神都-2
くしゃみの音がした。上がった水飛沫で、皆ずぶ濡れになってしまっている。女性陣だって、そうだ。
俺たち三人は、肌寒さに震えながら、女性陣が集っている湖畔へ向かった。そこでは、蛍のようにミカノがあやつる式神が飛び回り、木の枝を集めた焚き火が為されていた。心地好さそうな顔をして、火を取り囲み、その熱で冷やした身体を温めている。
服透けてんじゃん……とカルロの囁き声がした。唾を飲み込む音も聞こえた。が、俺とセレインは、その言葉にあまり強く反応しなかった。
あのねえカルロ、という、怒気であったり、子を嗜める母のような穏やかさであったり、恥ずかしさを隠す乙女のようであったりが入り混じった、ミカノの声がした。そら来たぞ、と思った。こうなると、ミカノに限らず誰でも、言ってはなんだが面倒くさい。説教モードだ。
カルロはミカノに、くどくどと説教じみた事を、ぶつくさ聞かされる事を強いられていた。他の女性陣達は、もう許してやりなよ、と柔らかくミカノに言ったが、ミカノはまだまだ収まらない。
「注意されて、なんでまだ見てるの!」
カルロもミカノも、大変そうだなあ、と俺とセレインは、水で服が透けているかもしれない女性陣の方を見ないように、暖をとった。ぱちぱちと火種が燃える音と、大きく息を吐く音、そよぐ風の音、湖の静かな漣の音が、しばらく鳴っていた。
そんな静寂が暫く続き、服も身体も乾き始めたので、俺たちは腰を上げ、神都へいざ、と向かった。見ると、もう女性達の服は透けていなかった。何、と俺の視線を感じたミカノがじろっ、と僅かに目を尖らせたので、何でもない、と落胆の気持ちをちょびっと込めて返答した。
神都には巨大な門があった。使われていないのか、古びた様子が隠れようともしていない。いや、ここは荘厳と言った方が良いのだろうか。とにかく大きな門だった。
門が開かねば神都には入れないので、誰か俺たちの存在に気付いてくれるよう、声を張り上げると、壁の上から、立派な髭を蓄えた、小太りの中年男性が、慌てたようにこちらに叫んだ。
「もしや、この街へ入られる方ですかぁー!?……い、いや、そりゃそうか……」
少し混乱した様の、その男性の問いに肯定すると、彼は少し待ってて欲しいと叫んできた。
「私の一存でそれは開けられませんでー!うちの炎命者様お連れして、怪しい方でないと見極めて頂くという事で、ハイ!それで宜しいですかぁー!?」
「ええ、お願いしまーす!」
中年男性は、俺の返答を聞くと、そそくさ走り出し、すぐに壁に遮られて見えなくなった。
暫く門の前で立往生していると、門が、軋みながらゆっくりと開いた。そこには、黒の僧衣らしき物を着た、長身で恰幅の良い男が立っていた。両目を閉じ、穏やかな表情を浮かべている。僧衣を着た男性は、落ち着いた、品性のある低い声で聞いてきた。人を惹きつけ、信頼させる声だ。
「成る程、あなた方が。歓迎したい所ですが、その前にこの街へ入る目的を聞かせて頂いても?」
魔神主柱を倒すための、補給拠点という点もあり、もしかすれば、セレインが長く居つくかもしれない点もあり。とにかく俺たちは正直に話した。
僧衣を着た男性は、実に見事な(そう形容するしかないくらいに心地良い)相槌を打ちながら聞いていたが、やがて微笑を滲ませ、口を開いた。
「分かりました。では最後に……真に信ずる事が出来る方々か、拝見させて頂きましょう」
彼はゆっくりとその目を開いた。彼の目は、特殊だった。片目に二つずつ、瞳孔があった。両目合わせて、計四つもの瞳孔が一斉にこちらを見据える様には、それに敵意が無いと分かっていても、思わず怯んでしまった。
「凄い目……!何だか、怖い」
ミカノが、代償のせいで抑えきれなかったのか、そんな事を口にした。言った後、彼女はハッとして男性に謝ろうとしたが、彼は気にしていなかった。
「重瞳と言いましてね。見慣れぬ目でしょう?それは即ち、普通の人間とは違うという事を、雄弁に語ってくれるものです……この街の炎命者というのは、神聖視されていますから。いい目を、天は授けてくれました」
だからこそ、いたずらに人には見せられないのですが、と言って、彼は目を閉じこう続けた。
「拙僧の名はショウソウ。悪意なき方々。我ら神都は、あなた方を歓迎いたします」
彼の背後にある、神都の街からは、賑やかな人々の声が聞こえていた。