第二話 魔王強襲
鳥たちが囀る早朝。我は一人、腕を組み立っていた。
今我が立っているのは、とあるマンションの扉の前。そう、今後の活動拠点となる場所、下僕の一室だ。
おそらく、この時間ならば我が下僕もまだ中にいるであろう。
インターホンを鳴らし、下僕が出てくるのを待つ。
あの馬鹿は警戒心というものが無いのか、誰であるか確認もせず扉を開ける傾向がある。
普段なら不用心だと叱るところだが、こういったサプライズの時は非常に便利だ。
不敵な笑みを浮かべながら、待つこと数秒。
鍵を開ける音。
ドアノブが回る。
扉が開く。
中の人物と目が合う。
停止。
驚いた表情で固まる下僕の腕をすり抜け、中に侵入。
「ってええええぇぇ!? な、なに勝手に中に入ってるんですか!? というかなんでここにいるんですか!?」
目を丸くし驚きの余り叫ぶような声を上げる女。もとい下僕。
歳に似合わずやや幼い顔に、寝起きなのか色気のない動物柄のパジャマを着ているが、はち切れんばかりの胸は大人の色気を醸し出している。
……いや、嘘だ。
確かに凶器とも言える二つの膨らみは脅威だが、警戒心の薄い子供のような行動。滲み出る頭の悪そうな雰囲気が全てを台無しにしている。
要するに首から上と胸は人並み以上だが、それ以外はご愁傷様といったところだ。
それにしても、見事に想像していたとおりの反応だったな。
さて、下僕がまだ慌てているので疑問に答えてやるか。
「なぜ? 当然、貴様が我の下僕であるからに決まっているだろう」
「……自信満々に言ってますけど、いつ私が神裂君の下僕になったんですか」
「貴様と出会った、その瞬間からだ」
「……はぁ」
下僕のくせに溜息なんぞをつきやがったので軽く睨んでやると、びくりと体を震わせたものの負けじと睨み返してきた。生意気だ。といってもこいつに睨まれたところで全く迫力も何もないのだが。
下僕は涙目になりながらも必死に反論をする。
「だ、大体失礼だと思わないんですか! 私は神裂君の担任ですよ!」
ぷんぷんと真っ赤になった頬を膨らませて主張している、この残念な大人が我の学校の担任だ。
名前は宮前静香。雰囲気こそ馬鹿っぽいが教職を持っていることからも分かるとおり、勉強はそれなりに出来る。まぁ我には劣るが。
ただ頭のネジが二、三本弛んでいるせいか、若干とろい。
「思うわけが無いだろう、馬鹿。むしろ貴様のその無礼な態度の方が充分失礼だろうに。主が帰還したのなら跪き労をねぎらうのが下僕の勤めだろう?」
「だから、いつ私が下僕に……。うぅ、どれだけ言っても無駄ですよね……。それで、今度は一体どんな要件なんですか?」
無駄な抵抗を諦めたのか、下僕の割には理解が早い。
学校も始まるし、下僕で遊ぶのは中断し手短に済ませてやろう。
「今日から我もここに住む」
「………は?」
馬鹿みたいに口を開け、目を見開く馬鹿。
ただでさえ間抜けな面が、今では五割増しだ。
「え、え〜っと、冗談ですよね?」
「無論。本気だ」
以前されたような質問に対し、同様に答えてやる心優しい我
「む、むむ無理ですよそんな! 親御さんがそんなの許すはずありませんし、人を一人養うということはとっっっても大変なことなんですよっ!」
声を荒げ正論を言う下僕。だが、正論程言われてつまらんものは無い。
我が相手を論破する分には一向に構わんが。
「ふむ、安心しろ。親は今仕事で海外にいる。金の問題もほれ」
そう言って家から持ってきた通帳を開き下僕に見せる。
下僕の顔が訝しげなものから間抜け面へと変貌していく。
「一、十、百、千、万、十万、百万、一千万、いち……うぇええええぇ! なな、何ですかこの額は!? えぇ!? だって、え、えぇぇぇぇぇ!?」
遂に日本語さえまともに話せなくなった哀れな下僕。
おそらく、こういう反応見せるであろうとは予想していたが、本当に外さない奴だ。
ついでに、もう一つ爆弾を投下してやる。
「後、それは親の金ではなく株運用によって我が作り上げた金だ。安心して使うがいい」
今度は魚のように口を開閉する下僕。忙しない奴だ。
「……はぁ。まぁ、事情は一応分かった事にしておきます。でも、なんで私なんですか? そういう時は親戚とかもっと信頼できるところのほうが……」
「我にはそういった親戚の類はいない。わずかなりとも世話になっている者ならばいるが、そこではあまり自由に振る舞えないしな。気兼ねなく振る舞えるという点では下僕の住居が最も適しているだろう?」
「なんて、滅茶苦茶な……。う〜ん、でも生徒と一緒に住むのは先生としてはどうかと……」
う~んと何度も唸りながらも、まだ決断しない下僕。なんと愚鈍な。
カバですら意外な俊敏さを見せるというのに。
……仕方ない、諦めるか。
こいつに判断を委ねるのは。
初めから逃げ道を無くせば良かったのだ。慣れない仏心など出すものじゃないな。
どちらにせよ、このお優しい下僕は我の提案を断ることなど出来はしないとわかっている。ならば、さっさと我が住むことを無理やりでも理由づけてやればいい。
そうと決まれば、まくしたてるように嘘八百を並べ立てる。
「なるほど。つまり世間体を気にする下衆な下僕は、庇護者である教師を頼る哀れな一人の生徒を見捨てようと、そういう考えな訳だ。まぁそれもいいだろう、今後の我は様々な苦難を味わい、誰かに頼ろうにも一度見捨てられた可愛そうなでか弱い一生徒は、誰にも相談出来ず、人生に絶望し人を信じられなくなり、その後の人生は地を這うような惨めなものとなるだろう。しかし、我は一切下僕の事を恨んだりはしないぞ。矮小なる下僕の残虐非道なる決断は今の現代社会では当然とも言える処断であるし、たかが一生徒の人生など教師からすれば過ぎ行く通過点程度の認識だというのはわかっていたことだ。ただ残念なのは信頼していた優しい教師というものが他の腐りきった教師どもと変わらなかったという事実であり、生徒を見捨てたという事実は未来永劫消えることなく汚点として残り続け矮小な良心によって死ぬまで責苦を」
「あぁっ〜もうっ! 分かりました! ここに住めばいいでしょうが! 一年だろうが十年だろうが好きなだけ住んで下さいっ!」
やけになったように承諾する下僕。
別に我の言ったことを信じたわけではなく、経験則からこちらが毛頭も諦めるつもりがないことが伝わったのが一番の要因だろう。
なんとも下僕らしく甘い判断に、にやりと我は笑う。
「その言葉に偽りはないな?」
「はいはい、ほんとですよっ!」
「うむ。言質は取らせてもらった」
「へ」
そう言って我はポケットから録音機器を取り出す。
「好きなだけ住んでいいとは太っ腹だな。ありがたくそうさせてもらおう」
唖然と立ち尽くす下僕を尻目に部屋に上がり込む。
別に脅迫したわけでも、心の底から納得させたわけでもない。
けれど、この押しの弱い教師に、一度でも認めてしまったのならば仕方ないと思わせられれば充分だった。
重要なのは切っ掛けだ。ならば納得させる口実が嘘でもかまわない。
何も録音されていない録音機器を仕舞い込み、見慣れた部屋を見渡す。
これで活動拠点が手に入った。
***
ようやく、驚きから抜け出したらしい下僕はこんな事を聞いてきた。
「…どうしてわざわざ、学校が始まる前に言いに来たんですか?学校が終わってからの方が時間もあったでしょうし」
なんだ、そんな事か。
「善は急げというだろう? それに、だ下僕よ。朝からこんなハプニングで憂鬱な気分ではないか? これで今日は一日中、我の事を考えながら過ごさなければならないな。我から下僕へのささやかなる謝礼だ」
地面に崩れ落ちるように、うなだれる下僕。
非日常は突然訪れ平穏を打ち壊す。
そう、まさしく今の我のようにな。
展開がかなり遅いです。
今日アクセス数を見たら結構増えてました。
読者様が魔王に惹かれたのか、小学生♂に惹かれたのか、ハーレムに惹かれたのかが気になるところです。
これから、どういった展開になるか分かりませんがお付き合い頂けると大変嬉しいです。
読者の皆様、ありがとうございます。