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11.皇子は聖女を心配する

 ホタテの実食から一ヶ月。

 あの後、街の住民にもホタテを振る舞ったが非常に好評だった。

 ヴァレンストの民にも受け入れられたのは大きい。それだけ食糧の自給が改善するのだから。


 元々ヴァレンストの民は海が側にあって、魚を常食している。潮の香りは気にしていなかったし、言われてみればホタテの食感はキノコに近いかも知れなかった。


 確かにホタテは分厚いキノコに見えなくもない――売り込むときには「海のキノコ」というフレーズはいいかもしれない。


 それからヴァレンストはゆっくりと、しかし確実に変化していった。

 ホタテの漁獲量を拡大させるとともに、保存食やメニューの開発に勤しんだ。


 食材そのものだけでなく、食べ方も示さなければ輸出量の拡大は望めない。

 エリアンを中心に貴族向けと庶民向けの輸出を進めているところだ。


 とはいえ、ホタテの貝殻はすでに装飾品としての知名度と流通路がある。ある程度の収入増は確実に見込めるだろう。


 さて、その日も私はフォルトの執務室に出向いていた。


「おはよう~」

「おはようございます、ニーア様」


 私は朝の一時間は執務室で過ごす。今のところはフォルトと分けて仕事する意味はないし、領地内の報告書を読み合わせたりするのだ。

 それより細かい指示や介入をするつもりはなかった。まぁ、実務わからんし。

 勉強してるけど、この辺の文書とかの書き方はまだまだだ。


 フォルトがちゃんとしているのは報告書を読めばわかるしね。


 私には直接領地を管理した経験はない。あるのは魔獣討伐と魔法具の研究開発だけだ。

 ゆえに不慣れと自覚してるところは人に任せる!

 できるようにはするけど、少し待って欲しい。半端に口を出すのは好きじゃないし。


 フォルトはそれをありがたく思っているらしい。今まで通りの統治をさせてもらえるのは信頼の証なのだと。


 朝の時間が終わると、私は屋敷内の工房に向かう。そこで一日の大半を研究に費やして過ごすのだ。

 ニーアは最近魔法具ではなく、世界各地から集めたヴァレンストの前の国――つまり滅んだ国の資料整理もしている。


 なにせ私の領地の大半はまだ地図もない状態なのだ。

 現代日本なら地図のない場所の方がないだろうけど、そうはいかない。


 滅んだ国はその資料の多くが失われ、わずかに残った資料も東方古代語のみ――遅々として進まないほど資料がなく、難解なのしかないのだ。


 だけど私の古代語の知識――無理やり聖女として詰め込まれた知識があれば、読み解ける。


 これまでとは比べ物にならないほど、過去の歴史が資料にまとまりつつある。

 近い内にかつての特産物の記録という形で提出できそうだ。


 シエラも私と一緒に仕事をしている。呼吸はばっちりと合っていて、並の学者の十人分の働きをしている……と思う。

 でもちゃんと寝られるだけでも……いままでよりはずっといい。



 ニーアが工房に去った後、フォルトもまた事務仕事に移っていた。まず直近の課題は領内の把握だ。


 復興から三年が経過し、ヴァレンストの街の統治はまぁまぁ軌道に乗ってきていた。


 問題はここから小さな村や街をいくつも作って行かなければならないことだ。

 そのための場所の選定はまだ途上で、今後力を入れていかなければならないだろう。


 なにせヴァレンストは面積で言えば大国と同等の広さがある。かつて滅んだ大国をそのまま引き継いでいるからだ。


 領内の地図もろくになく、未開の開拓をしていると言った方が実情に合っているかもしれない。


 最近、ニーアは自ら領内の探索に出向こうとしている。いささか心配だ。


 フォルトにもよくわからないのだが、ダイズ(大きい豆? という意味らしい)が必要なのだと言う。それはもう、毎日のようにダイズのことを調べて回っているのだ。

 むしろ資料の整理もダイズ目当てと言っていい。


「ダイズがあれば…………! ダイズがあれば、醤油と味噌ができるんだよ…………!」


 なんなのだろう、それは。

 フォルトの知識には全くない。

 聞く限り、黒いソースと茶色のペーストソースのように思えたのだが。


 しかし、ニーアは随分とダイズに執着している。

 過去の資料に記載があれば、飛び出していくことは確実だろう。

 ついに今日はうめくように、


「ダイズは偉大だよ…………ダイズ、ダイズは…………きっとどこかにあるっ」


 もちろん、領内の探索をしてニーアに危険があるとは思っていない。

 どんな魔獣が現れてもニーアは撃退する――正確に言えば木っ端微塵に、跡形もなく浄化するだろう。


 なのに、どうしてか戦うニーアを想像すると胸がわずかにざわめく。

 魔力的には前より成長しているくらいなのに。


(……理屈ではないのでしょうね、きっと)


 ニーアの黒髪はいまだに悪い意味でなく慣れない。

 あどけなく、年頃の少女の彼女を見ると――目で追いそうになる自分がいる。


 自制しつつも、ときおり頭を撫でたくなってしまう。ちょうどいい位置にニーアの頭が手元に来るのだ。

 ちょっと手を伸ばせば、きっと触れられる。


(でも、そのようなことはニーア様は望んでいない……おそらくは……)


 フォルトは自問自答するまでもなく結論を出していた。

 ニーアはここに来てから、意図的に男性から距離を置いてると思ったのだ。

 例外は多分、フォルトだけであろう。


 ふぅ、とフォルトは何度目かわからないため息をつく。


(危険がないとわかっているのに口うるさくしたり、お節介を焼いたりは避けませんと。嫌われてしまいますから)


 アステリア王国に余計な手出しをしていないのも、それが原因だった。

 ニーアとシエラの働きを見る限りは、二人の出奔だけで相当な打撃にはなっていそうだが。


 マーレ王子が追放されたとかいう知らせも入ってきている。

 ニーアはそれを聞いても、全く関心がなさそうだったが。


「へぇ……大変だね、それは……」


 それで終わりである。

 だが、フォルトは予感していた。あるいは見透かしていると言ってもいい。


(……連れ戻そうとするなら、そろそろですかね。まぁ、ニーア様の意に沿わないことは、決して許しませんが)

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