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16.聖女は精霊に名前を付ける

 それから私たちはヴァレンストの街に帰った。

 もちろん白犬の精霊を連れて、だ。この子も逃げたりせずに――というよりはむしろ進んで尻尾を立てながら付いてきた。


「るんるん~♪ かわいいっ、もふもっふ~♪」

「わふぅ!」


 そんな白犬の精霊を抱きかかえて、私は屋敷内を歩いていく。

 目的地はお風呂である。精霊は魔力で常に身綺麗なのだが、念のため一回丸洗いするのだ。


 汚れてる訳じゃないんだけど、なんだか気になるし……。

 この辺りの感覚は転生者ならではかも。


 なお白犬の抱き心地は最高で、上品なクッションそのもの。

 普通なら結構な重さを感じるだろうが、私の筋力は超人レベル……疲れたりはしない。

 そんな上機嫌な私と白犬の隣を歩くのはシエラである。


 ヴァレンストに戻ってきて、早々に鉢合わせしたのだ。

 シエラも可愛い動物は大好きなので、こうして付いてきている。


「いやー、本当にもふもふねぇ……」


 最初は白犬を触るのにおっかなびっくりだったが、今では遠慮なく撫で回している。


 さわさわ。もふもふ。

 白犬は嫌がらず、むしろ『もっと撫でていいよ!』と言わんばかりだ。


「わふぅ♪」


 白犬は撫でられてますます上機嫌。

 かなり人懐っこい性質なようで、精霊ではかなり珍しい。


「……で、この子の名前は決めたのかしら」


 シエラが聞くと私は少し考えて、


「ホワイトフューリーなんてどうかな? 格好いいでしょ」

「なんでそんなゴツい名前なの……。サイズ的にもあんまり『怒り』っていうイメージじゃないわ」


 くりっとした瞳と、撫でられて嬉しくなってしまう気質のはむしろ癒し系。

 なのだが……。


「あとは…………ウィンターウルフ……とか」

「……ちょっと物騒ね、うん…………。あんまり狼という感じでもないし……。……ニーアはそれだけが少し残念なのよね」


 ……言われてしまった。

 なぜかネーミングセンスは不評なのだ。思えば前世からそうである。

 げせぬ……けど仕方ない。

 大抵、名付けたりするのは他人の仕事になる。


 長い付き合いのシエラはそれを非常によく知っている。

 すでにシエラはシエラで白犬の名前を考えているようだ。


「ユキとかどうかなー? 真っ白だし、粉雪のようにふわもこだし……」

「いいね! 君はどうかな?」

 

 確かに満天の可愛らしさがある。

 私のよりはいいかもしれない、うん。

 即決すると、精霊の喉元をもふもふしながら尋ねる。


「わふぅ! わふ!」

「うんうん、気に入ったみたいだね~」

「良かったわ。じゃあ、この子の名前はユキね」

「よろしくね、ユキ!」

「わふ♪」


 ということで、白犬の精霊の名前はユキに決まったのだった。

 ちなみに精霊に性別はない……魔法的な存在だから。


 ◇


 ごしごしごし。

 ヴァレンストの屋敷にはいくつも浴場がある。屋敷で住む人の部屋にもそれぞれあるのだが、それとは別に来客用、使用人用、主人用が設置されているのだ。


 今いるのは主人用の浴場である。磨き抜かれた大理石が敷き詰められている。

 グリフォンの彫像の口からお湯が出るので、私はひそかに「グリ風呂」と呼んでいた。

 マーライオン的なお風呂だ。


 濡れてもいい薄着に着替えた私とシエラはユキを石鹸で洗っていく。

 さすがに使用人達に任せるのは酷だろうと――怖がるのは間違いない。


 ユキはおとなしく座っている。ふわふわの毛はすぐに泡立ち、あっという間にアワアワになる。


「やっぱり嫌がらないわね……動物は洗われるのって苦手なんだと思うけど」

「精霊も動物的な性質はありますけれど、ユキは湖に住んでいましたからね。水はむしろ好きなのかも」

「ああ、なるほど……。今も幸せそうにしてるもんねぇ」

「……わふぅ……!」


『洗われるの気持ちいい~』と聞こえてきそうな鳴き声だ。

 犬にも色々な種類がいる。泳ぎが得意な種類も多い。


「そういえば精霊に魔力を分け与えるとどうなるのかしら……あげたんでしょ?」

「あげたけど……うーん、どうなるってわけでもないかなぁ……。多少、なつくようになるくらいで」


 精霊に魔力を融通すると意志が通じやすくなる、というのはあるかもしれない。

 しかしこれまでに精霊と接してきてこれほど親しくなれたことはなかった。


「でもユキは特別かなぁ……うーん」

「……ニーアも前は尖ってたし、アステリアでは動物とか飼える雰囲気じゃなかったしねぇ」


 それはあるかもしれない、と私も思った。

 昔ならピリピリして自分のことで精一杯だったろうし、動物を可愛がるような精神的余裕もなかったはずだ。


 あとは鳥居とかのこともあるしなぁ……


 今の私には前世の記憶がある――多分、昔ヴァレンストに住んでいた和風な人に近い精神がある。それが精霊との仲良くできる秘訣かもしれない。


「わふぅ……?」


 泡だらけのユキ、首をかしげる。

 うーん、とても可愛い。


「んーん、そろそろ水で流そうかなぁって」


 浴槽からお湯を汲み、金属製の桶に入れていく。アワアワなユキにお湯をかけてさっと流す。


 大量の毛が水を吸って垂れ下がる。もしゃあといった感じだ。


 濡れネズミの動物はこれはこれで趣がある。なんだろう、可愛い動物はどうなっても可愛いものなのだ。


 わしゃわしゃと泡の落とし残しがないようにしながら、私はつらつらと考える。

 鳥居のこと、稲のこと。

 今の知識ではわからないことも多い。


 稲はあったから……なにかしら資料がもっとないかなぁ。探してみよっと。


 最後まで身動きせず、ユキはちゃんと洗われてくれた。

 乾かすとふわっふわで羽毛みたいな艶と柔らかさがある。

 ずっと撫でていたいくらいだ。


「……私も機会があったら精霊と仲良くなれるかなぁ」

「なれるよ、きっと」


 それからユキはとても良い抱き枕になった。

 たまにシエラも借りていくのであったが。

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