2話:シスルの実力
「うぅぅ。何でボクだけ」
うつ向きながらシャノンが事務局長室 のドアを締めた。黒く大きな瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど涙で一杯になっている。
営業時間中にしかも普段では一番依頼が集中する朝一番の時間帯に冒険者組合の受付嬢二人が冒険者そっちのけで抱き付いて遊んでいるのは何事かと事務局長直々に呼び出しがあり、シャノンはみっちりと注意を受けていた。
本来であれば二人共、事務局長室に呼び出されていた訳だが、シスルは
「こんな忙しい時間帯に受付嬢二人を呼び出す事務局長の相手をする暇なんてあるわけないじゃない」
と当然のように呼び出しを無視しており、シャノンにも「あんたも事務局長の相手なんかする必要ないわよ」と笑いながら共犯になろうと誘ってきた。
流石に新入職員が事務局長の呼び出しを無視するのは不味いと周りの職員から言われ、シャノンだけは『きちんと』事務局長室に行ったのだ。だけとその結果としては、何故シスルは来ていないのかとよりヒートアップした事務局長のお説教がシャノンを待っていたのだ。
自分だけ、しかも後半はなぜかシスルについてのお説教をたっぷりとされたシャノンはその可愛らしい顔をぷっくらと膨らませながら営業フロアの扉を開けた。
「何これ?」
シャノンは思わず呟きフロア全体を見渡した。
普段は新しい依頼を受けようと、冒険者でごった返す筈の早朝のフロアには、ほんの数人の冒険者しかおらず、受付の順番待ちの番号もゼロになっている。
「ああ。シャノンちゃんお帰り。事務局長に酷いこと言われなかった?」
男性事務員のフロックスがそっとシャノンの背中に手を回し、微笑みながら話しかけてきた。
「えっ、あっ、はい。受付が忙しい時間帯に仕事してなかったのは事実ですから、事務局長のお説教はしょうがないです」
シャノンは顔を引きつらせながら答え、そっとフロックスの手から逃れた。
フロックスはシャノンが自分の手から離れていった事が信じられないという表情をしている。
フロックスは濃淡な青い髪と瞳をしてた若手事務員である。物腰柔らかい性格とまたその爽やかな見た目から特に『若い女性冒険者』から 人気を獲ている。
冒険者組合の女性職員にも少なからずフロックスのファンはいるが、『多少』ナルシストな所が一緒に働く職員としては目につき、女性冒険者達と比べると職員には人気が無い原因にとなっている。
「フロックスさん、これは?」
フロアの状況が飲み込めないシャノンは少し距離を取りつつフロックスに話しかける。
「ああ、シャノンちゃんは入ったばかりだから、まだ見たことなかったっけ? ほらあれだよ」
そう言うとフロックスは受付カウンターの方を指差した。
「金貨2枚の成功報酬で、なるべく戦闘がないという条件の依頼でしたら、この『眠り草二十株の採取』はいかがでしょうか?眠り草の生息地ですが、現在二つのパーティーが周辺のモンスター討伐依頼をされていますので、今でしたらかなり難易度が低くなっていると予想されますよ」
シスルは満面の笑顔で中年の男性冒険者に依頼書を差し出す。
「ありがとう。シスルさん! この依頼ならどうにか出来そうだよ」
「受注ありがとうございます。ただ、戦闘が百パーセント無いという訳ではありませんからくれぐれも気をつけて下さい。皆さん復帰戦は無茶をする傾向にありますが、お体が一番大切ですから危なくなったら無理をせず周りのパーティーにちゃんと救助依頼をして下さいね」
シスルはそっと中年冒険者の手を握り微笑みかける。すると中年冒険者はうっすらと涙を浮かべ、軽く鼻を啜りながら依頼書を受け取り、受注のサインをした。
「依頼の相談から受注させるまで、およそ三分。しかも相手は復帰戦の冒険者だ。普通下手をすると小一時間は相手をして、しかも結局受注しないって事が多いんだけど、流石ナンバーワン受付嬢シスルさんだね」
フロックスは胸から下げた純銀の時計を見ながら爽やかな笑顔をシャノンに向けた。