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不死者と武人-5

「えらく機嫌が良いように見えるけれど」


結界に到着し、来たる仇魔を、まだかまだかと待ち望んでいるようなトーエに、俺はそう話しかけた。


「左様か?……いや、確かに。かような時を、妾は焦がれておった」


視線を彼方に送ったまま、トーエは、好きな物を解説したくて堪らない人の如く、まくし立てるように言った。


「果たして……この感情は、妾の本性であるか、はたまた、高位存在と炎命者の契りを交わした時にもたらされたものか、今ではよう分からんのじゃが……妾はな、何かと戦いたくてウズウズしておる。闘争心が、とめどないのじゃ!」


「……あれ、でも代償って……?」


「まさに。妾はこの街を離れられず、故に仇魔とも戦えぬのじゃ。今までは、藁で作った人形相手に、毎日毎日、動きも反撃もしない木偶相手に、稽古稽古稽古稽古……!思い返すだけで、腹満杯じゃ!……ともかく、それで発散しておったのじゃが、それももう限界じゃ!おお、遂に仇魔と戦えると思うと、脳が疼く!武者震いが止まらぬぞ!」


……こんなにも目を輝かせている人の気持ちを、削ぎたくはないのだが……俺は彼女に、トーエが戦うという事は、結界の中に仇魔を招き入れるという事で、それは村を危険に晒す事でもあるのでは、と諭した。


「……いや、分かっておる。妾はこの村を守るために炎命者に相成った。いや、分かっておるのじゃが……ふぐぅー……!」


耐えようとしたが耐えきれなくなったような、空気が外に漏れた音をさせて、トーエは地団駄を踏んだ。余程ストレスが溜まっているのだろう。


「そういう事だから、仇魔はボク達に任せてくれた方が良いと思うけど」


背後から、アーシエの声がした。仇魔を退けた後は、軽くで良ければボクがお相手しよう、発散はしないとね、と直後に付け加えたため、トーエも、村の事も鑑み、ため息混じりに承知した。


「……この村の結界は妾が張っておる。図々しい願いではあるが、あまり衝撃をかけないようにしてくれると助かるぞ」


その言葉に頷こうとした時だった。その結界に、何か固形物が、目にも留まらぬ速度で飛来、瞬時に接触した。


何だ、と轟音がした方を見ると、地球に居た奴の何十倍もあるような、クワガタやカブト、バッタに酷似した昆虫の仇魔、それの死骸が、緑色の体液のようなものと共に、結界にべっとりこびり付いていた。トーエは、脇腹を押さえていた。曰く、衝撃を感じた気がしたらしい。ゲームで、実際味わっていないのに、痛いとか熱いとか思う感覚なのかな。


仇魔の死体が、結界を染める様に、うええ、気持ち悪い、とミカノが苦虫を噛み潰したような顔をする。


気持ちは分かるが、気持ち悪がっている場合ではない。この昆虫のような仇魔を、この結界に飛来させた正体が何なのか、不明であるから……まさか同業者だったり?


「ミカノ、感知頼める?」


ユイの言葉にミカノはハッとした。結界にこびり付いている、虫の仇魔の死骸は、やがてどろどろと腐敗して溶け出し、おどろおどろしい色の液が結界を染めていた。ミカノは、そんな気持ちの良いものではない光景を、視界に収めては嫌そうにしながら、式神を目に憑依させ、辺りを見渡し、叫んだ。


「この村に真っ直ぐ向かってくるのが……十!全部仇魔!東西南北、全方向から、村を囲むような位置どりよ!」


「村は広い……一人で対処仕切れるものでしょうか……!?」


「俺が北に行く!他は任せた!」


そう言って俺は、現在地から少し離れた北の方面へと走り出した。それを受けて、ユイは南に、アーシエは西に、セレインは東に、それぞれ素早く向かった。


毒々しい色をした、仇魔の死骸の液を避けながら、結界の外へ出て、仇魔の到来を待っていた俺が会敵したのは、それから直ぐの事であった。


遠くの方から、猛る馬のいななきが聞こえてきた。大地を駆ける、乾いた蹄の音が、遠方からでもハッキリ耳に入ってくる。リーチの長い、槍の神具、クリストラを手に、呼吸を整え仇魔を待った。


やがて、見えた。敵の姿。そいつは、骨だった。人の形をした骨の仇魔が、馬の形の骨に跨っていた。どちらも、瞳の無い空洞の目からは、赤い炎がほとばしり、その所作の数々からは、息遣いが聞こえてくるほどの、生きた生命を感じた。


人の骨の仇魔は、細く長いランスを手に持ち、一直線に此方へ向かってきた。相当に速い。俺はクリストラを構えながら、他に仇魔は居ないか、と辺りを見回したが、どうやら目の前の一体だけのようだ。


蹄の音が目前で響く。奴の突進が、疾風のようにやって来る。落ち着け俺。まずは、将を射んと欲すればまず馬を射よ、という格言に従い、骨馬を仕留めて、人骨の仇魔を引き摺り下ろそう、と俺は、人骨の仇魔が突き出したランスをしゃがんで躱し、馬骨の足めがけ、クリストラを横に払った。


乾いた音と共に、馬の骨の仇魔は、足を砕かれて、バラバラに弾け飛び、人の骨の仇魔も、その衝撃で、勢い良く宙に投げ出された。だが俺が、気を緩める事なく、さらに追撃を、とクリストラを人骨の仇魔に向かって、繰り出そうとした時だった。


バラバラになったはずの馬の仇魔が、逆再生されたかのように、みるみると元の形へ、姿を復元していく。すると人骨の仇魔は、手にしたランスの重い一撃で、俺の一突きを凌ぎ、元通りになった自身の愛馬の背に着地した。


「マジかよ……っ!」


瞬間、ランスを突き出した仇魔の突撃を、クリストラで受けた俺は、後方へ吹っ飛んだ。背中に強い衝撃を受け、一瞬、呼吸が困難になる。強烈な一撃。あの仇魔、かなり手強そうだ。


仇魔の実力もあるが、それに加えて懸念すべき事は、馬骨の仇魔にダメージを与えても、まるで意に介していなさそう、という事だ。現に、奴の足には、クリストラで付けたヒビが入っているのだが……まるで健全。駿馬のようにピンピンしている。どういう事だ、と俺が立ち上がりながら考えていると、頭の中でラティアの声がした。


『そも、骨が自立し、何か形を作っている時点で、おかしな話よのう。奴にはコアがある。それに刻まれた情報を基に、人や馬の形を作り、行動を決定するようなコアがな。それを壊さねば、骨を粉微塵にしたとて、奴は依然戦えるぞ』


そりゃ、倒すには何とも骨が折れそうだ。


『……うむ、上手い』


……沈黙がラティアの本心なのかな、と思うと心に来た。闘争心が萎える訳ではないが、心へのダメージは、炎命者の力を持ってしても、(多分)回復してくれない。


『ともかく。今の奴のコアを破壊するのは、相当な力を消耗する。お前さんの寿命も、どんどん削られる。こういう手合いは……』


再生と破壊を繰り返させて、コアを消耗させるごり押しとか。


『……ふむ、それでいこうか。奴のコアは、今鎧を纏っているようなものじゃ。少しでもその鎧を傷つけておかねば、過剰なまでの武具を用意せねばならん。それと、通常の攻撃だけでは一生かけても終わらぬ。気を付けるのじゃぞ』


あいよ、と俺はラティアに軽く返事をし、此方へと、凄まじい速度で突進して来る仇魔に、素早くクリストラの切っ先を向け、気合いを入れるために、大きく息を吐いた。

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