12話:身の程
「冒険者にとっての『自由』によって迷惑を受けている人は結構いるのよ」
シスルは首を少しだけ振りながらシャノンを見つめる。
「冒険者の『自由』が迷惑をかけてるんですか?」
「そうよ。自分の実力を理解しないで、実力以上の難易度の依頼を受注することで大勢の人に迷惑をかけるの」
まるで自分が怒られているかのように、小さく縮こまっているシャノンの頭をそっと撫でながらシスルは続ける
「実力以上の依頼を受注したら、その依頼で怪我や下手をすれば死ぬ可能性も少なくないわ。運良く救助依頼が冒険者組合まで来れば支援課が『危険を侵して』対応しなくちゃいけないし、万が一の時は整理課の職員の仕事も増えるわ」
「……この前、支援課の方が救助の仕事中に怪我したって報告を回覧で見た記憶があります」
シャノンは仕事中に見た報告書の事を思い出す。
それは、スリポペルセ洞窟でモンスターの討伐という上級依頼を受注した中級程度の実力のパーティーが洞窟内でその討伐対象のモンスターに歯が立たず、しかも撤退も出来ない事態になったという内容であった。
モンスターとの戦闘中に運良く避難出来る横穴があり、その場所に逃げ込んだは良いが、その前をモンスターが彷徨いており、横穴から出れなくなってしまった。
暫くして、パーティーのリーダーだった男がモンスターの隙をついて洞窟内から抜け出し命からがら冒険者組合へ逃げ帰ってきた。
上級依頼だったこともあり、支援課の熟練職員で救助チームを結成して、救助にあたったのだが、そのモンスターを討伐する際に二人の職員が怪我をしてしまった。
「二人とも命に別状は無かったけど、当分は入院が必要だって言ってたわ。冒険者組合の職員はそれが仕事だから、業務の一貫だと言えなくもないけど、出来ない依頼を受注した人を助けに行って怪我した人の事を思うと仕事だと言ってもやるせない気持ちになるわね。まあ、支援課が救助に行けば それなりの手数料が発生するから冒険者組合にとっては悪いことばかりでもないわ」
支援課の救助手数料は、その受注していた依頼の難易度にもよるが 少なくとも元の依頼成功報酬の倍額以上が請求されている。
助けられたは良いが、その救助手数料が払えず、無償依頼で返済している冒険者も少なくない。
「うぅ。確かにそういう事例は迷惑かも知れないです」
「それにね。迷惑がかかっているのは冒険者組合職員だけしゃないわ。他に誰が迷惑をしてるか分かるかしら?」
「えっ、冒険者組合職員の他にですよね」
シャノンはその可愛らしい顔の眉間に軽く皺を寄せながら悩んでおり、シスルがその姿を優しく微笑みながら眺めている。
「ええと、依頼人ですか?」
シャノンは不安そうに下を向き小声で答える。
「そっ。冒険者の『自由』によって一番迷惑しているのは依頼人よ。折角きちんと答えられるんだから、自信の無いとき小声になる癖は直した方が良いわ」
シスルはシャノンの猫背になっている背中を叩き、背筋を正させる。
「出来ない冒険者が依頼を受注することで、その依頼を完遂出来る冒険者がいても受注出来なくなるのよ」
基本的にどこの冒険者組合でも、依頼の受注は早い者勝ちである。それに加え、原則として専属受注になる。
複数名の冒険者が同じ依頼を受けることを可能にすると、それがトラブルの原因になるからだ。
例えば、複数名の受注者がいて、そのうち一人だけが依頼を達成出来れば良いが、複数の冒険者が達成してしまった場合、成功報酬の支払いをどうするのかといった問題おきる。
その様なトラブルの回避のためにも、契約関係を簡潔にする必要があり、よっぽど特殊なケース以外は 専属受注になる。
「今回の様な採取系の依頼でも、例えば『病気の薬を作るために急にその素材が必要になったのに、出来もしない冒険者が受注したことで、他のすぐに達成できる冒険者が受注出来ないから間に合わなかった』なんて事も起こり得るわ」
基本的に依頼は五日という達成目安があるが、期限付きの依頼以外は多少遅れても問題にはならない。
その為、急ぎの依頼 については期限付き依頼 として、成功報酬を増額する必要がある。
しかし、わざわざ成功報酬を上乗せして期限付き依頼としても、実力のない冒険者に受注されたら、その冒険者が依頼を失敗するか、期限が過ぎるまで待って、その後再登録をしなければならない。
「それにね、冒険者が亡くなった依頼については依頼人から仲介手数料を貰う取り決めになっているのよ」
シスルはそう言って、新しい書類をシャノンの前に置いた。




