8話:毒消し草
ジタバタと動かしていた手を止め、シャノンはシスルの指先が示す場所へと視線を落とす。
その場所はニーサ湿地であった。ラガンの街の東に位置するニーサ湿地はラガンの街のおよそ二倍程度の面積の湿地地帯であり、全体の約五割が灌水している。多様な生態系を築いており、薬草などの採取依頼で冒険者も訪れる事が多い。
ラガンの街からニーサ湿地までは子どもの足でも一時間もあれば行くことが出来る距離にあり、その途中もモンスターと遭遇する確率は極めて低い。いや、遭遇する方が珍しいと言って良いかもしれない。
湿地中も概ね簡単に倒せるモンスターが多く、比較的安全なフィールドといえる。
植物の採取やモンスターの素材集めの他にも、ニーサ湿地の一番奥には小さいながらも優良な鉄鉱石が採掘出来るポイントがいくつかある。
「えぇと、ニーサ湿地で採掘の依頼ですよね。弱いモンスターばかりのフィールドですし、しかも討伐や素材集めじゃないのでそれこそ初心者でも問題ないんじゃないですか?」
シャノンは自信があるのかいつもよりしっかりと答えた。するとシスルの指が地図上のニーサ湿地から離れた。
シャノンは次はもっと難しい問題がくると身構えたが、シスルが他の場所を指すことはなかった。
シスルは抱きついていたシャノンからそっと離れ
「……初心者でも大丈夫か。確かに弱いモンスターばかりだから、あんたはそう思ったんだ」
正解とも不正解とも言わず、そっと微笑んだ。
その後、シスルは『とりあえず今日はもう遅いから、他の場所だとどれ位の実力が必要か考えておきなさい』とシャノンに宿題を出した。
◇◆◇◆◇◆
シスルからの三回目の課題は三日後に行うことになっていた。一回目と二回目は『出来れば今日中』とかだいぶ短い期間でやらされていたが、今回は少し時間があるのに加え、内容もシャノンが得意と思っているものだった為、シャノンへの精神的な負担は今までよりも軽いものだった。
シャノンが仕事に慣れてきたのか、シスルの特訓のお陰かは分からないが、シャノンは比較的順調に
仕事をこなしていた。
「こ、これで、ご登録は全て完了いたしました」
シャノンは今日初めて冒険者組合に登録に来た男の子の冒険者に出来たばかりの登録証を渡す。
まだ少し不安な所もあるが、一人で新規の登録業務もどうにか出来るようになっていた。
「これが登録証か!」
男の子の冒険者 ピエリスは嬉しそうに手にした登録証を眺める。
「ねぇ、こらから僕にでも出来る依頼ってあるかなぁ?」
ピエリスは目を輝かせながらシャノンに尋ねた。
「えぇと、……ピエリスさんはモンスターに遭遇しても大丈夫ですか?」
シャノンは失礼かも知れないと思いながら確認をした。
「お姉ちゃん! 僕だって冒険者だよ! 今までにもスライムとかゴブリンとか何匹も倒してるよ。…強いモンスターは無理だけど弱いモンスターならへっちゃらだよ」
ピエリスは少し興奮しながらシャノンに詰め寄る。
「も、申し訳ございません。……そうしましたら、ニーサ湿地での採取依頼は如何ですか?」
そう言ってシャノンは依頼書をピエリスに見せる。
「毒消し草二十株の採取か。なになに成功報酬は銀貨二枚と銅貨五枚か」
「はい。ニーサ湿地のちょうど真ん中に大きなマングローブの木があり、毒消し草はその回りに群生していますので、それを採取して来て頂く依頼になっております」
「うーん。ホントは最初の依頼はもっと格好いいのが良かったけど、まぁいっか! じゃあこれやるね」
「受注ありがとうございます」
シャノンは嬉しそうに受注書にサインを促す。
「じゃ! お姉ちゃんまた後でね!」
ピエリスは元気に冒険者組合を飛び出して行った。シャノンはその後ろ姿に向かい頭を下げる。
それがシャノンが見たピエリスの最後の姿だった。