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最初の街-1

欠伸混じりの馬車旅は、まあ思ったよりも時間はかからなかったが、現代っ子の宿命か、空いた時間はだいたいスマホをいじっていたりしていた俺には、ちょっとの時間でも倍に感じる。


退屈といえば退屈だったかもしれないが、何分景色が見られなくとも、美人は見られる。そこまでの苦痛でもなかった。


とにかく一同を乗せた馬車は無事街に辿り着いたらしい。動きが止まった。やっと着いたか、とリリィは寝ぼけ眼を気だるそうに擦っている。



「では、行きましょうか」


カレンは立ち上がり、こちらに向かって微笑んだ。俺も頷き、馬車から出ようとしたけれど、その前に気になる事がある。


「アーシエさんとリリィ…さんは?」


「うむぅ……パスぅ……」


寝転がりながら、手を振るリリィ。次の瞬間には、ぱたんと手が床に着き、可愛らしい寝息が聞こえてきた。余程疲れているのか、無駄な体力を使いたくないのか。まあ、寝るという行為は低燃費だからなあ。寝る子は育つとも言うし。……リリィには不適切かもしれないが。


「ボクも遠慮しよう。今回は二人きりで楽しんでおいで」


アーシエがくすりと笑った。ミカノに君は来ないのか、と聞くと、色々やる事があるから先に行っておいて、と馬の首を撫でながら彼女は答えた。


「行きましょうか」


カレンが微笑む。こんな綺麗な少女と街を歩ける。それだけでここにいる意味は十分。…我ながら現金なものだ。



街は、俺が思っていたものと違った。背の高い城壁に囲まれ、虹色のシャボンみたいな膜が、ドームのように空に張られていた。カレンにあれは何かと聞くと、結界だと言っていた。


慎重に言葉を選んでいたカレンだが、要は炎命者にあと一歩で成れなかった、高位存在にそこまでの器でないと認識された者が、結界を張っているようだ。


結界を一人だけの力で張ってしまうと、あっという間に結界を張った人間がくたばるので、街の人皆の正気(体力とかスタミナとか、生命力って言い換えてもいいかな)を貰って、何とか維持しているらしい。



ごつごつした甲冑姿の男が、門の前に数人佇んでいる。この街に入る時も、ミカノが彼らのようなおっかない見た目の連中と随分話し込んで、ようやく入れてもらえた。警戒しているのか、ピリピリとした雰囲気だ。歓迎されてない。


街の中も、良いとは言えなかった。どんよりとした重苦しい空気が、あたりを呑み込んでいる。往来に人の姿を見かける事は少ない。


街は広いだけで、がらがらだ。弾むような明るい声が、聞こえる事もない。商店もぽつぽつとあるが、いかんせん活気がない。寂れた商店街でも、もう少し賑わっていると思う。見かける人見かける人、皆疲れ果てたような顔をしている。



「なあ、街ってのはどこもこうなのか?」


俺はカレンに声を潜めて聞いた。カレンは苦笑した。どうやらこの世界は、思っていたよりも良くないみたいだ。住民が悪いのか、状況が悪いのか。それは分からないけれど。



「買い物、しましょうか」


街の様子を見て、沈んだ俺を気遣ってか、カレンが元気よく言った。


「一緒に?」


「…?ええ、もちろんです」


何を当たり前な事を、と言うように彼女は首を傾げた。嬉しい。彼女の申し出は、俺にとってすこぶるに有難いものだ。気分が高揚に高揚した俺は、夢見心地に今まで一度も言った事のない、憧れの台詞を言ってみた。


「何だか、デートみたいだ。……なんて」


ふわふわと俺の口から半ば無意識に出たそれは、正直気持ちの悪い言葉だったと思う。会って一日も経ってないぞ、軽薄すぎる。


言った瞬間、何を言ってるんだ俺は、嫌われたかなと青ざめた俺がカレンをちらと見ると、その顔はほのかに赤面していた。その反応は卑怯だ。何だかこっちまで恥ずかしくなって、顔が赤くなる。


「……行こっか」


「……はい」


お互い、この限界状況から必死に絞り出したのか、蚊の鳴くような小声だった。こういうの、青春っていうのかな。俺は経験した事ない。思い返せば、生前は平凡な人生の更に下だったみたいだ。こういう誰もが通ると言われている恋愛なんて、一度も経験ない。大人は嘘つきだ。俺は通らなかったぞ、そんな道。



街を少し歩き、食料なんかを売っている店で、カレンはいくつか食料を買ったのだが、その時店員は、お釣りの小銭をぶっきらぼうに投げ渡した。接客が悪いというかそれ以前な気もするが、カレンは文句の一つも言わず、それどころか店の商人にお礼を言って頭を下げた。


しかし商人は、そんな事当然だと言わんばかりに肘をついてふてぶてしい態度をとっている。腹が立つ奴だ。無造作に置かれた立て看板も、店の中も薄汚れているし、店内に品物は殆ど置かれていない。売れて無くなったのではなく、元々ここには無いようだった。


帰り際、成る程店がこれじゃあ客が来ないわけだ、というような哀れみにも似た侮蔑の眼差しを店主に向けた。向こうもそれに気付き怒ったのか、なにやら喚いているが、知ったこっちゃない。鬱陶しい叫びを拒絶するように、俺は店の扉を閉めた。



「何か怒らせるような事をしてしまったんでしょうか…」


店から出ると、カレンが不安そうな顔をしているので、人間疲れると何でもない事で怒りたくなるもんさ、脳に栄養がいってないんだよ、と適当言って慰めた。彼女は、納得していない様子だったけど。

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