不死者と武人-2
「おーっす!ただいまー!……あれ?一人増えてる!私リリィ!よろしくー!」
両手に野草を抱えて、一足先に笑顔で此方に走って来たリリィは、俺たちと共に居た、初めて会う人物であるタムアを見て、幼稚園だか保育園くらいの年の子供宜しく、元気よく挨拶をした。タムアは、そんなリリィを見て、呆れかえったような態度を見せた。
「ガキじゃねえかよ」
「あー!人を見かけで判断するなー!きっと私の方がお姉さんだかんなー!」
タムアを指差し、リリィが頬を膨らます。そんな彼女を見下ろしながら、タムアは気怠げに言った。
「そりゃすげえや、どんだけ年食ってんだ」
「28!」
「なんだ、やっぱりガキじゃねえか……」
そう言うと、タムアはハッと目を開いた。そんな事を言えば、当然次にある質問が予期される。それはすぐさま、リリィの口から発せられた。
「ええーっ!それじゃ、私より結構年上って事!?見えないなー……」
リリィは、じろじろとタムアを観察しながら、驚いている。人を見かけで判断するな、とリリィは言っていたが、どう見てもタムアは、顔も肌も、すこぶる若々しい。どういう事なんだろうか……と皆が不思議そうな顔でタムアを見つめると、彼女は苦々しく頭をかいた。
「そういう体質なんだよ」
「すげーっ!」
リリィは目を輝かせ、両手を上げて飛び跳ねた。どんな炎命者なのだろう、と尋ねるのはプライバシーが何やらで良くないかな、と俺が抑えていると、カルロが、凄く若々しいなあ、不老不死みたいですね!と冗談交じりに言った。
「……そうだけど」
「そうだったんですか!?」
不服そうなタムアの返答に、カルロはおったまげ、その反応を見て、タムアは、あーあ、と苦虫を噛み潰したような顔をし、やがて大きなため息をついた。
「分かった、こちとら馬車に乗っけてもらう身だ。ちゃんとした自己紹介しとくよ。オレぁタムア。不老不死の炎命者だ」
炎命者なのに不老不死とは、何とも語句の定義が震撼する事態だ。命を燃やすから炎命者なのに、その燃やす命が無限とは……
『少年、無限では無いし、不死でも無いぞ』
すかさずラティアが釘を刺してきた。確かに、俺も魔神主柱との戦いで、無限の攻撃というものを試みたが、結局それは不完全に終わったんだっけ。不老不死だの永遠の命というのは、相対的に長い、というだけの比喩表現に過ぎないのかもしれない。ラティアがどうかは定かでは無いが。
暫くして、カゴに溢れんばかりの山菜を詰め込んだミカノ達が帰ってきた。彼女達はタムアの事を知ると、自分達の常識外の存在であるタムアに仰天していた。
「まさか、不老不死の炎命者がいるなんてね……でも、良い事ばかりじゃなくて、大変な事も多いんじゃないの?」
皆が馬車に乗って暫くすると、堪えきれない、とばかりにミカノが口を開いた。
「……無いね」
タムアは少し考えた後、ぶっきらぼうに答え、ある訳ないだろ馬鹿馬鹿しい、と付け加えた。
「でも、周りの人が先に亡くなったり……」
ミカノが旅をする理由は、孤独を埋めるためだったか。そういう、人との繋がりを重視しているためか、彼女は珍しくタムアに食い下がった。本来なら人のテリトリーに突っ込むような事なので、すぐに切り上げるはずなのだが、タムアの、人を突き放すような、無愛想な言い方に、少しカチンときた事もあるのかもしれない。
「……おいおい、的外れはよせよ。不老不死だぞ?自分より先に誰かが死んで出てくる感情は何だ?何であるべきだ?悲嘆か?苦悶か?違うね、歓喜だ!」
タムアは薄笑いを浮かべながら、芝居掛かった口調で言った。それを受けたミカノは、困惑と絶望が混ざったような表情で、小さく、意味が分からない、と呟いた。
「他の連中が死ぬ事で、不老不死という、オレの最たる力を実感出来る。他より優位に立っている、他者を見下せる、と思う事ほど、愉悦を感じさせてくれるものも無い。その時こそが、至福の瞬間なんだよ。世は無常だ。力無き者も、力あると言われてる炎命者だって、仇魔だって、どいつもこいつもすぐに死ぬ。所詮全ての物は生き絶える。抗いがたき、死の理!しかしオレは、オレだけはそれに抗える!そして思うんだ。他者の死が、オレに生の実感を与えてくれる、とな」
タムアは又続けた。不敵である。ミカノは渋い顔をして、やがて眉間を抑えて息を吐いた。
「分かった、その人にしか分からない事もあるものね……ごめんなさい、おかしな事を言って」
タムアは、そんなミカノの言葉に、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。
タムアという人物は、特に他人と協調しよう、歩み寄ろう、という姿勢を取らない。それ自体は問題ないだろう。なにせ、彼女は一人でも生きていける炎命者なのだから。
ただ、今この馬車内においては、そういった彼女の性質が、重苦しい空気になるという、全く困った事態を呼び起こしてしまったと思う。皆は、友好的な態度をロクに取らない、このタムアという人と、どう接したら良いのか、あるいは接しない事が本人のためなのか、戸惑っている。その結果として、こういった息苦しい雰囲気が形作られているのだ。
耐え切れない、とカルロは目を瞑っている。暑くはないのに、額には少し汗が滲んでいた。ああ、次の街はいつなのだろうか。街に着く事で、この閉塞感が打開される事を、俺は無責任に期待していた。