第六話 公園での語らい
そろそろ日も暮れようかという時間、我と楓は二人でブランコに座り話していた。
「魔王様か〜、なるほどねぇ」
普通なら小学生がそんな事を言えば、ごっこ遊びか妄想癖だと思うのだが、
なぜか、「うんうん」と頷きながら納得する楓。
我が疑問に思っていると、それに気付いた楓が続きを話し始める。
「なんだかさ、あの時真王が力になるって言ってくれた瞬間、身体がふっと軽くなったんだよね。
確かに私は誰かに縋りたかったのかもしれない。でも、それだけじゃ真王に頼ろうとは思わないよ。
真王なら信じてもいい。初対面なのにそう思わせるだけの何かが有ったんだ。
…だからかなぁ?魔王って聞いてすっごく成程って思ったんだよね。
そもそも、真王って全然子供っぽくないしね」
にしし、と子供みたいに笑う楓。
辛いことが楓の心を閉ざしていたが、本来は今のように明るい性格だったのだろう。
先程とは比べ物にならないほど、その笑顔は生き生きとしていた。
「子供らしくない、か。一応、褒め言葉として受け取っておこう。
だが、楓には悪いが我はまだ魔王ではない。魔王を志す普通の小学生だ」
日本すら支配していない内から魔王を名乗るなど魔王の名折れだからな。
少なくとも世界の各国が、我に危機感を覚える程度の存在でなければならない。
今は魔王駆け出しといったところか。
まだまだ魔王には程遠い。
「あははっ、魔王を志してる時点で普通じゃないって。
でも、真王ならいつか本当に魔王になれる。私が保証するぞっ!」
笑って親指を立てながら、自信満々に言い放つ楓。
こんなお墨付きを貰ったら、どんな奴でも魔王になれると勘違いしそうだ。
本当に楓は不思議な奴だ。話しているだけで自然と口に笑みが浮んでしまう。
おそらく、それが楓本来の力であり魅力なのだろう。
…だが愚かにも、楓からそれを奪っていた者共がいる。
おそらく、誰かが手を下さぬ限りそいつらは裁かれる事は無いだろう。
だから、我は楓に提案する。
愚か者共に罰を与える為に。
「楓よ。我はこれから楓の支えになると言ったな?
だが、楓が望むのならばそれ以上の存在になってもいいと思っている。
楓の望むものを与え、どんな願いでも叶える。そんな存在だ。
我ならそれが出来る。そう、楓が望みさえすれば。
さぁ、どうする楓。お前は一体何を望む?」
今の我の言葉は、さながら甘言を弄する悪魔そのものであろう。
絶望の淵に立つ者が聞けば思わず縋ってしまう程に甘美な誘惑。
それを聞いた楓は、
「ない!」
僅かな逡巡も無く即答した。
「別に真王の言ってる事を疑ってる訳じゃないよ。真王がそう言うのなら、本当に出来るんだろうし。
でもさ、何でも叶う人生なんて私は欲しくないよ。きっと、真王に会う前の私ならそれを望んでた。
だけど、真王は変えてくれた。
真王と話しただけで、そんなモノいらないって思えるようになった。
私はそれだけで十分だよ。愚痴を聞いてくれて、相談に乗ってくれる。
真王はそんな誰にでもあるような些細な、でも私にとっては大きなものをくれた。
だから、私は真王に貰うだけじゃなくて、真王にも沢山のものをあげたい。
与えられるだけの関係なんて私は全然嬉しくない。
一緒に悩んで、一緒に笑い合う。真王とは、そんな対等な関係になりたい」
真剣な表情でそう告げる楓。
瞳は揺らぐことなく我を真っ直ぐ捉えている。
我はそんな楓の言葉に驚いてはいなかった。
奴らに罰を与えてはやりたいが、それは楓が望めばの話であり、
楓の性格からして断られるのは分かっていた。
この提案自体、楓がどう答えるのかを知る実験程度のつもりだった。
しかし、楓からは予想以上の答えが返ってきた。
我に、魔王になれると言っておきながら対等な関係を望んだのだ。
魔王と対等な存在など勇者ぐらいしか思い浮かばない。
勇者以外のそんな存在に、楓はなると言ったのだ
普通なら勇者以外に許されることではない。
だが、そんな存在がいてもいいのかもしれないな。
楓の真っ直ぐな言葉を聞いていると、それも悪くないと思えた。
そんな我自身の考えが可笑しく、思わず笑みが零れる。
しかし我のそんな笑みに、楓は少し不機嫌そうに口を尖らせていた。
「うぅ〜酷いよ、笑う事ないじゃんかぁ。
そりゃ、初対面のしかも小学生に言う事じゃないけどさっ。
…でもね、私は小学生相手だからって容赦しないよっ!
いつか、参りましたって言わせて見せるんだからね!」
不敵な笑み浮かべ、宣戦布告する楓。もはや目的が変わっていた。
そんな楓を見て、やはり笑ってしまう我。
今の我なら箸が転げるだけでも笑ってしまいそうだ。
くくっ、本当に恐ろしい奴だ。
我をここまで苦しめるとは、楓はある意味勇者なのかもしれない。
そんな風に笑いに苦しむ我を見て、再び不機嫌になる楓。
おっと、そろそろフォローしておかないと不味いな。
「ふふっ、楓よ。気分を害したのなら済まなかったな。
別に我は楓の言葉を馬鹿にしている訳ではない。
むしろ、悪くない提案だと思っている。我は魔王になり、楓はそんな我と対等になる。
まぁ我が魔王になるのは確定しているから、後はお前の努力次第だ。
精々頑張る事だな」
結局、半笑いのままでの言葉となってしまった。
締まらないが、こちらの方が楓への答えとしてらしく思えた。
楓には真面目な雰囲気よりも、思わず笑ってしまう今の方が似合っている。
そんな我の想いが伝播したのか、楓も可笑しくて堪らなそうな笑みを浮かべる。
そのまま楓はブランコから飛び降り、我もそれに追従する。
「あははっ、もっちろん!
私は真王が思ってるより手強いんだから、覚悟しとけよ!」
楓が宣言し、二人で笑みを浮かべながら無言で対峙する。
「………くっ、ふはははっ」
「………ぷっ、あはははっ」
ついには雰囲気に堪らず、二人して笑い出してしまった。
それから二人して笑い合っていたが、次第に苦しくなり笑いも治まってきた。
そんな時、苦しそうにしながらも楓が話し掛けてきた。
「あははっ、はぁ・・はぁ・・・あのさっ、私聞きたい・・・ことが有るんだけど・・・」
「ふははっ、はぁ・・はぁ・・・何だ・・・?」
今このタイミングで質問とは自重して欲しい。
一体どれだけ重要な事なんだ?
「魔王って何???」
首を傾げ、心底不思議そうに言う楓。
楓のその一言に我の時が止まった気がした。
思わず項垂れる我。今までのやり取りが全て徒労に終わった様な気がする。
その後一時間を掛けて魔王について語る事となった。
魔王談義はいつもなら楽しい筈なのだが、今日程虚しい日は無い。
…楓恐るべし。
どうもTSです。展開遅くてすいません。
本当はこの六話で家に帰った後の話を書こうと思ったんですが、気が付いたら楓との会話をずっと書いてました。
次こそは新しいヒロインが出ると思います。なので、次も読んでもらえたら嬉しいです。
読者様、お読み頂き有難う御座いました。