01-ある日、森の中
「十五、十六、と……よし、男子は皆居るな」
「十三、十四……女子も皆居るね。怪我もなさそうで良かった」
今だに困惑しながらも、教諭二人の指示通りに、生徒達は男女別に分かれ、男子は修也の元へ、女子は八重子の元へと集まる。
男子十六人、女子十四人、順々に人数と安否の確認を行ない、問題がない事が分かると、教諭二人は小さく安堵の溜め息を吐く。
「中ちゃん先生ー! ここ何処なんすかねぇ? これ、先生等のドッキリ? 何かのイベント?」
ツインテールにされた派手な金髪に茶色の瞳、派手なメイクが印象的な女生徒──演劇部所属の名取南奈が、挙手しながら怠そうに問う。
教諭二人は再び顔を見合わせ、どう答えたものかと首を捻るも、修也が先に口を開いた。
「すまない、ドッキリでもイベントでもなくてだな、ここが何処かは分からない」
申し訳なさそうに告げられた言葉に、生徒達がざわつく。
そして、意味不明な現状に混乱し、救援を呼ぼうと携帯を出した生徒等は一様に、「え、圏外?」と顔色を悪くさせる。
(気が付いたら森の中で携帯は圏外。まるで何処かのラノベみたい。クラス転移って奴?)
顔を青褪めさせるクラスメイトを見つめながら、雪菜は何処かぼんやりと、内心で呟く。
現実味のない現状が、混乱を通り越して雪菜を酷く冷静にしていた。
雪菜は自分も携帯を確認しようか、と徐にスカートのポケットに手を入れる。
(? メモ?)
かさり──ポケットに入れた手が、覚えのない一枚のメモに触れる。
雪菜は首を傾げながら、そのメモを取り出した。
(ステータスを確認せよ? ユニークスキルを活用せよ?)
────いや、なんてラノベだよ。
思わず内心でツッコミながら、雪菜はまあいいや、とメモをポケットに戻し、今度こそ携帯を取り出す。
携帯画面にはやはり、圏外の二文字。
(やっぱり携帯は使えないか)
小さく溜め息を吐き出して、携帯を仕舞い直す。
連絡手段がない今、こちらから救援を要請する事は出来ない。
集団失踪として捜索されるのも、早くて一日から二日後辺りだろう。
助けは今直ぐは望めそうになかった。
「皆、落ち着いて。現状の理解に努めよう? 先ず持ち物を確認してみて」
八重子の指示により、ざわついていた生徒達は各自、持ち物を調べ出す。
雪菜も例外なく、自らのスクール鞄を漁る。
(スポーツドリンク一本、ハンカチ、ポケットティッシュ、絆創膏、ノート、筆箱、財布、自宅の鍵……あんまり役に立たなそうな中身)
雪菜は鞄の中身を確認した後、自嘲気味にチャックを閉める。
現段階で、特に役立ちそうなものはなかった。
「使えそうなものはあったか?」
修也が生徒達に問うと、皆は首を横に振る。
それに修也は「そうか」と呟き、次いで「先生達も特にはなかった」と静かに告げた。
「今日はこのまま待機し、朝になってから先生が周囲を探索する。異論がある者は居るか?」
この夜闇の中を、この人数で移動するのは危険だと判断した修也が、更に指示を出し、その是非を問う。
生徒達は何とも言えない面持ちで、互いに顔を見合わせる。
そんな中、一人の男子生徒が「先生」と挙手した。
「何だ、赤坂?」
「誘拐の可能性も視野に入れながらの様子見、と言う事で合っていますか?」
男子生徒──燃えるような赤い髪に赤い瞳、中性的で綺麗な顔立ちをしている彼は、赤坂精市。
生徒会長であり、このクラス3年C組のクラス委員長だ。
「ああ、合ってる。現状、俺達の置かれた状況は分からない。仮にもし俺達が誘拐されたのであれば、大人数の犯人が、近くに潜んで居るか、近々此方に戻ってくる可能性が高い。ならば、動くのは得策じゃない。誘拐の大多数の目的は人質の殺害ではない事が多いからな。無理に反抗しなければ殺される可能性は低いだろう」
「そうですね、俺は先生の指示に従います。先生は現状について、他にどんな事を想定していますか?」
「そうだな、超常現象を信じるのなら瞬間移動と言うのもあるかもしれないし、集団催眠と言う可能性もあるかもな。だが、それを判断するにはまだ情報が足りない」
やけに冷静そうに見える精市と修也の会話を、八重子とその他の生徒達が見守る。
誘拐か、はたまた瞬間移動か、集団催眠か。
この現状の答えにはまだ、辿り着けそうにない。
「ありがとうございます。以上で俺の質問は終わりです」
「そうか。他に何かある者は居るか?」
小さく会釈した精市に、修也は次、自分に言いたい事のある者は居るか、と問うが、皆一様に顔を見合わせるだけで、挙手する者は誰も居ない。
何を聞いていいかも分からなければ、精市と修也の会話に納得してしまっているのもあるのだろう。
「異論も質問もなしか。じゃあ、各自五人ずつでグループを作り休んでいてくれ。俺は中田先生と今後に付いて話し合う。まとめ役は赤坂、頼めるか?」
「はい、任せてください」
そう精市が頷いたのを確認した後、修也は八重子と話し合うべく、これからグループ分けが始まるであろう生徒達から、少し距離を空けた。
「では、グループ分けを始める」
教諭二人が話し合いを始めるのを横目に確認し、精市はクラスメイトに声を掛けた。
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以下、おまけ。
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男教師「気が付いたら森の中、だなんて物語にはよくある話ですね」
女教師「そうですね、でも現実にそれが起こる確率は零に均しいんじゃないでしょうか?」
男教師「……零に均しい、その僅かな確率に紛れ込むなんて、何とも言えない気分です」
女教師「はい。宝くじが当たるよりも割合の低い確率に入るなんて……嬉しくありません」
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