邂逅
瞬介がストーカー男を殴り飛ばしてから一日が経った日の放課後、瞬介は武と共に巴家へとやって来ていた。
「んじゃ、まあ早速だが昨日の話を聞かせてもらうか」
目の前に座った三人に対して瞬介はそう切り出した。
「そうだな。私達の方から説明した方がよさそうだし」
夏月は夢の話から昨日の出来事までの事を全て瞬介に説明した。
すると事情を聴いた瞬介は呆れ交じりに溜め息を吐くと三人の頭に鋭いチョップを順に叩き込んだ。
「痛いっ!!何すんのよ、この暴力ゴリラ!」
涙目で頭を押さえながらそう訴える千秋に瞬介はまた溜め息をつく。
「あのなぁ、何度も言わせんなよ。こういう危ねえ事はすんなって毎回いってんだろ」
「あんたに四の五の言われる筋合いはないわ」
「お前分なぁ。警察の調べでは相手は凶器も持ってたらしいんだぞ。今回は偶々俺が不意打ちで気絶させれただけで、お前らだけで捕まえようとしてたら誰か怪我してたかもしれないし、最悪死人も出てたかもしれない。それぐらいやばい事だったってちゃんとわかってんのか?」
「それは…」
瞬介の問いに千秋は思わず言葉に詰まり俯いてしまった。
すると今度は夏月の方へと瞬介はターゲットを替えた。
「それにカズ、お前もお前でこのアホが暴走したら俺達の誰かに言えって言ったばっかだろ?」
「それもそうなんだが、私自身の夢の事だからな。千秋は最初から正夢だと言っていたが他の人間が鵜呑みにして聞いてくれるとも思わなかったし、私自身本当に夢で起きた事が起こるなんて思わなかったんだ。いや、正確には起こるわけがないと思い込みたかっただけなのかもしれないが…」
「確かに俺も事件が起こる前に聞いていたら半信半疑ではあったと思うがよ…。それでも今回みたいに万が一って事もあるんだ。だから次からは言ってくれよな。別に夢の内容が正夢かどうかの確認位だったら付き合ってやるしよ。何も連続殺人犯を捕まえるって訳じゃねーんだからよ」
「すまない、そしてありがとう。実際シュンが来てくれていなければどうなっていたかわからなかったし。今度からは気を付けるよ。でもあの場でシュンを見た時は本当に驚いたよ。夢の話はこの二人にしかしていなかったし、夢でもシュンは出てこなかったから」
復活した千秋も話に参加してくる。
「それには私もびっくりしたわ。最初はてっきりカズが伝えていたと思ったから、夢の内容をあんたが知らないってのにはね」
「俺もカズの夢の話には驚いたけどな。それ以上に驚かされたのはそれを聞いて正夢だと言い切り実際その通りなったお前の無駄な読みの良さだな」
「照れ隠しせずに、凄いわ千秋様!と褒めてもいいのよ? 」
「調子に乗んな。お前は自分の軽率さを反省しろ! 」
再び口論をし始めた二人に呆れた夏月は終わるまで放っておくことにしたのかお茶を啜る。
すると、武が恐る恐る手を挙げた。
「あの~シュン君、僕はなんでチョップされたの~」
「ん?ああ、お前はいつも通りだから特にいう事ないな」
「え~酷いよ~」
やり取りを見ていた夏月も瞬介に同意するように頷きながら言った。
「確かに武の場合はいつも通りアキに振り回されただけだからな」
「カズ、その言い方は酷くないっ?!もしかして武も私に振り回されてるだなんて思ってないでしょうね? 」
「う、うん。そん事、思ってないよ~」
「ほらね、武もこう言ってるんだからカズも人聞きの悪い事言わないでよね」
「おい、知ってるかアキ、そういうのは言ってるんじゃなくて言わしてるって言うんだぜ?お前周りからチビゴリラって言われてビビられてる自覚ねーのか? 」
「何ですって!今日の今日はもう頭にきた。ゴリラはあんたでしょう!私みたいな可憐な乙女に向かってそんなこと言う奴は私の空手で久々にぼこぼこにしてやるわ!道場に来なさい! 」
「はあ?久々もクソもお前にボコられた記憶なんてねーよ。それにそういう暴力的な処がビビられてるって気づけよ」
「もう絶対許さないんだから! 」
「はいはい。まあ、話も聞けたし俺は帰るわ。テス勉もしねーとまずいしな」
「逃げる気!? 」
「まあそう怒んなって。危ない探偵ごっこじゃなかったら暇な時なら付き合ってやっからよ。稽古でも何でも相手してやっから」
「…そういう事なら、今日は見逃してあげる。その代わり今の言葉、忘れないでよね」
「あいあい。んじゃカズと武もまたな」
「ああ、今日は態々ありがとう。ではまたな」
「ばいばい~」
後ろ向きにひらひらと手を振りながら部屋を出た瞬介は階段を降り、玄関へと向かう。
そして靴を履こうとしているとき、後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこには、この家の双子の母である巴奏が立っていた。
顔立ちは二人とそっくりで年齢も四十に近いというのに双子と姉妹と言われても違和感がない程若々しい皺のない綺麗な肌をしている。
奏は物腰が柔らかくおっとりしている為、彼女を見るたびに夏月はともかく、どうして千秋があんなふうになってしまったのかといつも瞬介は思うのだった。
「あら、シュンちゃんもう帰るの? 」
「はい、テス勉しないとヤバいんで」
「そう、残念ね。久々だから夕飯でもどうかと思ったのだけれど。それなら仕方ないわね」
「折角なのに、すみません。あ、あと知ってるかもしれないですけど千秋の奴、前のテスト英語三十五点だったらしいんで勉強するように言っといた方がいいっすよ」
「まあ、あの子前のテスト英語だけ無くしちゃったって言ってたけどそういう事だったのね。ありがとうシュンちゃん。あの子にはきつ~く言っておくわ」
「ハハハッ。あいつ例外の花純を除いたら、俺達や香月がいくら言っても聞かないですけど、奏さんの言う事は聞くんでね」
「なんて言っても母親ですもの」
「ですね。俺もお袋には頭上がんないですから。んじゃそろそろ帰ります、おじゃましました! 」
「ええ、またいつでもおいで」
巴家を出、帰路につく。
沈む太陽を眺めながら自転車を漕ぎ、少しづつ日が暮れるのが長くなってきたのを感じる。
少し急な坂道を登り終え少しした所で自宅が見えてくる。
時刻は五時半とテスト期間中とはいえ高校二年生にしては早い帰宅をし、自分の部屋に荷物を置き終えると、珍しく妹の部屋から話し声が聞こえてくるのに気が付いた瞬介は玄関に家族の物とは違う靴があったのを思い出した。
部屋の前まで行くとノックもせず部屋に入る。
そこには当然、部屋の主であり瞬介の妹である空山羽美が居り兄の所業にすかさず文句をいってきた。
「もう!お兄ちゃんノックくらいしてよ! 」
「悪い悪い。お、やっぱり来てたのは花純だったか」
「ええ、お邪魔してるわ」
瞬介にそう答えたのは彼の幼馴染の内の一人である橘花純であった。
綺麗な黒髪を腰辺りまでまで伸ばし、落ち着いた雰囲気を醸し出す彼女は如何にも古き良き日本のお嬢様といった感じの女性であった。
「久しぶりだな」
そう言いながら床に敷かれた、可愛らしい熊のキャラクターが描かれたカーペットの上に腰を落とす。
「そうだったかしら?羽美ちゃんとは良く家に招いてお話しているから彼方達の事もよく聞いてる所為かしら、あまりそういう感じがしないのかもしれないわね」
「あ~お前昔から羽美の事大好きだもんな。最近羽美がよく出かけてるのも納得いったが、んな事よりも羽美が何を話してるのかが死ぬほど気になるな」
「え~私別に大したこと言ってないよ? 」
「怪しいな~」
「ホントだって!!」
「さっきも丁度あなたの話を聞いたところよ」
「へえ、何を聞いたんだ?」
「あなたが見知らぬ少女をストーカーしていた男を捕まえたという話よ」
「ああ、その話か」
「そう、聞いたのはそれだけよ。先に父さんからも聞いていたのだけれど、幼馴染として鼻が高いと思ったわ。あまり危険な行為はしてほしくないとも思ったけれど」
「まあな。成り行きだったし俺もどっかのアホと違って普段はそんな危ねえ事しねーよ」
「なら、いいのだけれど」
「てか羽美、さっきから急に黙ってるけど、どうかしたか?顔色悪いぞ? 」
「な、なんでもないよ?!」
「…変な奴だな。まあいいや、その話で俺も丁度花純に話があったんだ」
「私に話?」
瞬介が話を切り替え真剣なトーンで花純に話をし始めたところで羽美は心の中で安堵していた。
(よかった~。花純姉が上手いこと言ってくれて助かった。本当は話のほとんどがお兄ちゃんがお母さんに怒られたことだったんだけど…)
羽美がそんな事を思ってる間に昨日までの事を夏月の夢の内容を含めて説明し終わった瞬介は花純に助力してくれるよう頼んでいた。
「花純ぐらいしかあいつの暴走を止められる奴がいないんだよ。だからお前も忙しいとは思うけど頼む! 」
「ええ、別に構わないわよ。それに私だってアキを抑える係という事は自覚しているし。私も彼方達と同じ高校に行ければ良かったのだけれど…」
「俺もお前が俺等と同じ高校だったらって思うけど親父さんの方針だからそこはいっても仕方ないしな」
「まあそうなのだけれど。緋色の目をした死神は父さん達警察も手を焼くくらいの犯罪者。けれどもアキなら見つけてしまいそうなのよね…。私達もアキの勘の良さと行動力には救われてきたし感謝はしいてるけれど今回はそれが裏目にでるかもという心配は凄くあるのも事実なのよね」
「そうなんだよなぁ。実際昨日みたいな事もあるし出来るだけ俺もあいつから目を離したくないんだけどな。正直なところ死神の事件は俺も胸糞悪いし千秋の正義感の強さを考えれば自分ができる事はやりたいという気持ちも分かるんだよ。けど見てたらわかるんだけどよ、口では俺達に頼ってるように見えるけどあいつの本心は俺達を巻き込みたくないって事なんだよ。それに彼奴なりに俺達周りの人間が自分の事を心配しているのを知ってるから形だけでも俺達に声をかけてんだと思う。だからあいつは本当にやばい時は一人で行っちまう気がすんだ。俺もアイツにはその件では協力しないとは言ってるがそれは現段階で俺が協力すると言ったら暴走が加速するだけだと思ってるからであって見放してるわけじゃないんだよ」
「ええ、それは私もわかっているわよ。きっと彼女も彼方の気持ちに多少なりとも気づいていると思うわ。彼方がアキの事がわかるようにね。けれども今のままでは駄目な事も事実。中間テストが終わった辺りで皆で集まりましょう」
「ああ、わかった。俺とトシは部活で時間空けるのが少しムズいから合わせてくれると助かる」
「私は大丈夫だけれど。カズや武、それに本命のアキは大丈夫かしら?」
「あいつ等は基本道場しかねーから大丈夫だとは思うぜ。四人には俺とトシの予定が決まり次第俺の方から伝えておくから」
「わかったわ。その方針でいきましょう。けれどそこまでの間アキが行動しないかどうかというのが気がかりになってくるわね」
「そこは多分大丈夫だ。今日奏さんに千秋の前のテスト酷かったとチクっておいたからな」
「…確かにそれだったら大丈夫そうね」
瞬介の発言に苦笑を浮かべた花純は綺麗な所作で机の上に置かれたティーカップを持ち紅茶を口に含んだ。
話が一旦終わったのを見計らったのか黙っていた羽美が文句を言った。
「もうお兄ちゃんも、花純姉も話長いよ!」
「ああ、悪い悪い。んじゃ俺は自分の部屋に戻るよ、邪魔したな。アイス買ってやるから機嫌治せ、な? 」
「ごめんなさいね。私もまた家に来てくれた時に羽美ちゃんの好きなアップルパイ焼いてあげるから許してくれないかしら? 」
「絶対だよ! 」
「ああ、わかったわかった」
「ええ、約束ね」
花純と羽美が指切りをしている光景を微笑ましく見ていた瞬介は、立ち上がると一度大きく身体を伸ばした後、ぼそりと一言呟いた。
それは思わずボロリと零れた弱音のようなものだったのかもしれない。
「テルがいてくれたらなぁ」
「あなたがそんな弱音を吐くなんて珍しいわね」
「!思わず口に出てたか。今のは忘れてくれ」
そう言いながら瞬介は自室へと戻るのであった。
ベッドに倒れこみ少しだけボーっとしていると突然、背筋が凍るような悪寒に襲われた。
ここ数日間にも何回かあった現象だったがこれほどまでに強烈な感覚は初めてだった。
どこからか分からないが、どす黒い悪意がこの町全体を覆っているかのような感覚。
瞬介はこの感覚が日に日に強くなっていっている気がしていた。
先日の男から感じ取った悪意とはまた違った別種の、殺意の様な物が近づいてきている様なそんな気がしてならなかった。
(単なる気のせい…じゃないとしたらこれは一体何なんだ!?)
恐怖を振り払うように布団に包まり、目を瞑った。
瞬介の意識はそのまま眠りへとおちていった。
その頃、羽美の部屋ではまだ二人は談笑していた。
「そういえば、さっきお兄ちゃんがテル兄がどうこうって言ってたので思い出したけど、悠君が来週お兄ちゃんが帰ってくるって喜んで話してたから近いうちに会えると思うよ! 」
「!!悠がそう言っていたのなら間違いないわね」
「うん。すごく嬉しそうだったから本当だと思うよ」
「輝之さんが帰ってきたらシュンとトシも悠以上に喜ぶでしょうね」
「そうだね~。お兄ちゃんとトシ兄はテル兄の大親友だもんね! 」
「ええ、あの三人は私達から見ても特別に仲が良かったもの」
二人が話しているとインターホンの音が響いた。
「あ、花純姉のお迎えきたんじゃない?」
「そうみたいね。今日はお招きしてくれてありがとう。次は家にいらっしゃい。その時に約束のアップルパイを焼いてあげるから」
「やったーー!じゃあまたね花純姉! 」
「ええ、また」
花純はそう言うと家を出、母親が運転する車に乗り帰って行った。
***
夜中の一時ごろ早めに寝てしまったた為目を覚ました瞬介はシャワーを浴び、ラッピングされていた自分の分の夕飯をレンジで温め食べた後部屋に戻りテスト範囲の教材と睨めっこしていた。
(勉強しようにも何だか集中できねーな)
時間帯の所為もあるのか勉強に身が入らないと思った瞬介は深夜徘徊になるのも躊躇わず歩いて三分もすれば着くコンビニに散歩がてらに向かった。
コンビニに着くと如何にもガラの悪そうな連中がうんこ座りでたむろしていた。
(おいおい、どう見ても中高生じゃねーか。煙草まで吸いやがって、まったく今何時だと思ってんだよ)
自分も深夜徘徊という事を棚に上げそんな事を心の中で呟きつつ店内に入るとスポーツドリンクと羽美に買うと約束した分のアイスをついでに購入する。
他には特に用が無かったので外へ出ると来た時に居たガラの悪そうな連中が居なくなっていた。
特に気にする事もなく家へと向かう道中、夕方にも感じたモノと同種の悪寒に襲われた。
それは今までにないくらい強くそしてその存在を強く感じ取った。
そのプレッシャーにも似た感覚はこれまではぼんやりとしていた。
しかし、今回ははっきりとわかったのだった。
目の前の路地裏の中から発されていると。
「たすけてぇぇぇぇえ!!」
「逃げろぉおおっぐえっ……」
「きゃぁあああっ!!!」
そんな声が瞬介の耳に聞こえたような気がした。
実際には音など何も聞こえてはいない。
しかし、瞬介にははっきりと聞こえた気がしたのだ。
(畜生!一体何だって言うんだ!!)
そんな言葉を心の中で吐き捨てながら気が付けば瞬介は路地裏へと走り出していた。
暫く奥へ向かうとそこには先程居た内の一人の髪を金色に染めたギャルの様な風貌をした少女の後ろ姿が見えた。
「おいっ!大丈夫か!?」
瞬介がそう呼びかけるとゆっくりと少女がこちらを見た。
「タ…タスケ……テ…」
物凄く聞き取りずらい声で、しかし嫌に耳に残る声でそう言った彼女の顔は目、鼻、口からは血が流れでて悲壮な表情をしていた。
次の瞬間、ゴトリッという音ともに何かが落ちた。
その事を理解するのに瞬介は数秒時間を要した。
何故なら、その落ちた物が目の前の少女の首から上であったからだった。
続けてドシャリ、と顔を失った胴体が倒れた。
そして先程まで少女が立って居た為見えなかった通路の奥、その向こうの光景がさらに瞬介を硬直させた。
奥にあったモノは首なしの三人の遺体と、頭巾の様な物を被り顔を隠し、下半身は暗闇で見えず上半身だけが浮いている様にも見えるモノが居た。
そしてその者の頭巾の中からは一対の不気味に赤く輝く光がこちらを覗いているのだった。
その風貌はこの世の者とは思えぬ、そう例えるなら死神と呼ぶに相応しいものであった。
「う、うおおおおおぉぉぁあああ!」
瞬介は恐怖に打ち勝つために大きな声を出し正面の死神へと突撃したのであった。
瞬介の意識はそこでぷつりと途切れた。
次に目覚めた時、朦朧とした意識の中で声が聞こえてきたのを瞬介の耳は拾った。
「キタザワさん、また取り逃してしまいましたね」
「仕方ない。今の我々ではどうしても後手に回ってしまうからな。それよりもジョン、この少年はまだ生きている早急に手当てをしよう」
「そうですね。では…」
そこで再び瞬介の意識は深い闇の底へ沈んでいくのだった。