15.聖女は泉を封印する
「泉の魔力は私が抑えるわ」
魔獣は負の感情が結晶化した存在だ。源となる魔力があると無限に生まれてきてしまう。
目の前の泉が典型例だ。
もし精霊がちゃんと機能しているなら、魔獣の増殖は最小限になるはず。
……でも白犬は力をなくして……魔獣がたくさん出現してしまったのだ。
私は霧の中で力なく横たわっていた、この白犬の精霊を思い返す。
精霊は魔獣を打ち払うが、それができなくなると魔獣が溢れかえる――いずれヴァレンストの街にも魔獣が現れるようになってしまう。
放置することはできない。泉には封印をして、魔力が出ないように処置しないといけないのだ。
「…………わかりました。その間の周囲の守りはお任せください。ですが、ニーア様だけで大丈夫なのですか? 」
「軽いものよ、これくらいは」
私は肩を鳴らしながら泉を見据えた。
光を放つ泉は無秩序に魔力を放っている。
フォルトの懸念もあながち的外れではない。
泉の魔力は相当大きい。広範囲の霧と魔獣だ。
普通なら十人もの魔術師が慎重に作業しないと封印できない。
しかし私は何も恐れてはいなかった。ほんとうに私の魔力は桁違いなのだ。
それほど時間はかからずに封印できるだろう。
「危ないから……近くに来て、白犬くん」
私は優しく言って、白犬の精霊の頭を撫でた。
「……わふ」
おとなしく白犬は撫でられると、尻尾を振る。わかった、ということなんだろう。
そのまま泉のすぐそばに屈んで、水面に手を伸ばす。
指先が水面に触れると、それは魔力のせいでかなり熱く――温泉のように感じられた。
泉に触れると、途端にゴブリンが興奮しはじめる。
「「GYYYYYYAA!!」」
「うるさい小鬼め。わめくな」
魔獣はどのような姿をしても、実際には生きてはいない存在だ。食事も生殖活動もせず、破壊と殺戮しか行わない。
理解や共存など不可能、そのため発見したら駆除あるのみだ。
フォルトもそれは骨身に染みているだろう。
黙って泉を封印されるつもりがないのなら排除するだけだ。
「お前達にくれてやるには過ぎた魔法だが――主の邪魔などさせない。【風雷剣】」
フォルトの右腕から激しく紫電が走る。雷は跳ね回りながら周囲のゴブリンを瞬時に焼き払っていく。
さながら稲妻の嵐が横一線に薙ぎ払ったようだ。
力を失ったゴブリンはそのまま、灰へと変わる。魔獣は死んだのちに、何も残さない。
霧の中から続々とゴブリンが現れる。しかしフォルトは意にも介さず、紫電を暴れさせゴブリンを近付けさせない。
私は水面に意識を集中すると、ゆっくりと自分の魔力を泉へと流し込んでいく。
泉が放つ淡い純白の光が、少しずつ小さくなり――放たれる魔力も減っていく。
「……わふぅ……わふっ」
横に並んだ白犬が私と同じように右足を泉に入れて、魔力を抑えるのを助けてくれる。
さすがは精霊だ。
「いい子だね、よしよし……」
「わふぅ……」
白犬が私に白くて柔らかい頭を寄せてくる。
思ったよりも魔力の封印はうまく進んでいる。
泉の光が私の近くからゆっくりと消えていく。青い水面が広がり続けて、手に触れる水温も冷たくなっていった。
横ではフォルトが雷を縦横無尽に操って、ゴブリンを全く近寄らせない。
ちらりと泉の方を見たフォルトは感嘆したように、
「もう泉の光が消えるのですか……? なんとも、想定より恐ろしく早い」
「……集中できたからね、ありがとう」
やがて泉の光が完全に消えて、熱量もなくなった。
ゆっくりと周囲の霧が風に吹かれて薄れてくる。
泉から放たれる魔力が消えると、魔獣も存在を維持できなくなる。
まもなくゴブリン達も呆けたようになり――一握りの灰になって消えていった。
「わふっ!」
「よしよし……! うまくやったね」
もふもふと白犬の頭を抱きかかえる。
泉の魔力は封印できて、魔獣も封印できた。
「ふぅ……よくぞこれほどの短時間で封印できましたね」
「それほど泉の魔力は汚染されてなかったからね……」
光が白でなく黒かったなら、こうはうまくは行かなかっただろう。
まだ魔力は噴き出していただけで、私の力を拒むことはなかったのだ。
「蓋を作っただけだしね」
「……言うほど、簡単ではないはずですが……。とはいえ、これで一件落着ですね」
フォルトが言いながら、白犬の精霊をじっと見ていた。
次にフォルトが何を言いたいか、なんとなくわかった。
「あとはこの精霊をどうするか――置いていくか連れて帰るか」
「連れて帰りたい……!」
「……精霊は人に懐くことはあまりないと聞きますが」
「この子はおとなしいよ、ねっ!」
「……わふぅ」
精霊は魔力に惹かれる。
もし私のことが嫌いなら、すぐにでも去っていっただろう。
この白犬の精霊の相性はいいはずだ――さっきも言うことを聞いてくれたし。
これほどなついてくれるなら、元々生息していたこの湖に置いていくか、連れて帰るかは選んでいいはずだ。
とはいえ、私はこの白犬を置いてきぼりにしたくなかった。
今回はたまたま救えただけだ。
また何かあれば、今度こそ白犬は死んでしまうかもしれない。
そして白犬の精霊もつぶらな瞳で二人を見上げる。
かわいい。
とてもかわいい……。
「ちゃんと私が面倒見るから……」
「わ、わかりましたっ。わかりましたからそのような目で私を見ないでください!」
フォルトは眉間に皺を寄せながらも許可してくれた。
んふふ、よーし。
なんだかんだ言って、フォルトは優しくしてくれる。
「良かった……稲もあったし、今回は当たりだね!」
「稲ですか? それはなんでしょう?」
ああ、やっぱりと思った。
この世界では全然、稲も米も知られていない。
あるいは東の大国では食べられていたのが、その文化ごと失われてしまったのか。
でも失われても、元に戻せばいいのだ。
自分にはその知識が――前世の知識がある。
さっきの鳥居や狛犬の像。
間違いでなければ、東の大国は日本と似た文化を持っていたのだろうに。
今ではその大国のことは、ほとんど誰も知ることがないほどに消え失せてしまった。
……運命みたいなものかなぁ。前世の記憶と滅びた文明が重なっているなんてね。
フォルトの問いには、これ以上ないくらい自信を持って答えられる。
稲に軽くさわりながら、私はあんまりない胸を張った。
「とってもおいしい、ご飯になるんだよ!」




