何も出来ない無力な男
「…え、魔族って…。…何…⁉︎。…」
いきなり逃げろと言われた俺は戸惑っていた。そりゃそうだろ普通に生きていて死ぬかもしれないから逃げろ!なんてそうそう言われないし慌てると思う。
「…魔族の事も知らないのか。…それは今はいい。とにかく危険が迫っている!。…はっきり言う。魔族は魔物よりも強い。Aランクの私でも勝てる保証はない。だがこの街には今Aランクは私しかいない。私が前に立たねば民が犠牲になる。お前はラスター殿と逃げるんだ。」
アリアさんに両肩を掴まれて今の状況を説明される。アリアさんの目は悲壮でそれでいて覚悟がこもったものだった。
「…勝ち目はあるんですか?。」
「恐らくローゼリア様への要件もこの魔族の侵攻についてだったのだろう。ならば、応援の軍勢が送られて来るはずだ。…それまで耐えてみせる。」
でも王女様がここを出たのは少し前だ。そこから王都に戻って更に援軍を連れて来るまでなんて…。どれだけの日数がかかるか分からない。
「…案ずるな。ローゼリア様は転移の魔法が使える。王都への帰還の時間はほぼゼロだ。…そこから軍勢を率いて来られれば3日程で着くはずだ。」
「3日って!。そんなに戦えるもんなんですか!。」
「難しいだろうな。だがやらねばならない。元々私はこの国の貴族だ。貴族は国の剣となり民の盾になるべき存在だ。それ故民から税を納めて貰っている。家を出たとはいえ私はその貴族の権利を享受していた。ならば…この命を懸けて…魔族を討つ。」
アリアさんの語る内容は全く俺には受け入れられないものだった。だけど俺には止めることは出来ない。無力な俺が今1番の戦力であり更に覚悟を決めていたアリアさんを止めることは冒涜でしかない。
「…さぁ、行け!クラヒト!。…得体の知れないお前だったが一緒にいる時間は悪くなかった。」
アリアがそう言った瞬間、風に包まれて俺の体は勝手に移動する。伸ばしたい腕を無理やり押さえ込む。これはアリアさんが俺を戦場から遠ざける為にやったことだ。その思いを踏みにじるな。
「…くっ…。くそっ……」
初めてかも知れない。…悔しくて…涙を流したのは。そんな俺の意思とは関係なくどんどん進む体。
「…ここは。」
気付けば街の外れにいた。周りには女性や子供、戦えない男達が所在なさげに右往左往していた。
「あぁ、クラヒト様…ご無事でしたか。」
呆けている俺にラスターさんが話しかけて来る。ラスターさんの手には杖が握られていてその先端から白い光が漏れている。
「…それは?。」
「これは快癒の光と言う魔法です。微力ですが傷を負った者を癒す力がございます。私は前線に立つことが出来ませんが…このくらいは。」
ラスターさんが苦しげに顔をしかめる。それを見た俺はまた胸が痛む。…俺は何の役にも立てない。…多分戦える力はあるのに。まだ時間はあると、そのうち分かるだろうと自分の能力について考えるのをやめていた。俺は…甘い。この世界はそんなに甘くないんだ。
「おい!怪我人が運ばれて来たぞ!。誰か手伝ってくれ。奥に運ぶ!。」
誰かの叫ぶ声が聞こえる。視線をやるとその先では片腕を失い真っ青になった男とそれを支える男がいた。俺の足は自然とその2人に向かっていた。アリアさんに前に聞いたがこの世界では回復魔法で欠損した体さえも治るらしい。
「どこを持てばいい?。おい、あんたしっかりしろ!。」
腕を失った男の腰に手を回し体ごと支える。初めて見る血だらけの人を目の前にしても俺は不思議と冷静だった。だが心の奥底では何かがフツフツと激っているのを感じていた。
「ラスターさん!。この人を!。」
「…これは…私では…。私はあくまで司祭に過ぎません。このレベルになると…治癒術師の領域です。私には出来るのは…出血を抑えることまでです。それに欠損部位の回復となると…」
ラスターさんは屈み込んで男の傷を調べる。そして言い淀むラスターさん。彼女は今葛藤している。欠損の補完には多大な魔力を要する。この街にいる治癒術師は多くない。これからのことを考えると判断に迷うのも無理はない。
「…俺は…生きていれればそれでいい。…それよりも…これから…もっと多くの怪我人が…出る。…今回の魔族は…強い。」
血塗れの男から伝えられる聞きたくなかった事実。
「…っ、アリアさん。…」
無力な俺はその現状をただ受け入れることしか出来なかった。