最も美しい男(自称)-2
それから、何分かが経過した。が、ナルスは一向に姿を現さない。
「……おかしいな。何かあったのだろうか」
アーシエが首を傾げると、ユイが馬車の荷台の中を整理しながら言った。
「突然呼吸困難になっていたり……炎命者だし、問題無いとは思うけど、何かトラブルがあったと予想する」
「何だか心配になってきました……ちょっと見てきますね」
ユイの言葉を聞いて、カレンの眉がハの字になる。何かあってはマズい、と駆け出そうとしたカレンを、突如上の方から放たれた、大きな声が制止した。
「その必要、まるで無し!」
見上げると、小屋の屋根に、全身にびかびかとした宝石を敷き詰めている、上半身裸の男が、堂々と立っていた。男はニヤリと笑うと、屋根から宙返りで飛び降りた。
「さあ諸君讃えるがいい!余りの美しさに、最早目に毒!光輝も過ぎると目が歪むであろうが!しかし民よ!このナルスを見て、そして賛美するがいい!万物万象の頂点、このナルスの姿を!」
肩にかかるくらいの長めの髪をかきあげ、男が叫ぶと、街の人達は皆、慣れて気怠げな様子で、ナルス様万歳を唱え始めた。ナルスも皆を煽り、まるでバンドのコンサートのようだ。
「では異邦人達よ!この街に何をしに来たか、このナルス直々に聞いてやろう!さあ、恐縮して話すがいい」
「ボク達は旅をしていてね。長い時間移動に費やしたものだから、この街で少し休憩がしたいんだ」
「旅だと?」
「はい、仇魔を倒す旅を」
それを聞くと、ほう、と感心したような様子で、ナルスは言った。
「中々に素晴らしいではないか。このナルスにも劣らぬ……いや、流石にこのナルス相手には劣るが!しかし、このナルスの圧倒的な輝きの中においても、かき消されぬ程度には、お前達も光っているようだ」
「……えっと、褒めてるのよね……」
困惑するミカノに、勿論だ、と答えると、彼は振り返り、両手を上げて、街人へ高らかに叫んだ。
「良かろう!では皆、支度をするのだ!今日を祭りと定める!客人達を、さあ存分に祝い、そして自らも楽しむ用意をせよ!笛を持て!祝いの酒を持て!そして今夜を、このナルスの輝きにも負けぬ素晴らしい時とせよ!」
その言葉に、街の人達は歓声を上げた。どうやら、彼は変わった男ではあるが、きちんとこの街を治めている名支配者のようだ。街の人達の、弾けるような笑顔からも、それが伺える。
「ふっ、やはりこのナルスほどに、良く、そして善く、街を、民を支配している者など居まい!そうだろう、旅の者よ。さあ、口にするがいい!このナルスこそが、最良の統治者であると!」
しかしこの男、呆れるほどにビッグマウスだなあ。いや、悪い人では無いと思うのだが。ナルスのキャラクターがお気に召さないのか、ミカノの少し不機嫌な声と、それをなだめる声が、荷台から聞こえてきた。
それから日は沈み、夜になった。篝火の薄明かりに照らされた街に、人々の楽しそうな声と、祭囃子のような音楽が響いた。
浴びるように、樽に入った大酒を飲み、顔を真っ赤にしたナルスは、賑やかな街を見て楽しんでいる俺たちに、こう話しかけてきた。
「眉目秀麗のこのナルス、当然ながら人を見る目を一級品なのだ。そう!お前達も中々に良い者だという事も、このナルスならば容易く見切れた!……そこで、お前達に頼みがある」
「頼み?」
「この街の付近に、やや規模の大きい仇魔の拠点がある。これまでは、このナルス不在の街が気になって、中々討伐に行けなかった。ああ、このナルスが偉大過ぎるが故に!
……しかし、お前達の中の炎命者が、この街に残って、守ってくれるなら話は別だ。このナルス直々に、栄光ある聖戦を、街に襲い来る、愚かな仇魔に仕掛ける事が出来る。そう、聖戦である!輝かしき、聖戦だ!大義はこのナルスの内にあるのだ!」
「まあ、それくらいならお安い御用だよな」
仲間達も頷いた。しかし、自分が居なくなった街が心配で、仇魔の拠点を討伐しに行けなかったとは、口調とは裏腹に、中々に慎重だと思う。街には結界も張られているが、しかし中には結界を物ともしない仇魔もいるようだから、圧倒的な力で街を治めている炎命者というのも、中々大変そうだ。
「しかし旅の者よ。お前達は、このナルスに同行する者を、一人以上は選ばねばならん。全員をこの街に置いておくというのは……勿論、このナルスの慧眼!信頼出来る人間を誤る筈も無い!……が、一切の失敗の可能性を排除し!万全を期してこそ、このナルスにふさわしい、輝かしき、美しき戦であるが故に!」
最もだ、という事で、誰がこの街に残って守護をし、仇魔の拠点に向かって攻撃をするのか、決める事となった。
まず名乗り出たのは、カレンだった。曰く、自分の力は、そこまで街を防衛するのに向いていないとの事だ。確か、延々と敵を貫くレーザー光線を武器にしていたと思う。他にも様々な力が使えるとは思うが、他の仲間よりかは、防衛というより攻撃向きだ。
「うむ、このナルスが感謝しよう、勇敢なる異邦人よ。我が街のために、力を貸してくれるとはな。では、このナルスに同行する名誉を欲する者は、これで終いか?」
「いや、俺も一緒に行くよ」
「ほう!中々殊勝である!いや、このナルスの徳を考えれば、当然か……!」
「おいおい、大層な考えをするなあ、トキト君。まさかあいつに惹かれちまったか?」
一人盛り上がっているナルスを見ながら、ひそひそと耳打ちしてきたカルロに、街に居るよりかは、仇魔の拠点に向かった方が、いくらか……こういう言い方が正しいかは分からないが、楽しそうだ、と思ったからだ、と返しておいた。