割り込まれた戦い、躍り出る拳士
目の前の光景を処理し切る事が出来ない。元々懸念はあった。アリアさんの天眼でも探ることが出来ない下層。対魔法の能力を持つ敵がいる。どう考えても今戦っているのはそんな器用な事が出来る奴じゃない。つまり…もう1人いる。だが強襲を受け何とかトドメを刺す段階で割り込まれるなんて。
『んー、いいですね。その表情。死力を尽くして何とか敵を討ち取れる瞬間の歓喜、そして私の介入に対する一瞬の空虚、そして…絶望。貴方は中々に頭が回るようだ。』
現れたのは細身の男だった。一見すると優男だがその瞳に宿る邪悪な光を誤魔化しきれていない。
(…どうする?…あいつは間違いなく魔法系だ。となるとクラリス様の魔法も効かない。ただでさえ俺はボロボロ、アリアさんももう魔力が殆どないのに…)
痛みでぼーっとする頭を何とか働かせる。今働かないと一生働けなくなるぞと脅しをかけて。
(…神速…と造匠で何とかするしかない。でもその為には…時間が必要だ。)
既に俺の体は至る所がぶっ壊れている。全身の筋肉を使う神速や斬撃を行う造匠を使う為にはその下地、つまり体の回復が必要不可欠。だがそんな隙を目の前の男がくれるのか?。
「…うおぉぉぉぉぉ!。」
そんな俺の葛藤を吹き飛ばすような気合の入った声。そして俺の横を駆け抜けていく。シャーリーだった。シャーリーが男に向かって攻撃を仕掛ける。
『…獣人ですか。…私は脳筋は嫌いなのですが…』
「私もあんたの喋り方は嫌いなのよ。頭が悪そうなのよ。」
『…良いでしょう、君から殺してあげますよ。』
男は周りに複数の球が浮かび上がりシャーリーに襲いかかる。シャーリーはそれを避け、避けることが難しい物は手甲で弾く。攻撃を仕掛けた割には積極性に欠ける動き。
(…はっ!。そういうことか。…ならば…ありがとうシャーリー!。)
シャーリーは時間稼ぎを買って出てくれているのだ。その時間を無駄にするわけにはいかない。
「…天癒。…俺は俺の仲間が傷つくことを許さない。…頼む、シャーリー、無茶はするな。」
その場で膝を着き天癒を発動する。ダンジョンの中の魔力を徴収して治癒力に変換する。だが…地上よりも治りが遅い。それに俺自身もかなりの怪我を負っている。これは…時間がかかる。しかも問題はシャーリーの事だけじゃない。クラリス様の魔法で斬られた魔族。そいつもまだ生きている。だからアリアさんはそっちから目を離すことが出来ない。
『…おい、デリート。そんな女の相手なんか後でいい!。さっさと俺を助けろ!。こいつら全員ぶち殺してやる!。』
魔族が男…デリートに向かってそんなことを言う。させるわけないだろ。あんだけやってそこまで追い込めたんだ。治されたら今までのことが無駄になる。
『…うるさいな、黙っていてください。この方達は今や私の敵です。…そろそろ詰めましょうか。』
デリートは魔族を一睨みで黙らせる。…こいつら仲は良くないようだ。それは救いでもある。共闘されたらいよいよ勝ち目がなくなる。
「…っく、…動きが…間に合わな…」
デリートの魔法の動きが研ぎ澄まされていく。シャーリーの回避の癖を読みギリギリで躱せる攻撃を繰り返している。その繰り返しによってシャーリーの行動範囲は狭められて…
「…っ!、シャーリー!罠だ!。」
『遅いですよ、もう…手遅れです。』
シャーリーの注意が完全に球に向いた時デリートはその手からこれまでと密度の違う黒い炎を生み出す。そしてそれをシャーリーに向かって放った。シャーリーは回避行動の最中で空中。着地するまで出来ることはない。
「…ぐっ…動けない!。…まだなのか!まだなのかよ!。」
動くことが出来ない俺、アリアさんとクラリス様も何とかシャーリーを助けようとするが一手出遅れた。魔力への耐性が殆どないシャーリーがあの魔法を食らえば無事ではすまない。デリートの魔法が当たる瞬間俺はシャーリーと目が合っていた。俺が焦り混乱する中…シャーリーは…笑っていた。
『…さぁ、次はどなたですか?。あぁ、安心してください。その男はこの戦いが終わるまでは回復させませんから。安心して私の…っ!』
こちらに視線を移し問いかけるデリートの言葉は途中で吹き飛ばされる。俺の目では辛うじて見えていた攻撃。
「まだ全然終わってないのよ。三人に手を出すのは私を倒してからにするのよ。」
黒炎に包まれたはずのシャーリーの姿がそこにあった。