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最も美しい男(自称)-4

「やりましたね、ナルスさん、トキトさん!」


カレンが、仇魔の拠点の暗黒が晴れ、仇魔の拠点外にある木々が、日の光に照らされ始めた景色の中で、嬉しそうに言った。


彼女の髪の鮮やかな青も、太陽を浴びて、より一層綺麗に輝く。彼女の髪が風に揺れる。風は俺たちの鼻腔に、木々の生きた香りを運ぶ。苛烈な戦闘があったとは思えない、穏やかな空間だった。


「やはり、ナルスはナルスであったな。ナルスであれば、やはり仇魔も力尽き、自ずから頭を垂れて平伏する」


言ってる意味はよく分からないが、とにかく凄い自信だ。今回は、その自信に見合っただけの結果を残したので、確かにな、と返すしかないよな。


「では、行こうか」


「いや、ちょっと待ってくれ。この大量の金はどうするんだ?あんたの能力で何とか出来るんじゃないのか?」


仇魔との戦いで山積みされ、広大な土地を占拠している金の棒を指して俺が言うと、ナルスは少し小馬鹿にしたような含み笑いを、一つした。


「あれこそはナルスの、善美なる敵に捧げる置き土産である。それを除こうというのが、不可思議という事だ」


「でもなあ、なんか金がある一帯だけ浮いてるというか……周りが綺麗な自然な事もあってな」


「分からぬか、同胞よ。それが、超的な美だ!言葉でも、理屈でも及ばぬ境地!まさにこの空間は、世界の心を満たすあらゆる絵画、彫刻、芸術品!それにも劣らぬ、いやそれらを遥かに超越した!まさにナルスによる極美を体現した空間と成ったのである!」


それだけ自信満々に言われると、どうも返す言葉が見当たらない。


「美術とか芸術って難しいんですね……ナルスさんは凄いです」


「このナルスが凄いなどと……自明で、真理である。なんとも当たり前の言葉だが、やはりこのナルスの偉大さを確認する作業として、当然の事を言葉に出す行為、このナルス直々に褒め称えよう」


神妙な顔でカレンが言ったので、俺は思わず笑いそうになった。確かに現代芸術と評される作品を見て、そう思った経験はあるが、ナルスの語る美は、結局のところ自己申告である。


ナルシスト気質で、ビックマウスな彼の言葉を、いちいち真に受けなくてもいいのに、という、そんなおかしさだ。カレンは素直で人が良いものだから、ナルスの壮大な言葉のいちいちを、どうも真っ直ぐ受け止めてしまうのかもしれない。


……もしかすると、彼の言っている事は全て正しかったりするのかもしれないが。



さて、戦いは終わったので、ナルスは炎命者としての力を解除すると、うずくまって血を吐いた。それ自体は驚く事じゃないのだが、それからナルスが動かないのには心配した。大丈夫ですか、とカレンが声をかけると、ナルスは震えた声で言った。


「なんという事だ……!やはりこれも、このナルスが美しすぎるが故か!ナルスが美しいが故に!そこから生じる物も、必然的に美しい!見よ!この健美なる血を!ああ素晴らしきかな!そして恐ろしい!考えてみれば当たり前だが、まさかおどろおどろしいはずの血までも美しいとは!」


……どうやら、自分の新たな美しさに感極まって、喜びに震えていたようだ。アホくさい、心配して損した。


「さあこのナルスによる遠征、いや、遠聖は幕を閉じた!凱旋だ!後光輝く、ナルスの堂々たる凱旋だ!息を吸って胸を張って足を上げて靴を鳴らそう!いざ、行進!」


一仕事を終えて、ナルスは上機嫌に、軍隊のように、大袈裟に足を上げて歩き出した。カレンも、楽しそうにナルスの動作の真似をして、ついて行く。俺は疲れそうなので遠慮しておいた。美しくなくても、別に良いんじゃないかな。



それから街に戻ると、仲間達が街の人々と談笑していた。旅で様々な体験をしてきたので、話題には事欠かないのだろうか。カルロやセレイン、ユイといった、比較的近頃旅に同行した仲間(俺もその内の一人だと思うが)も街の人々と同じように、木製の椅子に座って、旅の武勇伝の聴講人となっていた。


「諸君!このナルスの帰還だ!いや、このナルスの美!仇魔の拠点を経てさらに輝き、もはや別次元!さらなる高みへ昇ってしまった!帰還ではなく、降誕!降臨!そう言った方がより適切かもしれん!ああ果たして諸君は、このナルスの美について来られるのか!」


ナルスは、そう声を張り上げて腕をビシリと上に掲げ、他の炎命者達に街の人々の意識が向いている中、自分の存在を強くアピールような、そんな所作をした。街の人達も、そんなナルスに気付き、次々に労いと万歳の言葉を投げかける。少なくとも俺は会った時から、ナルスの美にはついて行けてなかったが、街の皆さんはどうだったのだろうか。


「よう、お疲れさん。何か成果はあったか?俺は無かったぜ。すっからかんの素寒貧。美人の一人も口説けなかったよ。この世界の皆は身持ちが固いねえ」


カルロが、肩を組んできて、耳元で呟いた。


「ただお前に魅力が無かっただけじゃないのか」


「辛辣ぅー……」


カルロの恋模様への興味は毛程も無いので、自然と返答も刺々しい物になってしまったけど、別にいっか。



「さて……この街でボク達がやる事はもう無くなってしまったかな。家屋で泊まれて旅の疲れも取れたし、街付近の拠点もなんとかなった事だしね」


アーシエが腰を上げて、大きく伸びをした。街の子供が、もう行っちゃうの、と寂しそうに言ったので、アーシエは目線を子供に合わせて、旅をしているからね、と頭を撫でた。


「そうか諸君、旅立つか!このナルスの美に耐えきれぬなどと、遠慮せずとも良いのに!」


「言ってない、言ってない」


「嘘を言わずとも良い!自らの本音に、しかと向き合ってみるのだ!ならば摂理が、意見を変えるだろう!しかしどうであれ、ここを離れると言うのならば!ナルスが治めるこの善美なる街が!見送らない訳にはいくまい!」


そう言ってナルスは、勢いよく服を脱いだ。上半身はもともと何も着ていなかったが、下半身までも脱ぎ去り、フンドシ姿になってしまった。やけに筋肉質なナルスの身体を見て、女性陣から絹を裂くような声が聞こえてきた。


「いざ華麗に、そして凄絶に用意するのだ!祭はまさに終局!皆の者、行くぞ!大金神輿っ!!」


「オウ!」


ナルスの言葉を受け、街の男達が一斉に四方へ駆け出した。何が起こるか分からないが、見守る事にしよう。


「な、何よそのカッコ!やめてよね!」


ミカノが手で目を隠しながら叫んだ。フンドシ姿というのは、初めて見る人にとっては刺激が強そうだ。


「どんな格好であっても、このナルスの美は少しも曇らぬ!しからば!場に合わせた格好をしようではないか!」


「変態がさらに変態になっただけじゃないの!」


「ナルスの美は、人知を超えた究極の美!理解出来ずとも責めはしない!いや、あるいは!凡人の常識から外れた、常軌を逸した!それを変態と呼称するのならば!まさしくこのナルスがそうである!」


「なんと堂々としていらっしゃる……僕も見習うべきですね」


一切自信が揺らぐ事のないナルスに、セレインは感心した様子だ。一瞬、正気か?と思ったけど、確かに細かな事でいちいち精神にダメージを受けない彼のその様は、見習う事があるかもしれない。



「ソリャソリャッ!ソリャソリャソリャァッ!」


街に散らばった男達が、神輿のような物を担いで走ってきた。デカい神輿をぶんぶん上下に振り回す、荒々しい神輿に、ナルスは大きく跳躍して飛び乗った。


「さあ行け客人!諸君の後ろは、このナルス達が見守っているぞ!そうだ!これが大金神輿!輝く黄金、輝くナルス!さあ感嘆しながら!進めよ走れよ駆け抜けよ!この天なる美を目に焼き付けながら!そうだ!これがナルスからの土産だ!揺らせ!走れ!それが大金神輿だ!!」


「おっしゃあっ!」


男達が、大声を上げて神輿を激しく揺らし、ナルスは高笑いをしながら、揺れる神輿の上で、見事に立っている。この街独自の濃すぎる見送りに、皆唖然としながら、力強い男達の声に押されてか、皆の出発の準備にも、心なしかいつもよりも力強い気がする。


「ではな旅人!このナルスの美をまた味わいたくば!そしてこの素晴らしき我が街を訪れたくば!いつでも来るがいい!!」


キラキラと輝く黄金が揺れる。黄金が弾く光が揺れる。男達の汗は、爽やかだった。街の人々は満面の笑みを浮かべながら、俺たちを見送ってくれた。


美しい……かどうかは分からないが、これほどに熱のある見送りは、嬉しいものに違いない。



「いかん、これ以上は!」


「ナルス様!どうしましたか!」


「これ以上はこのナルスの光輝が!限界を超えてしまう!揺らしてしまうぞ、世界の理を!大金神輿は中止だ!美が!加速し過ぎている!嗚呼、何たることか!自らの善美の素質に、恐怖せざるをえない!」


「そりゃ大変だ!皆神輿を降ろせ!」


……折角見送られて気持ちよく終わるはずだったのに……台無しだ……

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