4話:その効果
「……緑のマントで竜の形の杖を持った、ちょっと小柄なエルフの魔法使いはミドリオ…じゃない、ソロリオンさんで…優しそうな顔だけど、確か怒ると炎系の魔法を乱射しちゃう『ちょっと』問題がある性格で…えっと……そのホノリオ、違う違う、ソロリオンさんの戦闘スタイルは……うぅ……」
可愛らしい黒髪のショートカットが良く似合う小さな頭から煙を出しつつ、シャノンは常連の冒険者リストを手に持ちぶつぶつと一人で呟いていた。
「まっ取り敢えず最初は簡単な事から!!」とシスルから『簡単』に出された課題の最終期限が間近に迫り、シャノンは必死にファイルと睨めっこをしていた。
当然のように『出来れば今日中』の期限では覚えられず、更には『遅くとも明日まで』の期限でも完璧には常連冒険者百人の情報を覚えられなかった。その為、シスルから翌日に覚えられなかった十八人の追試を言い渡されていた。
「いい! もし明日も覚えていなかったら分かってるでしょうね?」
と、シスルは誰もが振り向く端正な顔に不気味な笑みを浮かべ、意味深に両手をサワサワと動かしながら シャノンにプレイヤーをかけてきたのだ。
「うぅ。今日こそちゃんと答えられないと大変な目に…」
シャノンはシスルの笑みを思いだしぶるりと身震いをした。
「シャ、シャノンさん。大丈夫ですか?」
受付カウンター越しに若い冒険者が顔を赤くしながらシャノンに話しかけてきた。
若い冒険者はまだピカピカと輝く新品の鉄の鎧を見にまとい、背中には同じく新品の鉄の両手剣を背負っていた。
「あっ。シーダーさん。すいません。ちょっと考え事をしてまして……」
「えっ! 僕の名前覚えてくれたんだ! この前の登録の時、ちょっと挨拶しただけなのに!」
シーダーは茶色の瞳を輝かせながら、少し興奮してシャノンの顔を覗きこんだ。すると心配そうな顔になり
「…シャノンさん大丈夫? 目、真っ赤だよ」
シャノンのいつも真っ黒な瞳は赤く充血しており、目付きも普段とは異なり、かなり険しいものになっている。
「うぅ。すいません。ちょっとテストがあるので…シーダーさんは、どの様なご用件でしょうか?」
シャノンは充血した真っ赤な瞳でいつもの笑顔で尋ねた。
「テストか。やっぱり冒険者組合の人って大変なんだ~。お母さんから冒険者組合職員の就職試験を受けなさい! って言われてたけど、やっぱ僕は冒険者にして良かった。って、依頼の完了報告に来たんだった」
シーダーはまだ幼さが残るはにかんだ笑顔で、アイテム受領書を差し出した。
ラガン冒険者組合では採取系の依頼ではその採取物を、討伐系の依頼では討伐完了の証としてそのモンスターの特定部位を鑑定課に納め、それが確認されれば鑑定課からアイテム受領書が発行される。そのアイテム受領書を受付に提出することで、初めてその成功報酬が受け取れるのだ。
「えっとシーダーさんの受注依頼は、笑い茸十個の納品ですね。……はい確かにアイテム受領書をお預かりさせて頂きます。それではこちら成功報酬の銀貨四枚から冒険者組合の仲介手数料(成功報酬の十パーセント)の銅貨四枚分を差し引いた銀貨三枚と銅貨六枚ですので、どうぞお確かめ下さい」
そう言うとシャノンは綺麗に並んだ硬貨をシーダーへと渡す。
「うん。ありがとう。…あっ! シスルお姉ちゃん! シスルお姉ちゃんから勧めてもらった依頼ちゃんと出来たよ。それにいっつも行くニーサ湿地じゃなくて、ちょっと遠かったけど言われた通りバダナ樹海に行ったら笑い茸がそこら中に生えてて、全然探す時間かからなかった!」
シーダーは興奮して、少しカウンターから身をのりだしシスルに向かい今貰った成功報酬を見せた。
「ちゃんとバダナ樹海の方に行ったのね。今日は早く帰ってこれたんだから、この後、しっかりと剣の鍛練をしてもっと難しい依頼をこなせるように頑張りなさい」
シスルはそう言うと、カウンターから身をのりだしているシーダーの頭を軽く撫でた。甘い香りがシーダーを包むと、シーダーは耳まで真っ赤ななり、明らかに挙動不審に
「う、うん。い、言われなくても剣の修行するつもりだったし。僕もうゆっくりしてる時間無いから。…きょ、今日はありがとうございました」
と、そそくさと頭を下げて走り去ってしまった。
「どう。名前を覚えると接客が楽になるでしょ」
シスルはそう言うと、シャノンの机に広がる常連の冒険者リストに目を向けた。
「えっ!?」
そう言われて、シャノンはいつも下ばかり向いてどちらかといえば、これまでは大人しい印象しかなかったシーダーの姿を思い出した。
「あんなに笑って大きな声で話すシーダーさんを初めて見たかも知れないです…」
シャノンは信じられないという表情を浮かべる。
「いい、シャノン。冒険者組合は冒険者から決して安くはない仲介手数料を頂くわ。その為には当然に相手のことをしっかりと理解をして接しないといけないのよ。…まあ『しっかりと』仲介手数料を貰うには冒険者の事だけ覚えるだけじゃ足りないんだけどね」
シスルはそう言うと、シャノンに大きな一枚の紙を見せた。