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2.聖女は移住を決意する

 フォルトはゆっくりと顔を上げて姿勢を正し、顔には一分の隙も無い微笑みを乗せている。私は驚きながらフォルトの顔をまじまじと見た。


 ……どうやらドッキリではなさそうだ。

 今まで考えたこともない、アステリア王国を捨てるという未来が私の頭をよぎる。


 平民生まれの私にとっては、生まれ故郷のアステリア王国は自身の全てだった。ずっとアステリア王国の貴族からそう言われていたのだ。

 隠遁生活に憧れてはいてもアステリア王国を出るのは選択肢になかった。


 世界中を巡ってでさえ疑いもしないことだった――それがアステリア王国が仕掛けた鎖だったとしても。


 しかし、それは前世を思い出すまでのこと。

 いまや自分の中にはっきりと異なる意識があるのを自覚していた。


 今の私は、これまでとは違う。異世界での記憶を持ってて……自由な生き方を知っている。好きな所に住んで、好きな物を食べて――やろうと思えば、今もそんな風に生きられる。


 私が頭の中に考えを巡らせる中、フォルトは軽く息を吐いて、


「どうやら聖女様は自分に何が起こったのか、お気付きではないようですね……。アステリア王国のせいでどうなられたのか」

「うえ? 魔力使いすぎて倒れただけで……もう痛みもないのですけれど」


 声を掛けられた私は首を傾げた。魔力を使いすぎて倒れたけれど、体調は本当に問題がない。

 回復力も桁外れな私には、どこも悪いところはないのに――と腕を組む。


「ん……? 私の手、こんなに小さかったかな?」


 記憶にあるよりも、自分の腕は白く小さかった。

 手のひらを開けてじっと見てみる。まるで子どものような手だ。


「ふぅ……お気付きになられましたか。こちらに手鏡がございますよ」


 さっと差し出された手鏡を覗きこむと、映ったのは見慣れた金髪の聖女ニーアの姿ではなかった。

 ふわっとした黒色の髪、くりくりとした黒目。綺麗というよりはかわいい少女。


(……黒髪、黒い瞳、ちまっとした……。これって、私の前世の――)


 忘れもしない、前世での自分がそこにいる。

 しかもこの世界で生きたニーア・ヴァレンではなく――前世の子どもの姿で。

 日本で十五歳くらい、中学生時代の懐かしい姿だった。


「どういうこと!? 完全に子どもだっ!」


 思わず叫んでぺたぺたと顔を触ってみる。肌はこれ以上ないほど、つやつやだった。

 いままでのスキンケアは無駄だったのだ。いや、そんなことはどうでもいいか……。


 ……落ちつけ。今なら、今なら……受け入れられるっ! 振られて、くたびれた聖女ではなくなって……。

 あれ、別に悪くなさそうな気がしてきた。


「かつての古き聖女様でも魔力解放によって不可思議な奇跡が起きたと聞いております。このような事例は初耳ではありますが……。紛れもない聖女様の奇跡であるとはいえ、今回は状況が状況、果たして喜ぶべきか」

「……そんなに強力な魔力解放でしたか」

「本当に凄まじい魔力でしたよ。事情からすれば、聖女様が激したのも当然ですが」


 フォルトが慰めるように呟く。

 さっきの騒動では、確かにこれ以上ないほど魔力と感情を込めていた。


 魔力爆発で時にありえないことが本人に起きる――それは聞いたことがある。そして若返った例はないはずだったし、まさに奇跡としか言いようもない。

 だが、フォルトも部屋の侍女達も心底気の毒そうな顔をしている。


「……あまりにおいたわしい姿…………」

「聖女様にこのような不幸、あんまりです……」


 フォルトも眉を寄せて、死にそうな人を労わるような雰囲気だ。


 なんだろう、もしかしてとんでもない不幸と思われているのだろうか。

 ……今もなんだか侍女のすすり泣きが聞こえる。まぁ、普通なら大問題だろう。


 なんせ二十七歳の金髪淑女から十五歳の黒髪少女になってしまったのだから。


 いきなり別人になったら、それはそうだけど――別に悪くないのでは? 前世の記憶と一緒に肉体年齢もリセットできちゃった! 程度な……。


 家族がいるわけでもなく――その候補はさっき吹っ飛ばした所だ。

 お金もたくさんある。この世界の基準で十代先まで遊んで暮らせるくらいには。


 むしろ、ちょっとラッキー! と感じてしまった。

 やりようによっては、世界の為に使い切ってしまった青春を取り戻せるのでは?


 と、ここまで考えて私は自分の置かれた状況を思い出した。盛大に元婚約者の王子をぶっ飛ばしたのだ。遅まきながら彼等はどうなったのだろうか。


「……あーっと……そう言えば向こうの方は大丈夫ですよね……? 私の魔力でアレしてしまった二人ですけれども」

「恥知らずのマーレ王子とご令嬢ですね……。聖女様も大変だというのに、なんとお優しいことでしょう。心配はいりません、シエラ導師が治療しているはずです」


 すまし顔のフォルトの答えに、私は静かに震えた。


「……うわぁ……自分でしたことですけど、シエラの治療はトラウマになりますよ」


 シエラは私の親友で、もう十数年付き合いのある魔法使いだ。

 周囲がこぞって平民の娘と蔑んでくる王宮内では唯一の味方だ。


 専門は錬金術。治療もできないことはないが、物凄く荒っぽくて痛いのだ。

 骨や筋肉を強引にね……詳しくは知りたくもない。

 私には治療を受けた経験があるからわかる。しばらく夢に出るくらいの激痛だ。


「最も治療に秀でた聖女様が倒れたのですから、宮廷魔術師長のシエラ導師が治療されるのは当然でしょう。誠心誠意、死力を尽くして助けると仰っておりました。気絶しただけでしたが、周囲がうるさいもので」


 私はほんの少しだけマーレに同情した。


「マーレ王子は問題ないでしょう。そして皆から事情を確認しましたが、今回の事件の責任はアステリア王国にあります――御心配には及びません。全て丸く収めましたから」

「そ、そうなんですか? とても簡単に終わることではないような……」

「聖女様を侮辱したマーレ王子が全面的に悪いのです。エンブレイス帝国の名において、聖女様が罪に問われることはありません」


 きっぱりと言い切ったフォルトは、そのまま私に問いかける。


「それで、さきほどの提案はどうでしょうか、聖女様? まだこの国にとどまりますか?」

「まぁ……愛想が尽きたのは確かです」


 ちょっとだけ寂しげに私は笑った。あれだけのことをしたし、アステリア王国に留まるつもりはない。今後を決めなければならないのは事実だ。


「ですが、帝国に行くつもりもありません」

「それは――何故でしょう? エンブレイス帝国はアステリア王国とは違います。皆、聖女様を歓待しますよ」

「どうも私には、王宮暮らしは向いてなさそうなので」


 前世の記憶が蘇った私は、冷静に自己分析をしていた。

 今の自分には色々と窮屈過ぎる。いずれまた魔力を爆発させるのがオチだ。


(もう礼儀作法に縛られず、のんびりと生きたいなぁ)


 世界は救ったし、そのぐらいの権利はあるはずだった。どこか隠居できる場所はなかっただろうか。

 アステリア王国にはもういたくないし、面倒な貴族社会がないところが良い。


(……そういえば私、領地とか持ってたような……)


 私は考えながら片隅にある記憶を引っ張り出していた。

 世界の東の果て、数百年前に滅びた国がある。魔獣は討ったが、復興はまだ途上の地。

 もちろん見下してくる貴族は一人もいないはずだ。


『尊き聖女にかの地を委ね、いつか再び芽吹くのを待たん――』


 要はどこの国も手が回らないので、とりあえず聖女の領地にしておくね! ということだ。

 これまで数日しか滞在していないし、実際の管理は教会に任せきり。

 思い返せば旅行も許されず、せっかくの領地も取り上げられた状態だったのだ。


 でも海が近くて綺麗な森も山もあり、食べ物がとてもおいしかった記憶がある。

 静かに暮らすにはもってこいだろう。


(さっきまでなら、一人で先延ばしにしていたんだろうけど――言っちゃえ、そこに住んでみようって!)


 意を決した私は頬が熱くなるのを感じながら、


「東の果てに私、領地を持ってましたから……そこに移り住もうかなぁと」

「……ほう、それは良いお考えですね」


 フォルトの蒼い瞳が揺れた気がする。彼は教会の人間でもあるし、私の領地についても聞いたことがあるのかもしれない。


 と、ぐっと手を握りしめたフォルトが勢い良く身を乗り出し、


「聖女様がついにかの地に赴かれる……と! 実に素晴らしい。流石は聖女様……!! 世界を救ってなお、復興が必要な地に行かれるとは!」

「え? ま、まぁ……そうなるんでしょうか。こんな所でくすぶっているのは性に合いませんし。ですが、その領地は今どなたが管理を――」

「私が管理しております! 聖女様がいつ来られても良いように!」


 彼の瞳がきらきらと光っていた。

 なるほど。

 ちょっと形は違うけれど、『お迎え』には違いなさそうだった。

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