11話:自由
「まだピエリスの依頼は終わってないわ」
シスルはキッパリと言った。
「依頼が終わってないって、だってピエリスさんはもう死んじゃったじゃないですか……」
「冒険者が達成出来ずに亡くなった依頼は、いくつかやらなくちゃいけないことがあるのよ。……と言っても、もうこんな時間だし、この時間からだと出来る事は限られてるから明日にで「これからやらせて下さい」
シャノンはシスルが言い切る前に力強くそう言った。シスルを見つめるその真っ黒な瞳にはシャノン意志の強さが窺えた。
「分かったわ。今日出来る事については今日中に片付けてしまいましょ」
シスルはそう言うと、シャノンの頭を軽く撫で、再び階段を登りだした。
◇◆◇◆◇◆
シャノン達が営業フロアに戻った時には、フロックスを含めた数人の職員しか残っていなかった。その全員がシャノンが戻って来たとき、少しだけ気まずそうに、しかし暖かく微笑みかけてきた。その表情からはシャノンを励まそうとする思いが伝わってきた。
冒険者という死に近い職業の人達を相手に仕事をしている冒険者組合の職員だからだろうか、誰もが下手に慰めの言葉を口にすることは無かった。
正直、慰められてあれこれと話をしなければならない事よりも無言でいてくれた事の方が、シャノンにとっては遥かにありがたかった。
その数人の職員も暫くすると仕事を終えて営業フロアを後にした。
誰も居なくなった営業フロアに受付の席の上だけ明かりが灯っている。
「それじゃあ、まずこの書類から」
シスルは一枚の書類をシャノンの目の前に置いた。
『依頼再登録申請書』と大きく書かれた書類はシャノンが見たことがないものだった。
「これはね、達成出来なかった依頼について、再登録する時に作成する書類よ。あなたも、依頼書に『再』って書かれたもの見たことあるでしょ?」
「えっ!?」
シャノンは思わず声を出した。シスルが言う依頼書に『再』と書かれたものは、思い出すまでもなくシャノンも頻繁に目にしていた。冒険者組合が取り扱う依頼は山ほどあるが、その中で『再』と書かれたものは決して少なくないウエイトを占めていた。
「まあ、全てが全て冒険者が亡くなって再登録したものじゃないわ。他にも受注したけど取り組む前にキャンセルしたものや、依頼中に怪我をしたりして途中解約したものなんかもあるわ。まあ、それでも、ラガン冒険者組合は他の冒険者組合と比べて少し特殊な所があるから、冒険者が亡くなったものも少なくないのは事実よ」
シスルは冷静に淡々と説明した。
「特殊な所ですか?」
「シャノン、このラガン冒険者組合と他の冒険者組合では決定的に違う事があるの。それが何か分かるかしら?」
「えぇと……すみません。このラガン冒険者組合しか知らないです」
シャノンはプルプルと小さな頭を横に振る。
「そう。それじゃあ、あなたは戸惑うかも知れないけど、他の冒険者組合だと、ラガン冒険者組合みたいに冒険者が全ての依頼から好きに受注出来るわけじゃないのよ」
「えっ! 自分で選べないんですか?」
シャノンは大きな瞳を更に大きくする。
「どこの冒険者組合でも、ある程度は自由に選べるけど、全ての依頼からは撰べないのが一般的ね」
シスルによると、一般的な冒険者組合では冒険者をその熟練度や実績を基に複数のクラスに分けており、そのクラスによって受注できる依頼が制限されているという。
その為、自分の属するクラスより上のランクの依頼を受注することは出来ず、もし受注したい場合はクラスをランクアップさせる必要がある。
それに対し、ラガン冒険者組合では依頼自体にだけ難易度の目安として特級、上級、中級、初級と依頼レベルが設定されている。
冒険者はこの依頼レベルを参考に受注する依頼を決定する。
したがって、ラガン冒険者組合では登録初日の冒険者でも特級の依頼を受注することが出来る。
「他所の冒険者組合はずいぶんと面倒臭いんですね」
シャノンは率直な感想を口にした。
「ふふふ。そうね。確かにウチに慣れちゃえば面倒臭いと思うかもね。でもねシャノン、その面倒なことも、悪いことでも無いのよ。冒険者を実績によってランク分けをして受注出来る依頼を制限すれば、当然に冒険者のリスクを軽減することが出来るわ」
「冒険者のリスクを軽減ですか?」
「そっ。実力の無い冒険者に危険な依頼をさせなければ、冒険者が死ぬ確率は減るでしょ?」
シスルは笑顔でさらりと厳しい事を言う。
「うぅ。そうしたら何でラガン冒険者組合はそうやって冒険者の危険を減らす様にクラス分けしてないんですか?」
「それは組合長の意向によるものよ」
シスルはそう言うと受付の上に掲示されている大きな書へと視線を向けた。
その書とはラガン直筆の『冒険者心得』という全五ヶ条からなる冒険者組合が求める冒険者像を表した物だ。
その一カ条に『冒険者たる者、自由でなくてはならない』と書かれている。
「……ラガンぽいです」
シャノンは呆れた顔をする。
「ふふふ。そうね。だけど、冒険者にはとっても魅力的みたいよ。その証拠に世界中の冒険者が登録にやってくるもの。まあその反面、確かに『再登録』しなくちゃいけない依頼は少なくないわ」
シスルは私には理解出来ないというように肩を竦める。
「うぅ。その魅力的っていうのは分かる気もします」
「けどね、その冒険者の『自由』によって迷惑している人もいるのよ?」
シスルは少しだけ強い口調で言う。




