神都-3
街は、人でごった返していた。背の高い立派な建物が並ぶ大通りには、バリエーション豊かな露店が、所狭しと詰め込まれている。
「神都ほどに大きな街も無いでしょう。いかがです、少しこの街でゆっくりされては?炎命者の方が何人かいらっしゃるでしょう。この街では拙僧のような、炎命者という存在が神格化されていますから、きっと街の皆も喜ぶはずです」
皆さんが休息出来るような場所に案内いたしますよ、と言われたので、俺たち一行はショウソウの後について行く。彼は随分慕われて(あるいは崇められて)いるのだろう。行く先々で、街の人たちに好意的な声をかけられていた。
「この街の炎命者は、貴方一人で?」
杖をつきながら、アーシエがショウソウに尋ねた。確かに、広い街だから、一人だと負担が大きそうだ。
「いえ、拙僧の他に二人……が、二人とも厄介な代償を払っておりますから、街の殆どは拙僧が執り行っています」
「それは……大変そうですね。こんなにも大きな街を……」
「しかし、街の皆の力になれるのです。身を粉にしてもやる価値がある。心地よい疲労というもの」
ショウソウの毎日を想い、眉を曲げたアーシエに、彼は屈託の無い笑顔を見せた。影など形も無い、本心からの発言である。こんなにも自然と、他人のために頑張れるような人は滅多に居ないな、と感嘆する他ない。真似しようとは……思わないかも。俺にはとても出来そうに無い。
「あれが大聖堂。皆が思い思いの信仰を深める場所です」
「大きい……でも何かシンボルのようなものは無いんですね。それに、装飾も質素……」
次にショウソウが指差した、何の特徴も無い建物に、セレインが食いついた。
「信じるものが、バラバラですから。中にはいくつもの部屋があり……そうですね、多様な宗教が、部屋ごとに信仰を」
「それでは、部屋ごとに装飾やら間取りやらが全然違いそうですね……」
「まさに。ただ宗教ごとに部屋を分けていますが、多様な信仰者が一堂に会する大部屋もあります。当初は色々揉めていたそうなのですが……今ではいざこざも無く、なんとか平和にやっています。いえ、今でもたまに揉める事はありますが……暴力沙汰にはなりませんから、まあ平和といえば平和……だと思います」
夢のあるお話ですね、とセレインは感動したように、声を少し震わせると、お互い引けない領域というのもありますから、多分揉め事というのは無くならないと思いますがね……とショウソウは頰をかいた。そこは無くならなくても良いでしょう、とセレインは笑った。
街の人たちから好意的な声をかけられながら、活気溢れる街の大通りを暫く歩くと、やがてショウソウが足を止めた。そこには、他の煌びやかな街の家屋と比べると、少々見劣りする……いやそうは言っても、十分な家があった。隣には小さな馬小屋もある。
「ここは今は空き家ですが、そうなったのは本当に最近ですから……ええ、汚くはありませんね。一応一通り掃除もしましょうか」
扉を開け、家の中を見渡したショウソウが、ホッとしたように頷いた。家はそこそこ広く、ごく少数の家具が最低限の装飾を施していた。
「いえ、大丈夫ですよ。ホコリもありませんし、とっても素敵なお家」
「ベッドや椅子等の方は早めに工面致します。何かご不便等ございましたら、お申し付け下さい。神の塔か大聖堂に居りますから」
そう言ってショウソウは一礼をしてその場から去ろうとした。何処へ行かれるのですか、というセレインの問いに、神の塔へ、と答え、彼は上を見上げた。
「同行してもよろしいでしょうか!」
「ええ、もちろん」
鼻息を荒くしたセレインに、ショウソウは柔和な笑みを見せた。あんなに高く美しい塔なのだ。その内側も見てみたい。俺も同行したいと言うと、すんなり受け入れられた。
他の皆は、少し休憩してから行くのだそうだ。リリィが欠伸をしながら伸びをしている。長旅の疲れは俺も感じているが、それよりも興味を優先しよう。
塔の周辺は、重厚で神聖な、独特の雰囲気が漂っていた。お香のような心地よい匂いが、鼻腔をくすぐった。
中に入ると、中心部の柱を取り囲むような、果てしないほどの螺旋階段が、延々と続いているようだった。
「頂上付近には三つの部屋があります。二人の炎命者の部屋がそれぞれ一つずつ。その世話をする者達の部屋が一つ。計三つですね」
階段を俺たちのペースに合わせて登りながら、ショウソウが話をしてくれた。俺たちは結構急ぎ足で登っているつもりだが、彼は息一つ乱さない。
「こんだけ高い塔の頂上付近ですか……色々大変そうですね」
「拙僧には良き鍛錬となりますが、他の者にとっては……しかしこの塔は、この神都の象徴的な建物ですから。そういった所に炎命者がいるというのは……」
そう言ってショウソウは顎に手を当てた。どんな言い方をすべきか、悩んでいるようだ。王宮に王様がどかっと座ってるような事ですかね、と俺が聞くと、そんな感じ……なんですかね、と彼は首を傾げながら言った。どうもピンと来ていないようだった。
ずんずんずんずん、嫌気がさすくらいに階段を上がると、ついに天井が見えた。しかし階段はそこで途切れず、さらにその上へと続いているようだった。ははあ、あれが頂上付近の部屋の、その床なのだな、と思った。まさにその通りだった。
やがてその部屋にたどり着くと、そこには小さな椅子と机等、本当に最小限の物しかなかった。部屋には二人の女性が居り、何とも主張控えめな、給仕服のようなものを着ていた。
女性二人は、人が来た事を知ると、そそくさ飲みかけの古風なカップを机に置いて、立ち上がって身を整え、深々とお辞儀をした。ショウソウが、楽にして下さい、と声をかけたが、女性二人は再び、深々とした堅苦しいお辞儀を返した。
俺たち三人は、そんな女性二人と軽く挨拶を交わし、また階段を登った。馬車でボーッとしている生活ばかりしてきたせいか、身体が鈍っている。足が重い。いや、俺の身体的な事を抜いても、この階段の登り降りは辛い。凄まじく、角度が急だ。あの女性達は大丈夫なんだろうか、なんて事を考えながら、俺はまた再び階段を登った。