16話:ハシバミ
「うぅ。早いです」
黒渕の眼鏡をかけ上質のスーツを身に纏い、颯爽と歩く男の後をコソコソとつける黒い影がボソッと呟く。
受付嬢の白を基調とした制服の上から目立たぬようにと黒のローブをすっぽりと被った黒髪の美少女は周りから不審な目を向けられているとも知らず必死に前の男を尾行している。
裏道とはいえ昼を過ぎたばかりで人の往来が少なくない道を黒ずくめの美少女が物陰に隠れるように歩く姿は本人の思いとは裏腹に周囲から浮いた存在になっている。
周りの通行人らがヒソヒソと不審者のことを口にしているが、本人の耳には届かなかった。
「それにしても、ホントにシスルさんから貰った地図通りに歩いてます」
不審者はシスルから貰った地図とコニウムの歩く道取りを重ねる。
手にある地図にはラガン冒険者組合からケリア商会まで裏道を使った場合の最短ルートが赤く記されていた。
コニウムはその赤い道の上を寸分違わず進んでいる。
しかし、その地図の赤く記された道は途中の一ヵ所だけ途切れており、そこに良く分からない注意書があった。
その注意書が何を意味するのか分からないまま、予定通り地図が途切れている場所の手前までやってきた。このままケリア商会までの最短ルートはこの先にある緑色の屋根の小さな家を右折してそのまま直進すれば良いのだが地図には
『まだ早い!!曲がらないで五分待機』 と朱書きされている。
シャノンは何が早いのかと疑問に思いつつも、小さな家の角に植わっているハシバミの木に隠れるようにしながら小さな頭だけ出して前の様子を窺うと
「……いない!?」
そこに前を行くはずのコニウムの姿はなかった。
突然の事にシャノンは慌てて角から飛び出して目を凝らすがやはりコニウムの姿は見つけられなかった。
「うぅ。マズイです。ここを曲がったらもう少しでケリア商会に着いちゃうのに」
このまま途方に暮れていては刻一刻とコニウムが仕事を済ませてしまう可能性が高くなる。
シャノンは地図をギュッと握りしめポケットに入れるとそのまま走り出した。
走りながらコニウムを探すが見つけられないまま、段々とケリア商会の建物が近付いてきた。
ケリア商会は白塗りの壁に石葺きの屋根の大きな……正確には広い建物であった。
大きいと言えば間違いなく大きい建物ではあるが、その建物は平屋造りになっていた。平屋と言っても普通の二階建ての民家と同じ位の高さであったが、それよりも横幅が異様に大きく、一般の民家が十軒は建てられる程広く、奥行きも同じ位ある建物であった。
シャノンはコニウムが居ないかと外から店の様子を窺うと、これだけ立派な店構えをしていても全く人気がなく、定休日と言われてもそのまま信じてしまうくらい、物音ひとつしなかった。
そのまま店の中をジロジロと見ながら歩いていると
「えい!! らっしゃい!!」
後ろから物凄い大きな声がして、シャノンは体をビクッンと弾ませ、慌てて後ろを振り向く。
「嬢ちゃん、お使いかい?」
初老の店員らしき男が威勢良く話しかけてきた。
男は白髪混じり角刈りで額にはねじり鉢巻をしており、ずんぐりとした巨体には半纏を羽織っていた。浅黒い顔に笑顔を浮かべているが、その顔付きは熟練の冒険者の様な威圧感があり、お世辞にも客商売の向いている顔ではなかった。
「えっ、いや、あのその」
シャノンは自分の三倍の大きさはある巨体を見上げながら口ごもる。
「嬢ちゃん、うちの店初めてだろ? うちは卸しだから、どの商品もまとまった量しか売ってねえんだよ。悪りいんだけんど、もしお母ちゃんに買い物行ってこいって言われてんなら、はす向かいにある店に行った方が良いぞ」
「か、買い物じゃありません」
「買い物じゃねえってことは、……泥棒か!?」
男の表情が瞬く間に険しくなる。
「ど、泥棒でもないです。ぺ、ペナルティーの手数料についてお話に」
「ああっ!? ペナルティーだあ!?」
魔物の様な、いや魔物も逃げ出すような表情を浮かべる男を相手に、
「わ、私がケ、ケリア商会さんの依頼を紹介した冒険者の方が亡くなって、その、色々な人にご迷惑をおかけして……どうしても謝りたくて」
シャノンは大きな黒い瞳を潤ませながら頭を下げる。
「嬢ちゃんは冒険者組合の職員「ケリアさん、ご無沙汰しております」
男の後ろから、フワリと甘い香りが漂ってくる。
ケリアと呼ばれたその男が振り返ると、そこにはコニウムがハシバミを一枝抱えて立っていた。
「ああ、コニウムさんか。おめえさんが来るって事はこの嬢ちゃんは本当に冒険者組合の職員みてえだな」
コニウムはケリアの巨体に隠れていて見えなかったシャノンの姿を見つけ 声をあげる。
「シャノンさん? 何で此処に?」




