神都-4
階段を登った先にあったのは、部屋の中央にある、大きな天蓋ベッド以外には何もない、殺風景な部屋だった。そのベッドに一人、枕を抱えて眠ってる女性が居る。
「彼女もこの街の炎命者です。代償は、活動時間と言うべきでしょうか」
「活動時間……?」
「起きている時間、と言ってもいいかもしれませんね。彼女は一日一時間しか起きて活動出来ません。それ以外は、ずっとここで眠っているのです」
一日中ずっと寝ているなんて、身体が痛くなりそうだ。そうならないためにか、彼女が眠るベッドは、随分と高級そうなものだが。
その時、枕を抱えたまま、その女性がむくりと身体を起こした。眠いのか、目は半開きだ。彼女は、ショウソウを見つけると、大きなあくびをして、うつらうつらと身体を揺さぶった。
「おはようございまぁーすぅ……」
消え入りそうな声で、ショウソウにお辞儀をした彼女だったが、頭を下げたまま動かなくなり、やがて小さな寝息が聞こえてきた。
「まったく……その体勢だと首を痛めますよ……」
困ったような、しかし少し笑みを含んだ表情をして、ショウソウが女性に、また寝かせてあげようと近付くと、彼女は目を覚まし、気怠げに首を持ち上げた。
「……だぁーれぇー?……」
ショウソウを見つめた後、寝ぼけ眼でこちらを見て、錆びついた機械のように、ゆっくりと首を傾げた彼女に、俺とセレインは、彼女の活動時間を浪費させるのも申し訳ないと思ったので、なるべく急いで自己紹介をした。すると彼女も、こっくりこっくり、首を揺らして、眠そうな声で答えてくれた。
「そっかぁー……私ティーラぁ……よろしくねぇ……街の外からぁ……来たんだねぇ……良かったらぁ……外のぉ……お話……」
そこまで言うと、彼女は眼を仕切りに擦り、倒れ込んで、再びベッドで横になった。
「もう……駄目っぽぉーい……お話はぁ……後でぇ……聞か……せ……くぅ」
完全に眠ってしまった。起きて早々、二度寝だなんて……俺もこの世界に来てからは、似たような事ばかりしてたな。ただ、それが日常的に続くと、大して気持ち良くないのはどうにかならないものか。彼女もそうなんだろうか。
「彼女、少し楽しそうでしたよ。やはり新しい刺激というのは、良いものなんですね」
ショウソウは、穏やかな表情を浮かべながら、眠っているティーラに優しく布をかけ、俺たちの方を向いて、口に指を当てた。静かに、寝かせてあげて、という事らしい。ティーラの事を見るショウソウの目は、子を思う親に近いかな、と思った。
上を見ると、ティーラの部屋から、さらにまだ階段が続いていた。ショウソウ曰く、次の部屋が天辺らしい。ふと、上の部屋から、肌寒い風が流れ込んできた。セレインが、一つくしゃみをして、鼻をすする。
すると、ショウソウがこちらを振り返り、ゆっくりと、一つ一つの言葉を噛みしめるかのように、聞いてきた。
「この先に、もう一人、炎命者が居ますが……どうしますか?」
「どうって……会いたいですけど」
「……そうですか。しかし、彼女の代償は……いえ、よしましょうか。会えば分かると思います」
ショウソウの意図が掴めぬまま、階段を登って部屋に着くと、そこはまるで展望台のように、四方が窓でくり抜かれていた。窓は全開で、風が勢い強めに吹き付けている。
そして、部屋の隅、四方の風が直接当たらないような位置に、炎命者は居た。女性だった。直立した板に、そう、まるで拘束されているかのように。
彼女は、顔、腰、足……身体中のいたる所を、板に固定されていた。目は黒いバンドのようなもので塞がれ、 両手は手錠のように、布で一纏めにされている。だらしなく開いた口から、うっすらと涎が垂れていた。
「これは一体……どういうっ……!?」
その姿を見て、セレインが語気を強くして、ショウソウに詰め寄ると、彼は苦虫を噛み潰したような表情で、眉を寄せた。
「彼女は、メイディ。代償はおそらく……五感……いや、もしかするとそれ以上かもしれません」
「ごっ、五感ですか……!?」
「はい。今の彼女は……話す事も、反応を起こす事もしてくれません。しかし、炎命者になる前の彼女の……私が意思疎通が取れなくなってしまったら、身動きを取れないように縛り上げて、街を守る機械のように扱ってほしい、という言葉に従って、今のように……」
意思疎通どころか、彼女が何を思っているのか、彼女は今幸福なのか、それすら分かりません、とショウソウは目を伏せて言った。
「しかし、しかし彼女は、この街を守る炎命者なのです。我々の希望、尊敬されるべき存在……果たして、今のままで良いのか……」
「だったら……」
そう言いかけて、セレインは口をつぐんだ。
「今のメイディさんは、何も出来ません。歩く事も出来ない……足の感覚やら、今の自分がどういう状態なのかすら、分かっていないようなのです」
ショウソウ曰く、食事を口に運んでも、噛もうとも飲み込もうともしないので、半ば無理やりに、スープを口に流し込んで、栄養摂取をさせているのだという。
だがしかし、そうやってメイディの事を語るショウソウは、マイナスの、表情や声だけを、表にしているわけではなかった。
「それでも、どうなったとしても、やはり彼女は炎命者であり、我々の誇りであり、そして……友人なのです」
そう言ってショウソウは、メイディの頰を撫でた。が、彼女はピクリとも反応しなかった。
しかし、そんなメイディが不意に身を震わせ、外の景色を覗かせている窓に向かって、一筋の光を放った。
その軌跡は、到底目で捉えられるものでは無かったが、放たれた光の結果だけは、力を使っていない俺でも、ハッキリと分かった。
大きな地鳴りが、遠くから響いた。音の方を見ると、身体の中心部からゴッソリと、丸形の穴が空いている、もはや原形が翼くらいしかない、おそらくドラゴンと思われる物体が、ピクリとも動かず、空中から真っ逆さまに地面に吸い込まれていった。
目を凝らしてもまだ見えず、炎命者の力を僅かに使って、ようやくボヤけて見えるほどに、そのドラゴンとは離れていた。
「メイディさんには、おそらく五感が無い。しかし、これもやはり推測でしかありませんが、仇魔の敵意であるとか、気配であるとかを感じ取る、第六感のようなものは、まだ彼女の中にあると思うのです」
ショウソウは、力を使ったために、咳とともに血を吐いたメイディの口元を拭きながら、そう口を開き、続けた。
「……メイディさんは、立派です。誇らしい、拙僧の無二の友。五感を失ってでも、街を守ろうとしている。炎命者の本懐を遂げていると、拙僧は思います。しかし……しかし、我が友の誇らしい姿を見ているはずなのに……どうしてこんなに胸が苦しいのか……」
頭では、ショウソウも自らの複雑な心境に、折り合いをつけていたのかもしれない。しかし、それだけではどうにもならなかった。無理くりに自らを納得させるための理屈では、自らの心の内を抑え込む事が出来なかったのだろう。彼は俯きながら、肩を震わせていた。起き上がる時に、二度目元を擦った彼の目元は、少し赤くなっていた。
「……申し訳ない、お見苦しい所を……」
「いえ、いえ。見苦しいなんて、そんな訳がない……」
セレインは、ショウソウの言葉に大きく首を振った。