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昔話-1

「さっきの街での話、もうちょい聞かせて欲しいなあ」


皆が気怠げに、狭い狭い馬車内で寛いでいる中、カルロが、ぼそりと言った。人数が増えるにつれて、賑やかに、そして余剰が無くなっていく馬車内に、大人数の旅を想定して、目一杯大きくしたつもりなんだけどね、とミカノがどこか嬉しそうに言った事が、確か前にあったものだ。


「そっか?じゃあ……うーん、何話せばいいんだ?」


カルロの呟きに、リリィが首を傾げた。確か、彼女はこの旅の結構な古株だったな。


「やっぱりさあ、旅の初めじゃないか?ドラマ溢れるエピソード、あると思うんだが」


「だったら、ミカノに聞くといいかもなー。あっ!私が話してもいいぞ!」


「ん……そうね、一緒に旅をしてるんだから、私が話しても良いかもね……」


そう言ったミカノの表情は、明るいものでは無かった。


「無理して言う必要も無いぞ」


「無理でもないし辛くもないわ。……いや、ちょっと辛いかも。でももう私の中でケリがついた事だから、大丈夫よ。……聞きたい気持ちがちっとも無いなら、話さないけどね!」


ミカノは少しふて腐れたように言った。ただその語気とは別に、ミカノの身体は随分と話を聞いて欲しそうに揺れている。一人で抱え込むより、話した方が良かったりするものだ。


「……話したいんだけど、どうなの」


それから殆ど間をおかず、耐えきれなくなったか、ミカノは早々と自分の気持ちを吐露した。皆も聞きたい聞きたいと食いつくように言うし、俺も少なからず興味があるので、素直に言った。


「超聞きたい」


「トキトは嘘くさい」


「本音だって。仲間だろ、信じてくれてもいいじゃん」


「……ふーん……」


発言の真偽を確かめるかのように、彼女はじいっとこちらの顔を見た後、やがてゆっくりと話し出した。



「……そうね、この旅は、私が発端なのよ。私が、最初の一人。炎命者になる前は、こんな風に旅に出るなんて思ってもいなかったわ……」


ミカノは、遠い目をしていた。皆、神妙な面持ちでミカノの言葉に耳を傾けている。


「それは、私の背丈が今よりもっと小さい頃の話よ。私が生まれ育った街は、本当に素敵な所だったと思うわ。皆優しくて……炎命者は居なかったけれど、街にはちゃんと結界が張ってあったの。だから、いつも日が一番高く昇る頃に聞こえてくる仇魔の唸り声も、どこか聞き慣れて呑気な感覚だったわ。


……そうね、でも、結界を物ともしないような仇魔も、現れるもの。そんな奴が街を襲うなんて、きっと不運で、ごくごく稀なのかもしれない。そうなると、あの時の、私たちの街は、間違いなく不運だった。


本当に、突然の事よ……何時ものようにお昼の食事を取っていた時、山のように大きい、馬のような仇魔が現れて、たてがみを靡かせ、足を大きく上げて、蹄で結界を踏みつけたわ。あんなに、当たり前のように私たちを守ってくれていた結界が、音を立てて割れてしまった。その時の街は、本当に酷いもの。阿鼻叫喚、と言うしかないわね。


その仇魔は、暴れ馬のように、街を荒らし回った。建物は崩れ、踏み潰される人も大勢……いや、こういうのは、別に詳しく言わなくても良かったかしらね。とにかく、私の命と、街の危機だったわ。私は全力で交神石に走った。あんなに親しくしていた街の人たちの悲鳴を、背中で聞きながら。炎命者の存在は、話に聞いた事があったから、きっとあの仇魔も倒せると希望を抱いてね」


ミカノは一息ついて、飲み物を口にした。彼女の声に、悲痛な感じはそこまで無かった。とても落ち着いた口調で、話をしている。


「炎命者になるのは怖かったわ。誰も彼もがなれるわけじゃないし、なれたとしても辛い物だ、って話は耳にしてた。だから、ちょっと躊躇った。でも、なんとか交神石に触れて……幸運な事に、炎命者になれたのよ。


それから直ぐに、仇魔と戦ったわ。今の私は炎命者、って思うと、きっと仇魔なんて一蹴出来る、なんて随分楽観的だった。街の人達をきっと救ってみせるって息巻いてた。


でもね、その仇魔は手強かった。おまけにその時の私は、炎命者に成り立て。情けない事に、ほとばしる程に止めどない力を、上手く使えなかった。周りが見えなくなって、自分と目の前の敵しか見えなくなるくらい、一杯一杯だったわ。


私は他の皆と比べたら、そこまで戦闘が強いわけでは無いのだけれど、それでも何とか、ボロボロになりながらだけど仇魔を倒せたわ。重傷を負いながらも生きていた、街の人たちの歓声が聞こえた。その後、安心して力を抜いたわ。そしたら、何せ初めての事だもの、すぐに喀血して、気を失った。仇魔を倒して街を守ったっていう、幸福感やら達成感、あと痛みで頭が一杯になりながらね。


……ただ、ただあの仇魔の到来で、街の結界を張っていた人が、やられてしまっていた。結界も壊された。お終いね。その時の街には、もう何の防御力も有りはしないんだもの。


私が目を覚ました時には、街には仇魔が蔓延っていた。街の人達は……もう、全滅していたわ。私も、仇魔に腹を貫かれた痛みで起きたもの。それから私は悔しくて、悲しくて、吐きそうで……激昂して、街の仇魔を倒して倒してまた倒して……でも、得られるのは虚しさだけで……」


ミカノは静かに目を閉じ、拳を握った。


「それで私は一人になってしまった。どれだけの力を持っていても、私は孤独に耐え切れなかった……だから私は旅に出たの。誰かと何か、何でもいいから、話をしたいってね。それが理由。仇魔を倒すなんてご大層な目的、その時はまるで考えていなかったわ。……ただ、寂しかった。寂しかっただけなの……」


そう言って、膝を抱えたミカノに、リリィが破顔一笑、飛びついた。


「でも!今は私たちが居るじゃん!」


「……そうね。それだけで、きっと十分だわ……」


ミカノは、穏やかに、満たされた笑みを浮かべた。

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