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 出来上がったかき氷をりりへと運ぶ。嬉しそうに目を細め起き上がったりりは、かき氷をひと口ふた口食べると「おいしい」と呟いた。でもやはり辛いらしく、すぐにくたっと横になってしまう。

 そんなりりの様子に、俺の中で焦りが広がっていく。


 俺に何が出来る?


 今まで生きてきて、こんなに真剣に悩んだことはなかったんじゃないかと思う。

 りりは風呂場には行きたくないと駄々をこねる。冷房の風も嫌だという。冷凍庫に一つ入っていた不凍ゲル入りの保冷剤にタオルを巻いてりりの頭の下に入れてやった。


「いもち……い」


 くったりとしたまま、りりはそう言う。

 弱々しく、それでも微笑もうとするりりに、胸が締め付けられる。いつもより息が荒くなっているかもしれない。この手のひらから俺の元気を分け与えてやれればどんなにいいだろう。

 俺はりりの赤みを帯びた頬に手を伸ばす。すりすりと頬をさすってやる。いつもは気持ちよさそうに自分からも頬をすり寄せてくるのに、今はそれすらない。

 何も出来ない自分自身に腹が立って、きつく唇を噛み締めた。 

 その瞬間、まるで雷にでも打たれたみたいに、俺の頭のなかにある考えが浮かんだ。 


「海水!」


 知らずに叫んでいた。俺の叫びに反応してりりがゆるくまぶたを開ける。


「りり、ちょっと待ってろ。俺、海水持ってくる。うちから海まで、車で十分くくらいだし、途中ポリタンク買って、海水詰めて……一時間、いや、二時間?」


 そうだよ、なんで今まで気が付かなかったんだろう。魚だって、海に住む魚は、真水では生きられないって言うじゃないか!? もしかすると、りりには海水が必要なのかもしれない。

 居ても立ってもいられない。

 もしこれ以上りりの具合が悪くなったら?

 見てくれる医者もいない。もしそんな医者を見つけたとしても、何が原因で具合がわるいのか、人間の医者にはわからないかもしれない。ちょっとした不調が、大きな病気につながってしまうかもしれないじゃないか?

 一刻も早く、そしてできるだけたくさんの海水を運んで来なければ!

 海水を汲むのに時間がかかるだろうし、海岸から車まで運ぶのだって、相当時間がかかるだろう。


「二時間待ってろ。な?」


 それはそう言うと、財布と車のキーを掴み、家を飛び出した。



 *~*~*~*~*~*~*~*~



 

 ざざん、ざざんと真っ黒な海が波音をたてていた。

 空にはぽつりぽつりと灯る星の光。

 俺はなるべく運ぶ距離を短くしたくて、海岸まで車で乗り入れられるポイントを選んだ。

 ここまで来る途中で、ホームセンターをハシゴして、車に積み込めるだけのポリタンクを手当たり次第に買った。

 あまり大きいものは、かえって運ぶのに時間がかかるかもしれない。そう思った俺は、10リットル程度の容量のものを中心に買い揃えた。


 車を降り、ジーンズの裾を捲り上げる。

 ステテコにでも着替えてくればよかったと後悔したが、もう遅い。足元だけは、海に入ることを見越して濡れても大丈夫なサンダル履きにしてきた。

 ポリタンククを後部座席から引っ張り出し、海へと向かう。

 目の前に広がる真っ暗な海に、思わず足がすくみそうになる。


「ビビってる場合かよ!」


 自分自身にそう気合を入れて、ざぶざぶと波の中へと足を踏み入れた。


 少し深いところまで入っていって、浮き上がろうとするポリタンクを力任せに水中に沈める。ジーンズは、あっという間に水を吸っていた。 

 水をいっぱいためたポリタンクはかなりの重さだ。一人で全部運んだら腰を痛めるんじゃないかという気がしてきた。

 それでも必死に海と車を往復し、三度目のポリタンクがいっぱいになった時だった。海岸へ戻ろうとした俺は、足に奇妙な重さを覚える。歩き出そうとしても、足を持ち上げることが出来ない。

 今まで、水を汲むことばかりに気が行っていて、気が付かなかった。なんだこれ? 足首に、何かが巻き付いているみたいな……。


「うわ!」


 叫びながら、足首に巻き付いている何かを蹴って振り払おうとするが、逆にどんどん海の中へと引き込まれていく。

 俺はパニックになった。

 持っていたポリ容器は、いつの間にか手を離れていた。自由になって手で、足首に絡んだ何かを引き剥がそうとするけれど、逆に引っ張られてその場に倒れ込んでしまう。これはもう、巻きついてるんじゃない! 俺の足を何かが掴み、そうして、沖へ沖へと引っ張っているんだ。


「ちょっとま……、嘘だろ!? う……っぷ!」


 あっという間の出来事だった。

 ものすごい力で俺は水中へと引きずり込まれていった。

 ガボガボガボガボと、俺の中へ海水が侵入してくる。

 待ってくれよ、りりが、りりが待ってるのに……。

 苦しさにもがき、そして、俺の意識はふつりと途切れた。



 *~*~*~*~*~*~*~*~


 失ってしまった意識の底で、俺は夢を見た。

 りりの夢だ。


 はじめてハンバーグと食べて、アツいと口元を抑えているりりがいる。

 俺の帰りが遅いと、心配そうに目をうるませるりりがいる。

 頬を膨らませながら、ポカポカと俺の胸を叩くりりがいる。

 俺の作ったカキ氷をうまそうに口に運ぶりり。青く染まった舌に目を丸くするりり。赤い顔をしてタオルケットにくるまるりり。


「ごめん、ちょっと遅くなるかもだけど、海水運んでいくから待っててな」


 りりが小指を差し出す。


 ゆびきりげんまん


 いいよ。

 でもなにに?


 ウソついたら はりせんぼん のーまーす


「あこがれていたの」


 りりが静かに笑っていた。

 これは、俺のみたことのないりり……。


「むかしむかしの人魚姫のお話」


 夢の中のりりは、不思議に日本語が上手い。それになんだか大人びていてみえる。それに……。


「りり、人間になったのか!?」


 ただじっと、俺を見つめているりりが、小指を伸ばす。

 たうみ。戻ってきて。


 ゆびきった。



 これは、俺の願望なのか。海の見せた幻なのか。

 りりが消え、深い海の底から海面へ向けて浮上していくイメージ。ガボガボという水の音がする。


「りり!」


 叫びながら目を開いた。

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