10話:冒険者の覚悟
「シャノンさん。早速で恐縮ですが、本日はこの右腕について、ご意見を賜りたくお越し頂きました」
コニウムはゆっくりとシャノンの目を見つめながら話しかけてきた。
「…………」
シャノンはコニウムと合わせた視線を白い台の上へと向け、そして無言でうつ向いてしまった。
「どの様なことでも結構です。もし何も心当たりが無いのでしたら、そう仰って下さい」
「…………」
「この右腕はニーサ湿地でモンスターに襲われた恐らく冒険者のものです。たまたま他の討伐依頼でそこを訪れていた冒険者の方が発見されお持ち頂いたものです。右腕しか発見されておりませんが、この状況では右腕の持ち主は死亡されている可能性が高いと推測されます。このまま持ち主の特定が出来ずに一定期間を過ぎますと、整理課で焼却し埋葬する手筈になっています。ですが、もし持ち主の特定が出来ましたら、そのご遺族の元へお返しすることが出来ます」
コニウムは先程より優しさ口調でシャノンに語りかける。
「……あります。……見たことがあります」
シャノンは生気の無い真っ青な顔で、今にも消えそうな程小さい声で答えた。
白い台の上にある人間の右腕は肘より少し上側で千切られており、そこからは白い骨が僅かに飛び出している。
その腕は筋肉質な冒険者の腕ではなく、どちらかといえば細い腕であった。
そして、その腕には僅かに緑色の服の切れ端が残っていた。普通であればこれだけを見て、誰の腕か特定するのは難しいのだが、
「……今朝、冒険者の登録をしたピエリスさんの腕だと……。登録証をお渡しした時に見た服と同じだと思います」
シャノンは泣きそうな声でそう言った。
「分かりました」
コニウムはそう言うと胸のポケットから黒の時計を取りだし時間を確認して
「遺体を回収して頂いた冒険者の情報、物的証拠等を総合的に判断し、現時刻をもって冒険者ピエリス・ブラウンを死亡したこととし、冒険者登録を抹消いたします」
そう言うとコニウムは台の上にある腕を白の布で丁寧に包んだ。
「シャノンさん。ご協力ありがとうございました。お陰でこの右腕の持ち主が分かりましたので、ご家族の元にお返しすることが出来ます」
無言で佇むシャノンとシスルに向け、コニウムはゆっくりと頭を下げる。
そして、コニウムは白の布で包んだピエリスの腕をゆっくりと抱え、奥の部屋へと運んでいった。
部屋の中には、コニウムの足音だけが響いていた。
コニウムが別室へ姿を消した後、無言でうなだれるシャノンの手をしっかりと握り、シスルは整理課を後にした。
人気の無い、綺麗に掃除の行き届いた階段の途中で
「……シスルさんは知ってらっしゃったんですか?」
ずっと無言だったシャノンが口を開いた。
「……知らなかったけど、フロックスがあんたに整理課に行けって言った時から予想は出来てたわ」
「……」
シャノンは足を止めシスルを見つめた。
「整理課はそういう課なのよ。対外的に整理課という名称になっているけど、主に亡くなった冒険者の登録を整理しているわ。もっとも他にも色々と大切な仕事をしてるけれど、整理課が扱う仕事はどれも辛い仕事ばかりよ」
「……私が殺したんだ」
シャノンの大きな瞳から涙がこぼれた。
「違うわ! ピエリスを殺したのはモンスターよ。あなたじゃないわ!」
シスルは大きな声を出した。
「私が、私があんな依頼を紹介したから、ピエ、ピエリスさんは死んじゃったんだ」
「そんなこと無いって言ってるでしょ!」
「ぅ、ぅ……私がニ、ニーサしっ、湿地の採取なんて……」
泣きじゃくるシャノンは言葉を止め、突然シスルへと視線を向け、
「あの、か、課題は不合格だったんてすよね?」
シャノンがそう言うと、シスルはシャノンを抱き締めて優しく語りかける。
「いいえ。あなたはちゃんとこの前の課題を合格しているわよ」
「だ、だって、あってるって言われなかっ、った」
「そんなこと無いわ。ニーサ湿地の採掘は比較的簡単な依頼だもの。ただ、私は初心者でも大丈夫な依頼ではなく、初級者だと大丈夫な依頼だと考えていたわ。だけど、あなたの言ったことも決して不正解じゃないの」
「で、でも」
「シャノン。冒険者が依頼を受けるのに、危険が伴わないことなんて絶対に無いの。それはどんな上級者でも、初級者でも同じことよ。あなたも冒険者希望ならその覚悟が有って冒険者になろうとしてるんでしょ?」
「……」
シャノンはシスルの言葉の意味を頭の中で反芻しながら、必死に涙を堪えた。その涙の奥には力強い光があった。
「冒険者は命懸けで依頼を受けるの、だから受付嬢はそれに答えるために命懸けで勉強して、その学んだことを冒険者に伝えないといけないのよ」
シャノンは涙を袖で拭いながら頷いた。
「やっと男の子の目になったわね」
シスルは優しい笑顔をした後、真面目な口調で続けた。
「それじゃあ、責任を持ってピエリスの依頼を完了させましょう」




