アフロディーテの行く先は
穏やかに、しかし確かな足取りで緩やかに連行…じゃなくて一緒に帰宅した俺とマーベルさん。到着したサクスベルク邸ではメイドさん達がざわざわと賑わっていた。普段はこんな事はない。恐らくアフロディーテの事が既に報告されているのだろう。貴族であっても目にすることが困難な代物。サクスベルク家の人達なら一目みせるぐらいは許してくれるだろうからな。普段は感じることのない熱い視線を感じながら屋敷の中に入る。
「はい、クラヒト君。………」
部屋に到着。その後マーベルさんが自ら俺に紅茶を入れてくれた。その後謎の沈黙。
(…これは…俺から言うべきなのか?。…あれか?貴族の婦人が人の物を無闇に欲しがるのは良くないとかの風習があるのか?。…分からん、どうすれば良いんだ俺!。)
沈黙の中俺は思考を巡らせる。
「…では…アリア達が来る前に検分だけさせてもらいましょうか。…クラヒト君ここに出してもらえるかしら?。」
マーベルさんが口火を切ってくれた。…なら今の沈黙の間はなんだったのだろうか。
「はい、…白雪、飛んでいかないように机に張り付くようにしてくれ。」
白雪にお願いしてから俺は毛を取り出す。ゆっくりと机に置くと白雪の闇魔法のお陰で机にピトッと張り付く。
「…凄いわ。…本当に…巡り会えるなんて。」
マーベルさんは感動したようにそう呟いた。
「…とても珍しい物なのに…どんな物かは分からんですね。」
俺は疑問に思っていた事を口にする。発見される事すら稀な素材のはずなのにマーベルさんは一瞬見ただけで断定していたようだった。
「えぇ、…ある程度の情報は有る所には有るのですよ。完全に秘匿してしまっては発見の可能性が著しく無くなってしまいますからね。」
成る程、隠しすぎては機会の損失が大きすぎると。
「母上!。発見したとは本当か!。」
ドアが大きな音を立てて開かれる。そこには肩で息をするアリアさん、ソアラさん、シャーリーがいた。
「えぇ、本当よ。今…確認したわ。情報通りの見た目、風に浮く性質。間違いないわよ。」
「…なんと、………え、…待って下さい。…その机の上にある物全てが…そうなのですか⁉︎。」
「そうよ、…そして功労者はそこにいるクラヒト君よ。」
マーベルさんが俺の名を告げると3人が一斉に俺の方を見た。どうやら三人には俺の事は伝わっていなかったようだ。
「クラヒト!、これを何処で発見したんだ!。」
「そうなのよ!、今まで全く解明されていない神秘なのよ!。」
「クラヒト君、…まさか魔物なのか?。そうだとすれば私は美容液よりもそちらに興味がある!。」
詰め寄ってくる3人に俺はこの素材を入手した経緯を説明する。あの謎の毛玉の事、俺の神速よりも速いこと、逃げる時に置いていったこと。全てを伝えるとアリアさんとシャーリーの表情が曇る。
「…クラヒトよりも速いのか。…うーむ…」
「アリア、クラヒト君はそれ程までに速いのかい?。」
「はい、姉上。私の天眼でも追うのがやっとです。勿論、追えるだけで私では手出しが出来ません。」
「…それで今まで目撃情報がなかったのだな。今回の事は運が良かったとしか言えないわけか。」
「クラヒトは本体がどんなのだったか見たのよ?。」
「いや、俺が見たのは毛玉の状態までだった。ギリギリで白雪の闇錠網が引っかかってこれが採れたって感じだな。」
「…こほんっ、今は経緯よりも大切な事があるでしょう。…このアフロディーテの素材をどうするかを決めなくては。」
アリアさん、ソアラさん、シャーリーはアフロディーテ自体にも興味があるようだがマーベルさんがそれを許さない。咳払い一つで空間を支配する。
「「「「「………………」」」」」
女性陣の視線が突き刺さる。この家のメイド長であるアミリアさんまでこちらを凝視していた。この状況で渡さないという選択を取れる者はいるだろうか、いやいない!。
「お、俺としてはこの素材に興味がないので…全てをお譲りしたいなぁー、と…思っておりまして…。」
反応を伺うように言葉を発する。
「本当ですか?。…ありがとうございます、クラヒト君。…ですが…流石にこの量を買い取るのは我が家でも難しいですね。」
「母上、私達は知らないのですが一人分とはどれほどの量なのですか?。」
「そうね、…この一本で5人分にはなります。このアフロディーテの素材に他にも数種類の素材を混ぜる事で効果を最大にして用いるそうよ。」
確かマーベルさんは1人分が金貨300枚と言っていた。俺が持っている素材はざっと見ても…100人分はある。流石の伯爵家でも金貨30000枚はすぐには用意できないようだ。…と言ってもそもそも、
「いや、代金は結構です。偶然が重なっただけだし。お世話になっている身ですから。あ、でも俺の分もアフロディーテ以外の素材込みで残しておいて欲しいですね。」
俺は金を取る気はない。マーベルさんに教えても貰っていなかったらゴミだった訳だしそこで価値を知ったからといって請求するのも違う気がする。
「本当にそれだけでいいのですか?。然るべき所に持ち込めば遊んで暮らせるだけのお金を手にする事が出来るのですよ?。」
「えぇ、…お金は大事ですけどそこまで多い額を貰うと堕落してしまう気がするので。今の生活に不満はないです。」
生活にメリハリがなくなるのはなんか嫌だ。痴呆になる原因だって言うしな。
「なので…マーベルさん達に…」
「奥様!大変です!。」
突然メイドさんが駆け込んでくる。ノックも無しにだ。
「どうしたの?。アフロディーテが見たいのかしら?。」
「…お、王女様方と…」
「王妃様が参られました‼︎。」
…原因は…これだよね。