不死者と武人-6
骨の仇魔が、槍を構えて、猛然と突撃して来る。打ち合うだけで、弾き飛ばされる威力だ。まともに受ければタダでは済まないだろう。筋肉なんて無いのに、凄いパワーを持っているものだ。
俺は横っ飛びで、仇魔の突撃を躱そうとしたが、馬の骨の仇魔は、瞬時に首振り、向きを変え、再び猪武者とばかりに向かってきた。
ならば、と俺は目の前に、鉄鎖の神具であるアスモマアトを、結界のように顕現させた。これで奴の動きを封じ、クリストラでダメージを与える。
しかし、そんな俺の目論見は外れてしまった。奴は自ら、骨の身体を、上半身と馬に跨った下半身に分離させたのだ。機動力の要であるはずの足が無くても、奴の上半身は悠々と宙を飛び、鎖を越えて俺の喉元へと、刃を突きつけてきた。
勢いよく飛びかかってきた仇魔に、焦り距離を取ろうとしたが、分離した奴の下半身が、足払いを仕掛けてきた。何とか躱したが、体制を崩してしまう。仇魔はそれを見逃してはくれない。
仇魔は、砂や泥で汚れ、少し黄ばんだ色をした腕で、俺の頭を掴み、槍を俺の心臓へと……いや、俺も必死に抵抗したので、辛うじて急所は外れたが、仇魔のランスは、見事俺の脇腹を抉った。鮮血が宙を舞い、地に落ちる。
俺は、脇腹の痛みに歯を食いしばりながら、槍を振り、空中のアスモマアトを足場に、後方へと飛んで、仇魔から距離を離そうとした。それを逃すまいと、仇魔は上半身を走ってきた下半身の骨と結合させ、骨の馬を駆り、さらに追い討ちをかけてきた。
息つく暇も無いが、しかし何とかしなければ、と息を吸おうとした時、脇腹に激痛が走った。自分で言うのも何だが、炎命者の力を解放した時の俺の回復力は、相当に高いと思う。だが、仇魔のランスによって負った傷が、未だに癒えない。
いつもは直ぐに消えるような痛みが、こうも続くとは思わなかった。思わず痛みに怯んだ。僅かな隙が生まれる。そこを逃さない、仇魔の鋭い突きに、防御が遅れる。眼球に、槍の刃先が煌めいた。
しかしそれは、俺の身体を貫きはしなかった。眼前の仇魔との戦闘に集中していて、視野が狭まっていた、俺の真横から、人が突如姿を現し、仇魔のランスを身体で受け止めた。ランスはその人物の胸を貫いたが、その人……それはタムアだった。彼女は不敵な笑みを浮かべ、手で槍を掴み、仇魔の動きを制限させている。
「痛覚は消せるぜ!」
そんなタムアの叫びの意図に気付いた俺は、クリストラを構え、仇魔を彼女の身体ごと突き貫いた。仇魔の心臓部あたりの骨に、亀裂が入り、やがて砕けた。
奴はそんな傷を物ともしないようだったが、新たにタムアという敵が増えた事を警戒してか、少し離れた距離から、こちらの様子を伺っていた。
「危ないところを……助かりました」
「はっ、良く言うぜ」
そんなに接戦が好きかね、とタムアは、仇魔から目線を完全に外し、俺の方を見て言った。前前、と仇魔の方を指差してみるが、タムアは意にも介さない。そんな、あまりにも隙だらけのタムアの様子を、仇魔はさらに注意深く伺っていた。
俺の脇腹の傷は、治る様子を見せないが、仇魔ランスが貫通したはずのタムアの胸の穴は、綺麗さっぱり塞がっていた。不死身に近い力を持つ炎命者なのだ。回復力が俺とは段違いなのだろう。
「戦うにしてもここは良くない。場所変えようぜ」
「場所?……ここで問題なさそうですけど……」
「ああ、言い方変えようか。場所と、役者だ」
タムアがそう言うと、骨の仇魔は、痺れを切らしたのか、骨馬を走らせ、此方に向かって突撃を仕掛けて来た。
直ぐさま回避を試みるが、タムアの反応が鈍い。やむを得ない、と俺はクリストラを解除し、彼女を抱え、後方へ走り出した。その負荷からか、穴は開いていたが、節操無く血は流れていなかった脇腹から、痛みと共に、関が決壊したかのように、血が吹き出た。
俺は、痛みに堪えて懸命に走るが、仇魔も速い。あっという間に、距離を詰められる。どうする、タムアを庇いながら戦うか、タムアと連携して(その場合、彼女を盾とするのだろうか)戦うか……
「ああ、それで良い。その方向で良い」
タムアの発言に、どういう事だ、と不可思議に思った俺は、仇魔への視線を外し、前方を向いた。そこには、トーエ達の村があった。
しかも、結界が消えているように見える。俺は慌てて、速度を緩めようとしたが、タムアの止まるな!という一喝に、その選択を打ち消される。そこまで言うんだ、何か考えあってのものなんだろうな、と思っている間に、村の領域に足を踏み入れてしまった。
振り返ると、仇魔が間近に迫っていた。目の炎が激しく揺れ、槍を高々と掲げ、馬上から、まさに振り下ろさんとしている。
回避―間に合わない。防御―クリストラを手にしていない。食らうのか、負った傷が回復しない、あの攻撃を……
聞こえたのは、まるで金属同士がぶつかり合うような、高音だった。その衝撃に、辺りの空気が震える。見ると、トーエが、炎逆巻く馬に乗り、柄の長い偃月刀を振るい、仇魔と打ち合っていた。
「任せよ!」
トーエの声は、嬉しそうに弾んでいた。トーエと仇魔の激しい打ち合いに、邪魔になりかねないな、と俺は一先ず、タムアを抱えて、なるべく遠くへ離れた。
「あの仇魔と、戦いたかったか?」
タムアは、ボソリと呟いた。
「あいつは、戦いたくて仕方ないみたいだった。何事も、やりたい奴がやればいいのさ。出来る奴が、やればいいのさ」
彼女は、喜色を一杯にした顔で、仇魔と戦っているトーエを見ながら、静かにそう言った。