不死者と武人-7
トーエと仇魔は、互いに一歩も引かない。肩をピクリと震わせるといった(実際に相対していないので、細かな所までは分からないが)、フェイントも織り交ぜながら、全霊を持って自身の獲物を振り、それを受け流し、防ぐ応酬である。
均衡が破れたのは、仇魔の攻撃によってだった。がらんどうの瞳の火が怪しく光ったかと思えば、次の瞬間、トーエの肩から、炎が逆巻いた。
彼女は顔を歪め、一瞬怯んだ。仇魔はそれを逃さず、ランスを構えて仕掛ける。だがトーエは、それを待っていた、と言わんばかりに、炎の馬から飛び降りるように片足を、炎の馬の鐙のような箇所に引っ掛けて躱して、地面すれすれから偃月刀を繰り出し、骨の仇魔を両断した。
しかし、骨の仇魔には、そうした物理攻撃は決定打にならない。ダメージ自体は受けているのか、俺と戦っていた頃に比べて、回復が僅かに遅くなっていたが、それも誤差の範疇である。真っ二つになったはずの骨が、再び人と馬の姿に戻るのを見て、トーエは少し顔をしかめた。
お互い、馬を自らの手足のように操り、何度も仕掛け時を伺った後、再び激突し、打ち合う。しかし、今度はトーエが不利のようだった。仇魔が、ランスに加えて、瞳から繰り出す炎に、手を焼いているのだ。
「アイツ、強えのかい」
はあ、と大げさに息を吐きながら、タムアはその場に座り込んで、聞いてきた。
「……そっちは無事かもしれませんが、こっちは奴から受けた傷が、まだ完治していない。そういう攻撃をしてくる。トーエも、直撃すれば無事で済むか……それに、防御面でも、普通の攻撃じゃアイツにダメージを与えられない。それより次元が上の……概念攻撃、という言い方で良いのかは分からないけど、とにかくそんな尋常じゃない攻撃が必要になるんじゃないですかね」
「尋常じゃない、ねえ」
「身体にかかる負荷も、攻撃する際に必要な、力を溜めたり、集中したりする時間も……多分、かなりのものになると思います」
時間か……とタムアは顎に手を当てた。今のトーエは、仇魔の攻撃を凌ぐのに、かかりきりのように見える。果たして、攻勢に転じる事は出来るのだろうか。彼女には、任せろ、と言われた。しかし、現状の苦戦している様子の彼女を見て、手助けをするべきか……そう俺が悩んでいると、突如タムアが勢いよく立ち上がり、俺に叫んだ。
「ぶん投げろ!」
「えっ……!?」
「あいつの目!やけっぱちの目だ!」
言ってる意味は瞬時に理解出来なかったが、俺は反射的に、タムアを肩に担ぎ、放り投げる体勢を取った。その時、トーエの目が、姿が見えた。確かにそれは、覚悟を固めた目。随分と言い換えれば、やけっぱちの目、と言えるかもしれない。
もしかして、仇魔の攻撃をワザと受けてでも、強力無比な攻撃を繰り出して、仕留めようとしているのだろうか。だが、あの骨の仇魔の攻撃は、中々治らない……どころか、傷を治すのをサボると、ぐじゅ、と皮膚が腐敗し、死滅すらする。食らうべきじゃない。あの眩しい人物のトーエが。そう思うと、腕に力が入った。
絶賛治癒中の脇腹から、血を撒き散らしながら、俺は思いっきり、タムアを仇魔とトーエの方に向かって、ぶん投げた。
「タムアが行くぞッ!」
トーエは、その俺の叫びに反応し、飛来するタムアを横目で見て、驚愕の表情を浮かべた。だが、仇魔は意にも介さない。何か本能のようなもので、タムアに戦闘能力が無い事を察知し、眼前の敵にだけ意識を向けているのだろう。
しかし、そういう意味で、トーエは隙だらけだった。意識は目の前の敵には無く、飛んでくるタムアに向けたものが殆どだった。いや、だがそれでも問題ない。何故なら、狙い通り、ドンピシャの所へタムアが飛んだからだ。
荒っぽく、酷い話だが、俺はタムアを、仇魔とトーエの間に投げた。また、そのタイミングも、ある程度目処をつけていた。そして、まさに俺の思惑通り、仇魔がランスを、トーエに向けて突き貫こうとした、まさにその時。タムアが、その槍を、己の腹で受け止めた。
再生を繰り返す、彼女の不死身の肉体が、衝撃を受け止め、仇魔の槍を封じた。しかし、それも僅かな間の事でしかないだろう。
「さっさとこいつを殺せ!」
タムアの激昂にも似た叫びに、トーエは僅かに躊躇した。隙は出来た。しかし、仇魔を仕留めようとすれば、その攻撃はタムアにも当たるのだから。
「俺は!不死身の、タムア様だァ!殺せるなどと、思い上がるなよ青二才がァ!」
腹を貫通したランスを握りしめ、口から血を吐きながら、タムアは声を張り上げた。彼女のそんな様子を見て、トーエも覚悟を決めたようだ。偃月刀を頭上空高くに振り上げる。その刃の輝きは、加速度的に増していく。
「軍神刀……!」
トーエは、それを一直線に振り下ろした。その剣筋は、雫が一滴落ちるかのように美しく、ただ敵を斬る事に特化するために、極限まで濃縮されたその力は、周囲に何の余波をも起こさなかった。
タムアもろとも、仇魔は見事真っ二つに両断され、そして二度と再生する事は無かった。あれほど、斬っても斬っても、手応えの無かった仇魔を倒すとは、それほどの攻撃だったのだろう。トーエの負担も大きいようで、得物の柄でフラつく身体を支えていた。
「ま、わざわざオレが身体を張ってやったんだ。当然の結果だな」
タムアが、よっこいせ、と何とも無かったかのように立ち上がっていた。心配する暇も無いほどに、回復が早い。その身体には、もう傷一つ無かった。
一方、タムアは、仇魔の炎によって、至る所を深く火傷してしまっていた。俺も、ランスで抉られた脇腹が、まだ治りきらない。ただ、ゆっくりとではあるが、確実に回復はしている。この調子なら、30分くらいで全快しそうだ……まあしかし、炎命者としての戦いにおいては、30分は致命的だ。
受けた深い傷が、これくらいで良かったかもなあ、と俺は、ひとまず戦いが終わった事に、ホッと一息ついた。
「任せよ!などと息巻いてコレとは、恥ずかしいのじゃ……しかし、助かった!感謝するのじゃ!」
トーエは、ふらふらとタムアに向かって行き、深々と頭を下げた。
「……本当にありがとうと思ってんならよ、オレの方が年上なんだからなあ、敬語くらい使えや」
タムアは自分を指差すと、見下すように頭を上に向けた。それをトーエは、キョトンとした様子で見ている。
「なんじゃ、器の小さい奴じゃのう。それくらい、笑って許せてこそ、年の功じゃぞ!」
「利いた風な口をききやがって……癪に触るガキだぜ。本当に感謝してんのか?」
「とっても!ありがとうなのじゃ、タムア!」
ニカッと笑うトーエ。眩いほどの彼女の好意に、タムアは目をそらして、なら良い、と小さく呟くだけだった。
「あの!大丈夫でしたか!?いえ、トキトさんも居る事ですし、大丈夫だとは思っていたのですが……」
一応ですね、と戦いの音を聞いたからか、カレンが息を切らしながら、走ってきた。もう終わったよ、と俺が答えると、良かった、他の皆さんも無事に戦い終えてますよ、と彼女は安心したようだった。
「まあ、俺じゃなくて、主にタムアやトーエが頑張ったんだけどな」
「でも、怪我していますよ。仇魔と戦ったんですか?いえ、どうであれ、怪我は良くないですから。ミカノさんに頼んで、治してもらいましょう」
そう心配そうに、カレンは言ってくれた。
「一応戦ったは戦ったんだが……押されっぱなしで良いとこなしだったなあ……トーエに丸投げしてしまった」
「トーエさんも無事、トキトさんも無事。それで十分です。それに、トーエさんって、仇魔と全く戦っていないからか、元気が有り余ってるみたいですから、きっと大丈夫ですよ。気にし過ぎも、良くないですよ、トキトさん」
ふふふ、とカレンは穏やかな笑みを浮かべた。横を通り過ぎたタムアが、イチャついてんじゃねえ死ね、と吐き捨てた言葉に、心が仰け反ったりもしたが、まあ、何とか一件落着した、と言っていいんだろうな。