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最も美しい男(自称)-1

「トキト、そろそろ変わってくれない?」


「おう」


手綱を握っていたミカノに、そう頼まれたので、喜んで承諾した。ぴょんと御者台に飛び乗り、手綱を握る。よろしくな、とラーハに声をかけ、ぽんぽんと叩いて撫でると、上機嫌に鼻息を立ててくれた。多分。


手綱を握っている間は、暇だ。特筆すべき事などなあんにも無い。いや、荷台にいてもそんな感じだが、ひどく無である。


ただ漫然と馬に歩を進めさせている俺が、一体何を話すべきなのだろうか。景色の話だろうか?木々が馬車を取り囲むように生えている。圧巻だ。はいお終い。


はたまた仇魔の話をするべきか?ちょくちょく襲ってくる奴も居るが、そのどれもが小粒で、すぐに倒せる。丁度部屋に入り込んで来た、鬱陶しいハエを払うような、あんな感じだ。仇魔の話も、これで終わり。もう話す事も無くなった。


これは俺の悲しい性なのだが、一人でこう黙々と作業や仕事をしていると、ひどい気怠さに襲われて、他の事にあまり気が向かなくなるのだ。手綱を見て、ラーハを見ると、もう俺の視野は塞がっているようなものだ。


こうなってくると、早く街に着かないかな、だとか、早く交代したいな、というような、考えても仕方ないような事が、脳内をぐるぐるしてしまう。きっと今の俺は、玩具に飽きた少年のような目をしているだろう。


「おいトキトよう、この旅は随分と暇だなあ」


大きなあくびをしていると、カルロが幌から顔を出して、俺に話しかけてきた。


「こんなもんだよ。でも炎命者は、いつも命を賭して仇魔と戦ってて、疲労もかなりのもんだ。寝ようと思えばすぐだから、あんまり長旅に感じないんだよなあ。炎命者じゃないお前は、どうなのか知らないがね」


「たまらねえよ、暇の乗算だ。今の俺なら、あくびでトンボを落とせるね」


カルロは受け答えが非常に早く、あまり考える事なく発言する。そのため、彼の言葉のいちいちを、深く受け止めるのは、意味が薄い。要は、常に話半分に聞いておくのがいいのだ。


「そんなに暇なら、将来の事でも考えてな。街に着いたら、俺たち一行と別れてその街に住むのか、それともこのまま俺たちと旅をするのか選ばなきゃいけないからなあ」


「馬鹿言うなよ。そんなの、美人揃いのご一行と一緒に、旅を続けたいに決まってるだろ」


「正直だな。しかし、単純と言うかなんと言うか……」


「美人の側に居たいと思うのは、男の性さ」


当たり前の話じゃないか、とカルロは珍しく真剣な顔で言った。非常に良い外見に加えて、うちの仲間たちは、中身も凄く良いので、カルロの気持ちも良く分かる。単純に人として、彼女達は非常に魅力的だから。



そんな感じで、俺とカルロが雑談に花を咲かせていると、やがて遠くの方にぼんやりと、きちんと結界が張られている、石造りの街が見えてきた。


「小さな街だなあ」


カルロがぼそりと呟いた。


「しかし、活気はありそうだぞ」


「みたいだな。美人が居ると嬉しいんだがね」


街に着くと、クワを振り上げて農地を耕している人、馬小屋で馬の世話をしている人達が、興味深そうにこちらを見てきた。馬車の周りをぐるぐると囲むように集い、ラーハの歩みに合わせ、好奇の目をしながら、ゆっくりと着いてきた。


「こんなに注目されるなんて、なんだか気恥ずかしいな」


街の人達の、どこから来たのか、街にどれくらい止まってくれるのか、という質問に答えながら、俺がそう言うと、街の中心部にある小さな小屋の窓から、ぬるりと手だけが姿を現し、こちらを指差すと、怒号にも似た、男性の大声が聞こえてきた。


「気恥ずかしいだと!?誰だそのような事を言うのは!?その声!この街の者では無いな!注目を!喝采を!浴びる事が気恥ずかしいだと!?まさかそれほどの醜き者がこの街に来たと言うのか!?」


「いやあ、ナルス様。そういう事では無いと思いますよぉ」


馬車の周りを囲んでいる、麦わら帽子を被った、恰幅の良い中年男性が、大声のした方に向かって、慣れた様子でそう言った。


「ならば!古今東西森羅万象一切合切有象無象!あらゆる全てを超越した、美の頂点たるこのナルス自らが!まさしく神に成り代わって!いやもはやこのナルスこそが神とも言えるが!そうこの栄光輝くナルスが、真理たる裁断を下してくれよう!客人よ!そこで待っているがいい!そして世界を揺るがす圧倒的なナルスの美を!さあいざ座して心待ちにせよ!そして震撼せよ!」


「……そういう事だそうで。ナルス様は、この街を統治しておられる炎命者なので、ここは一つ、あの方の強烈な人柄も、堪えて下さいな」


男性は、農作業で流した汗を拭いながら、苦々しい笑みを見せた。


「……面倒臭そうな事になってきたわね」


ミカノが幌から顔を出して、げんなりとした様子で言った。


「街を統治する個性的な炎命者、良いじゃないですか。どんな人であっても、実際街を治めているのですから、僕は何か魅力ある、素敵な方だと思います」


「そうですね。きっと悪い人では無いですよ」


セレインとカレンは呑気なものだ。人を疑う事を、極力拒む。ナルスという男、果たしてどんな人物なのかは分からないが、ともかく変わり者だという事は確かだろう。不安である。

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