19話:優しい先輩
「シャノンちゃん大丈夫? シスルさんもシャノンちゃんのこと心配してつい強く言っちゃっただけだと思うから……。まだ新人で色々と大変だろうけど、何か困ったことがあったらシスルさんだけじゃなくて私達にも声掛けてね」
シャノンに一人の女性職員が優しく声を掛けた。
「えっ、あっ、はい。………ありがとうございます。……エノメーナさん」
「良かった。名前覚えていてくれて。あまりお話しする機会が無かったから、もしかすると知らないかもって思ってたんだ」
エノメーナはそう言ってにこやかに微笑んだ。
エノメーナと呼ばれた女性は普段、内勤の後方事務を担当しており、主に出納や会計業務に携わっている。
三十代半ばの中堅職員であり、シャノンは今まで一度も話したことが無かった。
深紫色の髪を肩までの長さで切り揃え、美人とも不細工とも言えないあまり印象に残らない顔をしている。
性格も控えめで大人しく、端的に言えば地味な女性としてシャノンの中の記憶にあった。
シャノンは声も聞いたことがない先輩職員から急に笑顔で話しかけられ若干戸惑いながらもペコリと小さな丸い頭を下げる。
「シスルさんも心配なのは分かりますけど、余り大人げないことはしないようにね」
エノメーナは腕を組み、口をへの字に結んだシスルにそう告げると、にこやかにその場を後にした。
しかし、気がつくと先程までのピリピリとした緊張感は無くなっていた。
◇◆◇◆◇◆
翌日、ギスギスとまではしないけれど、何処か他人行儀なやり取りをするシャノンとシスル。
特段、何事もなく一日の営業時間が終わり、営業フロアでは各人が一日の売上の集計作業を行っている。
受付嬢の集計作業といえば、冒険者が達成した依頼の成功報酬の合計を計算し、そこから一日の売上(成功報酬の二十パーセント)を計算する。
成功報酬の合計額から売上を引いた金額がその日一日に冒険者に支払った金額となる。
そうして計算した支払額を一日の初めに金庫から出して用意していた仮払額から差し引いた金額と営業時間終了後に手元にある実際の残高が合致しているかを確認しなければならなかった。
シャノンはこの作業があまり上手く出来なかった。
成功報酬の合計額を出したり、売上を計算することは問題なく出来るのだ。
ただ硬貨を数えるのが苦手だった。
入職した時のオリエンテーションで硬貨の数え方を教えて貰ったのだがそれが上手く出来ない。
左手の上に一列に硬貨を並べ、四枚ずつ数えて十二回と二枚で五十枚と数える。
教えてくれた先輩職員曰く、数える枚数は冒険者組合毎で微妙に違うらしい。二・三、二・三と数える所もあれば、五枚ずつ数える所もあると言う。
どちらにせよ、三ヶ月もすれば慣れるから問題ないと教えられたが、慣れる前のシャノンにはどうしても四枚刻みの数え方が難しかった。
それともうひとつ、そもそもシャノンの小さな手の上には硬貨五十枚を乗せることが難しいのだ。
それなのに、オリエンテーションで教えて貰ったやり方を生真面目に実行するシャノン。
ポロポロと硬貨を落としながらの集計作業は難航するのだった。
「四・八・十二あっ……。うぅ、また落ちちゃったです」
落とした銅貨を拾い集め、また一から数え直そうとすると、
「シャノンちゃん大丈夫? 大変そうだから手伝うね」
と、エノメーナが声を掛けてきた。地味な見た目からは想像出来ない少しきつ目の香水の香りがシャノンの周りを漂う。
「えっ、そんな申し訳ないです。エノメーナさんのお仕事の邪魔になっちゃいますし……」
「私の分の集計はもう終わったから。二人でやっちゃえば早いでしょ」
エノメーナはシャノンの返事を聞かないまま、まだ数えられていない金貨の入った袋を手に取り自席へと戻って行った。
「……誰かさんと違ってエノメーナさんは優しいです」
シャノンは既に集計を終え帰宅したシスルの席を見てボソッと呟く。
それから暫くして、シャノンが数え終わる頃にエノメーナがニコニコと微笑みながら硬貨袋を持ってきた。
「金貨は二百八枚だったわよ」
「あっ、ありがとうございます。ええと……」
シャノンは硬貨を数える前に計算した金額を書いた紙を確認し
「はい。金貨は二百八枚であってます。こっちも無事集計が終わりました」
と可愛らしい笑顔を浮かべた。
「シャノンちゃんお疲れ様。集計も慣れれば早くなるから頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
シャノンは勢いよく立ち上がりエノメーナに頭をさげた。
「気にしなくて良いのよ。また、手伝ってあげるから。そんなことより、まだ再勘してないでしょ。計算の紙とそっちの袋貰っちゃうね」
各が数えた硬貨は再度、後方の出納係の職員が再確認を行う。
金銭を扱う所以に職員によるダブルチェックが行われ、最終的には事務局長が統括し営業フロアの金銭を管理する体制になっていた。
「うぅ、いつも遅くて、しかも今日は手伝ってもらってほんとに申し訳ないです」
「良いのよ。私も昔先輩に一杯助けて貰ったもの。その代わり、シャノンちゃんも後輩が出来たら助けてあげるのよ」
エノメーナはポンポンと優しくシャノンの頭を撫でた。
「はっ、はい!」
エノメーナの優しさにシャノンは思わず目を潤ませる。
そしてシャノンは『自分に後輩が出来たら、エノメーナさんみたいに優しく手伝ってやるんだ』と心に固く誓った。
それから一週間後、シャノンの元に査問委員会からの出頭命令書が届いた。




