不死者と武人-3
どうか早く次の街に着きますように、という俺の願いは、程なくして叶う事になった。
街への到着を知らせる、馬のいななきと、手綱を握っているユイの声が聞こえた。皆テキパキと支度をする。今回の街も、僕達を拒絶しないでもらいたいけれど、とアーシエが呟いた。
そこは、街というより村、と言った方が良いような規模だった。閑散としたその村には、数人入るだけでキャパシティが満杯になるくらいの、小さな家が、ポツポツと間を空けて、寂しげに佇んでいた。
人が見えた。皆少し痩せており、クワを振って、畑を耕しているようだ。彼らは俺たちの方をちら、と見て、また作業を始めた。その手つきは、ややふらふらしていて危なかっかしい。
遠くから、大地を軽快に駆ける音がする。振り返ると、そこには馬の姿をした、青色の炎のように揺らめいているものに跨った、女性の姿があった。女性は、肩や腹が外気に晒されているような、軽装……もとい、やや露出度の高い、振袖のような服を着ていた。女性はゆっくりとこちらに近付き、前傾して、目線を合わせてきた。
「知らぬ顔じゃのう。そなた達、結界の外からやって来たのじゃな?」
首を縦に振ると、彼女はぱあっ、と顔を輝かせた。
「いや、このような村にも客人が来るとは、仰天なのじゃ!大したもてなしは出来ぬが、この村で暫し休息していかれるか?」
「ありがとう、喜んでお言葉に甘えさせてもらうわ」
ミカノがはにかむと、女性はそれは良き事じゃ、と頷いた。
「妾はトーエ。この村を治める炎命者じゃ。宜しく頼むぞ。気軽に接してくれ。固いのは好かんぞ」
トーエと名乗った振袖の女性は、馬の姿をした青色の腹を蹴ると、青の馬が動き出した。あの青には、誰も突っ込みを入れない。唯一カルロが、アレどうなってんのかな、と俺に耳打ちしてきたので、多分炎命者の力じゃないのかな、と返しておいた。仇魔も居ない場所で炎命者の力を使うのか、とも思うが、乗り物というのは長く乗っていると感覚が鈍るものだ。それを解消するために、定期的にあれに跨っていたりして。乗馬も、期間が空くと鈍るのかどうかは知らないけど。
しかしあのトーエという女性、和服といい、長く鮮やかなまでの黒髪といい、口調といい、声の感じといい、そこそこラティアに似てる所があるなあ。そんな事を、ぼけっと考えていると、頭の中でラティアの声が響いた。
『うーむ、参った。人の枠で個性を出そうとすると、被っていかんな。姿や声が似ているとなると、お前さんにとって、ややこしくなってしまったかのう?』
いやあ、そんな事は無いけど……普通に見分けつくよ。
『遠慮をせずに言うがよい。ワシはどんなものでも、お前さんの望むものになれるからのう』
……えっ、マジで?そんな便利な機能があったのか。
『当然。どんな女がいい?乳の大きな女か?地味な外見の女か?眼鏡のようなものでも付けてみようか?それとも男が良いか?獣の耳でも付けてみようか?ああ、獣そのものが良いのか?それともロボットの姿にでもなってみようかの?』
愉快そうに、自分の姿の変化先を語るラティア。確かに、ラティアに自分の好みに合わせて、自在に姿を変えてくれる能力があったというのは、正直魅力的だと思うが、もうそんな事に、大して執着は無かったりする。
ラティアの姿や声は、初めて会った時から今まで、少しも変わってない。だったら今のままで良い。いや、今のままのラティアが良い。そう思う。
『そうかそうか。それも又、良きかな良きかな……』
そう言い残して、満足したかのように、ラティアの声は遠ざかっていった。
……そう言えば、炎命者としての姿は、その高位存在に影響されるんだったよな……他の皆は、それぞれ固有の姿があるように思う。例えばそれは、アーシエだったら狼だ。となると、それが高位存在の姿なんじゃないのか?
いや、もっと厳密に言うと、高位存在の姿は、例えば、狼と決まっていて、変わらない、固定されているんじゃないのか?だって、それがコロコロ変わった場合、炎命者の姿もコロコロ変わるわけで……そうだとした場合、ラティアのように、どんな姿にでもなれるような高位存在なんて、他に居るのだろうか?
……いや、よそう。なーんの根拠もないし、すぐにでも破綻するような仮説、憶測だ。反例を考える。例えば、どれだけ高度な変装をしていても、本当の顔というものは有るはずなんだ。それと同じで、たとえどれだけ姿を変えようが、その本質が同じなら、炎命者としての姿も一貫するんじゃないだろうか。うーん、そうなると、無駄な考察だったかも。
……ラティアからの突っ込みは無い。これは何を意味しているのだろうか。それとも自分の事はあまり語りたくない感じなのか。ミステリアスって魅力的、とカルロが言っていたな。どちらかと言えば俺は包み隠さず話してくれる方が好きだけど。
『おや、それでは包み隠さず話さねば、ワシは嫌われてしまうのかのう?』
……そういう訳じゃないけど。
『ははは、では話さなくとも良いかな。少なくとも、その時が来るまでは、な』
その時っていつだよ、という俺の疑問というか、突っ込みに対して、ラティアは、そう迂闊に話せる話でも無いので勘弁してくれ、と笑っていた。
「おーい、どうしたんだトキトー!」
そんな風に、俺がラティアという内なる声と話をしていると、リリィ声が耳に入ってきた。見ると、他の皆はトーエについて行っており、ここから大分離れてしまっている。
「悪い悪い、ちょっと考え事をな」
「えーっ!そういうのは、暇な馬車でやったらどうなんだよー!別に今じゃなくても!」
……ごもっとも過ぎて耳が痛い。俺は、今行くから、とリリィと共に、トーエ達の方に向かって走り出した。
トーエ……というより、彼女が跨っている、馬の形をした青い揺らめきが足を止めたのは、村の他の小さな建物と比べれば、多少なりとも人が入りそうな、背の低い家だった。
「豪勢にもてなそうにも、ここが精一杯。どうか許して欲しいのじゃ」
「良い家だよ」
「そうかねえ」
急いで走って、僅かに呼吸が乱れている俺の言葉に、タムアは興味無さそうに言った。抜き身な言葉に、怒ったりしていないかな、と心配しながらトーエを見ると、申し訳なさそうな顔をしていたので、招かれた家を必死に褒めた。褒めるといっても、ちょいと盛ってはいるが、ちゃんと本心を基盤にしているものだ。
「そうだ、村の人達結構痩せていましたね。農作業は結構大変な仕事だと思うんですが、大丈夫なんですか?」
目に入った村の人々の姿を思い出し、心配そうにセレインが話すと、トーエは眉をしかめた。
「……大丈夫、とは断言出来ない。この村の資源だけでは、どうも足りぬのじゃ」
「外には食べられる実や葉なんかもあるにはあるけれど」
毒があるか見分けられるかは別にして、とアーシエは言った。するとトーエは、静かに首を横に振った。
「それは、妾には出来ぬ。妾は、この村から一歩も出れぬのじゃ。それが、妾の代償。全く、おかしな話じゃ。この村を守るための力なのに、炎命者でも無い者に、危険を犯させてまで、結界の外に出さねばならぬとは……いや、歪んでおるなあ」
自嘲気味に、トーエは笑った。
何時もなら、村や街を襲う仇魔を討ち、(あわよくば)食料や雑貨を街から寄付して貰う、というのがこの旅のスタイルだが、こうも困っているならば、という事で、先刻手に入れた毒のない野草等を、この村に提供する事となった。
トーエは大いに驚き、額を何度も床に擦り付けて感謝していた。仲間の反応は様々だ。そんな事しなくても、と慌てるカレンやミカノ、そんなに喜んでくれて此方も嬉しい、というアーシエとセレイン。今日の飯はどうなるんだろう、と不安がるカルロとリリィ。今から又食べられる物を採ってくる、と言うユイ。タムアは、何でこんな事を、と呆れかえっていた。この村には交神石があるじゃねえか、他人任せな奴ら。そうも呟いていた。