人魚ひろいました! 1
なあ、あんた、落とし物を拾ったことってあるかい?
俺、水無月巧は二十歳になるまで、落とし物なんてものは、拾ったことがなかったんだ。
あー、違うか。
もちろん、落とし物を拾ったことはある。
でもだいたい同じクラスの誰かが落としたものだったりして、大声出して
「これ落としたやついるー?」
とか聞けば、解決するような……そんな落とし物ばっかりだった。
今俺が言ってる落とし物っていうのは、そんなちゃちなモンじゃない。
例えばそうだな、三億円だとか。例えばベストセラー小説家の未発表の原稿。そんな重要な、特別な意味のある落とし物、そういうものを拾ったことがないってことだ。
ところが、だ!
そんな俺は二十歳の時、生まれて初めての、なんだかすごい落とし物を拾った。
三億円どころの騒ぎじゃない。
とにかく、人生を変えてしまうほどの大事件。いやいや、俺のチンケな人生どころじゃないな。人類の歴史を揺るがす大発見。
それは、そのくらいのすごい落とし物だったんだ。
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まだ夜の明けきらない波打ち際。
昨夜の嵐の余韻で、生暖かい風はびゅうびゅうと吹き付け、Tシャツがベッタリと皮膚に張り付く。そんな人気のない海辺の朝。
そいつはぐったりと海岸線に打ち上げられていた。
緑がかった長い髪。そこからちらりとみえている華奢な白い肩。そして、そいつの下半身はたっぷりまるまるとした、魚の尾!
そう、俺の目の前に倒れていたのは、幼いころ絵本の中で見たままの、まごうことなき人魚だった。
ぎょぎょぎょ。
……まあ、俺としてもびっくりしなかったわけではない。どうするよこれ? と、ちょっとの間考える。
このままほっぽっておいたら、大騒ぎだろうし。もしかして、どっかの研究室とかでナマスにされちゃったり……しねえか? このまま海に返したとしてさ……死んじゃったりしねえか?
人魚を前に腕を組んで、しばらくのあいだ思いあぐねた。
で、その結果。
とりあえず俺がどうしたかというと、その人魚が生きているらしいことを確認し(ちゃんと口ですーすー息してた)担ぎ上げ、海岸線の道路に路駐していた自分の車に連れ込んだんだ。
しかし、まあそのなんだ。人魚ってのは、やっぱり服着てないんだな。服なんて着てたら濡れちゃって気持ち悪いだろうしな。
あ、変なことしようとか思ったわけではない。だいたいその時の俺に、変なことしようなんていう発想はなかった。あまりに異質すぎて、そういう対象という感じじゃなかったんだよな。
それに、もしこれが人間だったとしても、気を失って正体をなくしているやつをどうこうするような変態趣味は断じてない。
そんなわけで、とにもかくにも、俺の住んでいるおんぼろアパートに人魚を連れて帰ることにしたのだった。
髪の間から見えた人魚の顔が思ったよりも幼くて「守ってやらねば!」という使命感のようなものがむくむくと膨れてあがっていたからかもしれない。