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17.聖女は泉の水を抜く

 ふにふに。むにむに。

 抱き枕にしているユキが私の頬を優しく揺する。柔らかな感触に気持ちよく目が覚めた。


「わふ……!」

「う~ん……ふぁぁ、朝だ……」


 この世界には時計はあるけれど、目覚まし時計まではない。

 決まった時刻になると、街の鐘が鳴って時刻がわかるだけだ。


「起こしてくれたの? ありがとうね」

「わふぅ!」


 なでなで。

 ふかふかなユキの頭を撫でるとユキは満足そうに声を上げる。


「えーと、今日もまた泉に行くんだよね……っと」


 湖が覆いつくされるほどの霧、魔獣――これらは魔力の乱れによって起きる。


 昨日ユキを連れ帰ってから、シエラは泉で起きたその魔力の乱れを計算すると言っていた。


 あの封印は一時的な処置だ。原因によっては再び泉から魔力が溢れてしまうことにもなりかねない。


 というわけで汚れてもいい服装に着替えて、また泉へと赴くのだ。


 身支度を調えた私とユキが歩いていると、前方から作業服のシエラとエリアンがやってきた。エリアンはいつも工場で働いているので、屋敷で見かけるのは稀だ。


「こんな時間に珍しいね、エリアン」

「シエラ様に呼ばれまして参上しました! なんでも湖に行かれるとか……」

「そうよ、計算ではやっぱりあの泉の下に何かあるはずなのよね~……。ちゃんと調査しないといけないわ」

「土掘りならお任せください、ドワーフですから!」


 なるほど。

 やっぱり泉が原因として怪しいらしい。


 となれば善は急げだ。

 早速、集まった三人と一匹で泉へと転移する。


「はええぇぇぇ……こ、これが転移魔法ですか……。初めてですが、本当にすっごいです!」

「気分は悪くなったりしてない? 慣れないとちょっと酔う人もいるんだけれど……」

「恐れ入ります、問題ありません、はいっ! 私達は酔いとかには強いですから!」


 びしりと敬礼したエリアンが泉を見渡す。


 青い水面、それに周囲に稲があるだけだ。

 シエラが屈んで、興味深そうに泉に手を入れる。

 私もならうが、見た限りでは完全に封印はされており、綻びもない。

 冷たい水のままだ。


「……ふむふむ……非常に安定してるわね、さすがニーア。生命反応はなし、地脈も乱れてない…………よし!」


 立ち上がったシエラが振り返り、エリアンに向かって指示を出す。綺麗な指先で泉の上に三角形をすっと描いたのだ。


「あそこからそっちまで区切るから、水を抜いてくれないかしら? 水底を調べたいの」

「はいっ、わかりました!」


 シエラがアイテムボックスから魔法具を取り出し始める。

 最初はスコップのようなモノ。穴を掘る魔法具だ。


 次に取り出したのは棒の形をした銀の魔法具。あれで区切りをつけるのだろう……が、私はすっと小さく手を上げた。


「……泉の水を抜けばいいんだよね?」

「ええ、そうだけど……魔力が濃いせいで魚も虫もいないし、単に水をなくせば――」


 そこまで聞いて、私は琥珀色の指輪に魔力をこめる。

 アイテムボックスが展開されて、泉の水を収納する――瞬時に全ての水がアイテムボックスへと収まり、泉はからっぽになった。

 改めて考えなくてもすごいね、これ。


「よしっ、これでいいんだよね?」


 と、私が呼び掛けるもシエラは唖然としている。

 エリアンも口をぱくぱくさせて驚いていた。


「まさか、そんな手段を使うなんて……完全に規格外のスケールね……。ニーアにしか出来ないでしょうけれど」

「あわわ…………こ、この水の量を全部収納されたのですか……!」

「……えーと、なんとなく出来るかなぁって思ってやったんだけど……」

「魔力的には大丈夫なのよね? 無茶してない?」

「それは――うん、全然大丈夫だよ!」


 そう言うとシエラは頷いた。

 若返ってからと言うもの、本当に元気そのもの!

 むしろストレスがないせいか、魔力は絶好調なのだ。


「ならいいわ。手間がすっごく省けたんだし、ありがとうね。それじゃ早速、あそこの辺り、掘ってみようかしら」

「はっ……! そうでした、はいさー!」


 驚きから復帰したエリアンがスコップを手に取り泉の底へと走っていく――私とシエラもそれに続く。


 ……そういえば前世に池とかの水を抜くっていうテレビ番組があったなぁ……。


 意図せず前世の記憶が掘り出されて、私はにまにました。

 あれだと空になった池とか湖には色々あったものだけど……ここではどうだろうか。


「泥だらけ……むーん、特に何も……」


 ぱっと見て泉の底には石や泥だけだ。

 水を抜いただけだから、当然なのだけど。

 魔力感知をしようにも、元々の魔力濃度が濃かったせいで異常あったかわからない。


 しかしエリアンはある地点で立ち止まると、早速スコップでざっくざっく掘り始めた。


「なんだか地面の下がおかしいですっ!」

「……そうなの?」

「走った感触で――多分、空洞があります。間違いありません」

「エリアンもフォルトがスカウトしてきた人材だし、そのあたりは優秀よ」


 すごい。……さすが土と共に生きるドワーフだ。

 私もシエラも掘ろうとし始めたとき、エリアンが突然叫んだ。


「お~……ありましたっ!」

「はやっ! もう何か出てきたの?」

「壺ですね、これは!」


 あっという間にエリアンが四つの壺を掘り出していく。

 こじんまりとした、手に持てるサイズの古びた黒色の壺だ。


 何重もの魔力が込められており、非常に硬く守られている――エリアンのスコップの先が欠けているのをニーアは見て取った。

 込められた魔力に負けて、スコップの方が傷ついたのだ。


「すっごい魔力で封印されてるわね……しかも古い……」


 確かに壺の形は、私が普段目にするものとは違った。

 なんというか西洋風ではない……。

 全体として東洋風で、前世で目にしたような形だ。


 掘り出されてわかるが、びりびりと魔力の波動を感じる。とてつもない魔力が込められていた。


「時折、この辺りで出土する遺物に似ていますね。昔の大国の品でしょうか?」

「多分、そうね……しかも封印は破られてないわ。この壺の魔力が乱れの原因かしら……」


 言いながら、シエラは慎重に壺の表面から泥を落としていく。


「……側面に字があるわね……なんて書いているのかしら、これ……読めないわ」

「古代語ですか、私もこれは読めません……」


 眉間に皺を寄せながらシエラとエリアンが言う。

 どれどれと私も覗き込んで――あっと声が出てしまった。


 壺の表面に書かれた文字。

 それは多分、私にだけは馴染みのある言葉だった。


「……醤油」


 間違いなく、壺の表面にはそう書かれていたのであった。

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