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人魚と、青いかき氷 1

 一週間もすると、りりはたくさんの言葉を覚えた。

 意思の疎通ができるようになると、少しの間ならおとなしく留守番もしてくれるようになった。時計の読み方も覚えたから、帰ってくる時間を教えておけばちょっと寂しげな顔をするけど「りり、るすばんする」と、神妙な顔になる。そして、俺が帰ってくれば、めちゃくちゃ嬉しそうな顔で出迎えてくれる。

 俺の帰りが遅いと心配になるらしく、一度外で大学の友人に会って帰るのが遅くなった時には、えらい勢いで怒られた。


「たうみ! ばか!」


 そう言って拳を振り上げポカポカと殴り掛かるりりを、俺はさっと避ける。いや、俺だって痛いのは嫌だし……。

 りりは下半身が魚だから、リビングの中では思うように俺を追いかけることが出来なくて、尻尾をバシンバシンと床に打ち付けながら悔しがっていた。


「ごめんってば」

「しんぱい……! ……えって、ないのとおもた……!」


 帰ってこないかと思ったと、言っているらしい。

 手で拝むようにしながら謝るけれど、りりの目からは丸い涙がポロポロと落ちた。


「わー! ごめん! 本当にごめん!」


 駆け寄って、涙を拭いてやる。鼻もズビズビしてるから、その辺に転がってるティッシュボックスから一枚紙を抜き取って当ててやると、チーンと威勢のよい音を立てている。

 普通だったら、自分で鼻くらいかめよと思うところなのに、りりに関しては可愛いなと思うから、俺は重症だと思う。


「りりのこと、置き去りにしたりしないし」

「ほんと?」

「ほんとほんと」

「ぜったい?」

「ぜったいのぜったい」

「や……やぅそぅ?」


 ん? ああ、やくそくね。

 俺はりりの前に小指を突き出した。りりは怪訝な顔で俺の小指を見つめている。


「指切りっていうんだ。約束をするときにするんだけど、ほら、りりも指出してみ?」


 俺の真似をして差し出した小指に、俺は自分の小指を絡める。


 ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のーまーす

 ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のーまーす

 

 つないだ手を上下に振りながら、何度も歌ってやったら、涙の下から、ようやく笑顔が顔を出した。



 *~*~*~*~*~*~*~*~



 この頃になると、りりは浴室だけではなく、かなり長い時間をリビングでも過ごすようになっていた。人魚というのは、ずっと水の中にいるのかと思っていたが、そうでもないらしい。


 りりは、人間の食べ物もわりと好き嫌いなく食べた。

 お試しでいろいろ食べさせてみたんだけど、魚だけは出してない。なんか、それは出しちゃだめな気がしてさ。

 まあ、俺もあんまり魚は得意じゃないからいいんだけどね。

 ハンバーグなんかは、けっこう食べる。でも、猫舌って言うの? 基本熱いものは苦手なようで、どの食事もぬるめに作ってやる。


 いろいろ試した中で、りりが気に入ったのは「かき氷」だ。


 今年の夏は、猛暑日なんて言われる日が多く、ひどい暑さだ。そのせいか、りりは時々ぐったりとする。そんな様子を見かねて、なんとか元気にしてやりたいと、俺はかき氷を作ってやった。

 

 氷を削りながら、昔母親が、夏になると毎日のようにかき氷を作ってくれていたのを思い出す。

 小学校のランドセルも中学校のリュックも、子どもが背負うにはかなり重たいもので、カンカンと照りつける日差しの中家へ帰り着くと、俺はもうヘトヘトだった。

 母は「おかえり」というと、ガリガリと氷を削ってかき氷を作り、俺に差し出してくれた。

 今、ガリガリとハンドルを回すのは俺で、細かく削り取られた氷が硝子の器に溜まっていくさまをじっと見つめるのは、人魚のりりだ。

 りりの好みを発見しようと、いろいろな味が詰め合わせてある、袋入りのシロップを購入した。ガムシロップが入っているカップみたいなやつに、色とりどりのシロップが入っている。透明なシロップは、見ているだけでも涼し気だ。

 いろいろ試した結果、りりが好きなのはブルーハワイだということがわかった。

 あれかな、青い色だから、いいのかな? 海を思い出すのかもしれない。


 りりの氷には真っ青なシロップを。俺のには、りりがあまり好まなかったいちごのシロップをかける。

 リビングのテーブル……といっても床に直に座るローテーブルだ……に座り、手を合わせて「いただきます」をする。りりも真似をして「いたあぁます」と言う。りりは、どうもカキクケコの発音が苦手らしく、カキクケコが入っている単語を話すと、めちゃくちゃかわいいことになる。


「あいおおり」


 違う。かき氷。カキクケコがたくさん詰まった言葉は、りりには発音が難しすぎるらしい。知らない人が聞いたら、なんて言ってるのかわからないだろう。


「かきごおり。ほら、食べようぜ?」


 俺がそう言うと、りりは冷たい硝子の器に手を添えて、嬉しそうに笑った。

 二人でシャクシャク食べて、冷たさにキーンとする。

 俺が「つめてー」というと、りりも「つめてー」と言う。

「おいしいね」とリリが言うと「うまいな」と、俺も言う。


 俺は「ほら」と言いながら舌を出してりりに見せた。りりは、はじめ俺が何をしているのかわらずに、首を傾げていたが、俺の舌が真っ赤になっているのに気がつくと、「はうーーー」「ああーーー」などと、頓狂な叫びを上げながら、俺の舌に掴みかかってきた。


「ぐぅぅぅぅ」


 あわてて、俺の舌を掴んだりりの指を外す。


「げほぅ! ごはっ! ばか、舌抜く気か!」


「お……こぉめ、なさい」


 そう言いながらも、りりは青い顔で俺の口元を見ている。

 だから、俺はリビングの棚にあった鏡を持ってきて、りりの舌も見せてやった。


「はうーーーーー!」


 と、りりがまた面白い叫び声を上げる。

 その反応が面白くて、俺が腹を抱えて笑ってるのに、りりはとても心配そうな顔をして「べろ、あおいよ?」と鏡を覗き込んでいた。


「この、シロップの色がついただけだよ。すぐにもとに戻る」

「ほんと?」

「ほんとほんと」

「やぅそぅ?」

「うん、やくそくやくそく」


 ちょっと「約束」の使い方が違うきもするけど、それでりりが安心するならいい。

 俺が小指を差し出すと、りりの指がするりと巻き付いた。


 ゆびきりげんまん はりせんぼん のーまーす


 二人でそう唱えると、りりは安心したようにかき氷を口に運ぶのだった。


 そんな風にして、時々疲れたような表情を見せるものの、すぐ元気な笑顔を見せるりりに、俺は安心していた。

 人魚は、陸の上でも元気に生きていけるんだと思っていんだ。


 よく考えりゃさ、無理があるよな?

 こんな、おんぼろアパートの一室で人魚を飼うなんて。

 でもさ、あんときのりりは、俺たち陸の上の人間となんにも変わらないように思えてさ。俺はこれから先のことを、考えることすらしてなかったんだ。


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