サクスベルク邸を出る、人を使うということ
次回更新はお休みします
「今までお世話になりました。」
サクスベルク邸の門の前で言葉を交わす。今日は引っ越しの日。王都に来てからずっと居候していたサクスベルク邸を出て新しい屋敷に住むことになる。
「寂しくなるわね。でも同じ王都なんだから遊びに来ても良いからね?。」
「そうだぞ、君のことは息子のように思っている。またいつでも遊びに来なさい。…アリアの事を宜しく頼むぞ。」
マーベルさんとヘルガさんがそう声をかけてくれる。クルトさんとソアラさんは仕事が忙しいらしく一昨日餞別の言葉を貰っている。
「勿論です。一緒に生活していく中で迷惑をかけないようにします。」
俺と一緒に住むのはシャーリーとアリアさん。初めはシャーリーだけだと思っていたのだが、アリアさんに尋ねてみると寧ろ何故置いていくつもりなのかと詰問されてしまった。ローゼリア様を通して既に引っ越しの手配も済ましていたようで新しい屋敷の部屋に家具などを運び込んでいたそうだ。…俺だけがアリアさんが一緒に来る事を知らなかったらしい。
「アリア、貴女も部屋を散らかし過ぎないようにするのよ。今までのようにしていると…」
「は、母上!。私ももう大人なのだ!。そのように心配は無用だ!。」
アリアさんとマーベルさんも何かを言いあっている。…新居では基本的には個人の部屋に入ることはないようになっている。プライベート空間は大事だと日本にいた頃ルームシェアをしていた奴らが言っていた。
「心配ないのよ。例えアリアちゃんの部屋の床に足の踏み場がなくても私は入らないのよ。」
シャーリーのフォローになっていないフォロー。
「…くっ…、私は成長したんだ。当然のように綺麗な部屋を保ってみせる。」
「でも、新居に運び入れた荷物の量を見たけど…結構な量だったわよ?。まずはその荷物を散らかさずに収納できるのかしら?。部屋の大きさも確認せずに搬入したんでしょう?。」
新しい屋敷に行ったのはこの中では俺だけだ。荷物の搬入などはローゼリア様が指揮を取ってやってくれたらしい。王族にそんな事をさせても良かったのだろうか?。
「…………できる…。」
いや、声ちっちゃ。…見える、引っ越しの荷物が片付けられずに部屋中に散らかる姿が。
「…いざとなったら俺が手伝うよ。」
「リビングにまで雪崩を起こされたら大変なのよ。そうなったら強制的に処分するのよ。」
俺とシャーリーの言葉を聞いてマーベルさんは一先ず安心したようだ。アリアさんはシャーリーの言葉で涙目だが。マーベルさんとヘルガさんへの挨拶を終えて新居に向かう。
「…うぅ、…2人とも安心してくれ。絶対に部屋を整頓してみせる。」
…夏休みの宿題を前にした子供なんだよな。絶対にできないやつ。
「そんなことよりも私とアリアちゃんは場所も知らないけど大丈夫なのよ?。クラヒトは迷子の前科があるのよ?。」
「舐めないでもらいたいね!。今日の為に初めて行った日から毎日通っていたのだよ。俺にとって既にこの道は既知の道。迷う筈などない!。」
失敗を忘れない男。それが俺だ。最初の三日ぐらいは真っ直ぐに向かうことは出来なかったが今ではなんの問題もない。
「…ふーん、ならいいのよ。どんな屋敷なのよ?。」
いや、俺の努力…。
「普通にデカイよ。前庭とかもあって貴族の屋敷って感じ。部屋もいっぱいあって絶対に余る。」
「多い分には良いことなのよ。アリアちゃんの部屋に収まらなかった物を仕舞うのにも使えるのよ。」
「…だから私は!…。…こほん、今日が使用人との初顔合わせなんだな?。」
「うん、そうだよ。」
「なら、クラヒトとシャーリーに言っておくことがある。2人はこれまで我が家で使用人に接してきたと思う。これから会う使用人には同じ態度ではダメだ。」
「え、なんで?。何か失礼してた?。」
「違う、逆だ。クラヒト達は使用人にも敬語で接していた。これまでは客人だったからそれでも良かったがこれからは屋敷の主人になるんだ。こちらがそのような態度をとってしまうと使用人達が困惑する。それに客人に対しても良くない印象を与えてしまう。」
成る程、逆に気を遣わせてしまうってことか。
「ぞんざいに扱えと言っている訳じゃない。お互いの立場での尊重が必要なんだ。人を使うというのはそういう事だ。」
生まれながらの貴族ならではの発言である。立場が違えど尊重する心は大事に。
「…分かった。気をつけるよ。」
「まぁ、初めから出来る様になれとは言わない。だが意識し続ける事は大事だ。」
「…今日初めてアリアちゃんが立派に見えたのよ。」