけで六芒星を回すしかない。天癒の右隣の頂点。あの時は読めなかった名前が今なら読める。多分…条件があってそれを満たしたんだ。
『…良い気になるなよ小僧。…その命俺自ら刈り取ってやろう。』
交渉は決裂したようだ。ならば…無理やり回す。頭の中に思い浮かべる六芒星を。
『…カチカチ…』
『…ガッ⁉︎…お前…がっふ⁉︎。…何を…⁉︎ゴホッ⁉︎…まさか…ぐふっ…ありえ…げぼっ……』
宙に浮いている魔族の体が右往左往する。
「…見えてないみたいだな。ならば…このまま押し切る‼︎。」
俺が発動した力は神速。圧倒的な速度をもって敵を打ち倒す力。どうやら魔族にも見えていないみたいだ。移動する俺は天すらも駆けることが出来るようだ。だが…この力、危ない気配がする。確実にリミットがある。それまでにこいつを討伐、最悪撤退させないといけない。魔族の体に拳と蹴りを叩き込む。
『…ごほ、ごほ…まさか…ここまでの速度を持つ者がいるとは…ここは…』
無数の拳を叩き込んだ魔族は少し退き気味になっている。最後に大きい一撃を喰らわせれば撤退するだろう。そう思った俺は魔族の正面に飛び上がり両手を組んで打ち下ろそうとする。
「…あれ、…まさか…切れたのか。」
最後の一撃を放つ直前それまでの止まっていた視界が動き出す。俺の視線の先には笑みを浮かべる魔族。そして振り上げられる右腕。…ヤバい、俺死んだ。そう確信した。
「…クラヒト!。」
だが覚悟した痛みは訪れなかった。誰かに包み込まれ魔族の攻撃を回避したのだ。
「…クラヒト、お前のお陰で助かったと聞いた。その礼を言う前に死んでもらってはアリア・サクスベルクの名が廃る。」
俺を助けてくれたのはアリアさんだった。なんか印象が違う気がするけど間違いなくアリアさんだ。俺の目から涙が溢れる。
「…アリアさん…良かった。」
天癒で自己治癒力を高めたといっても実際にこうして生きているのを目にすると堪えられなかった。だがそうも言ってられない。まだ魔族はいる。
「…俺の速度なら…あ…くっ。…これは…」
最悪だ。予想していたリスクが本当にあった。押し寄せるのは胸への激痛。息をするのも困難なほどの痛みが俺を襲う。
「…クラヒト⁉︎、おい、しっかりしろ。援軍が来たんだ!。王女様が…最速の軍を出してくれたんだ!。だから助かる!。しっかりするんだ!。」
『…っち、どうやら本当のようだ。…流石にあれだけの手練れを相手にするのは今の俺では無理か。…おい、そこの人間、お前に殴られた借りは必ず返す。』
そう言うと魔族は空間に消えた。アリアさんの言葉と魔族が居なくなったことの安心から俺の体からは力が抜ける。今まで柄にもなく頑張りすぎた。頭の中の六芒星が薄くなるのと比例して体に震えがくる。…ははっ、本当は怖くて怖くて仕方なかっただな。
「…良くやったよ…俺は。」
自分を自分で労うと俺の胸の痛みがピークに達して俺は気を失った。