表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/77

きっと荒野のナイスガイ-3

さて饒舌に皆と話していたカルロだったが、やがて自分の話に対する反応の弱さから、少し不安そうな表情になった。


「なあ、いつもこんな感じなのか?」


「こんな感じって?」


「会話が盛り上がらない、この感じだよ……」


「うーん……言われてみれば、いつもこんな感じなのかも」


リリィがあっけらかんに言うと、カルロは信じられない、とばかりに困惑の色濃い声になった。


「おいおい、毎日こんな葬式気分だなんて、気が滅入っちまうよ」


「……そうなの?」


何分、違和感なく、旅の間はこうした静かな時間を送ってきたのだ。ある日突然それを疑問視されても、ピンとこない。なんとも不思議そうに、リリィが言った。


「私は、沈黙も気になりませんから……」


カレンが苦笑いすると、ミカノも続いた。


「そうね。誰かに悩みがあるなら、もちろん聞くけど、それ以外は無理して聞く物でも、話す物でも無いと思っているから」


「多くは語らずとも、皆信頼出来る友、という事ですね。ああ、なんと素晴らしい」


セレインが、どこかうっとりと、頰に手を当てた。確かに、仲間達の事は詳しく知らない。知らなくとも、何故か心から信頼している。もちろん、こうした大人数で旅をしており、悪意がのさばりにくい環境もあると思うが……


その人を詳しく知らずとも、命を預けられるか否かくらいは、きっと判断する事が出来るだろう。俺の直感や本能が、仲間達は信じるべき存在だと告げている。それらはきっと、そこまで不確かなものではあるまい。一度仲間を信じると決めたからには、最後の最後まで信じきらねば嘘だ。


「会話が無い、静かな時間。私は好きよ」


ミカノは、曲げた膝に頰をもたらせて、気怠げに言った。ユイも、こくりと頷く。そういえば、沈黙が苦にならない間柄というものに、この世界に来る前は憧れていたが、今では自然とそれが成立している。皆が黙り込んでいる時間さえ、もはや退屈ではないと感じるようになったのは、旅を通して変わった点だ。カルロにはそうした感覚がどうも理解出来ないらしく、ミカノの言葉を聞いて、不思議そうに首を傾げていた。




やがて、俺たちを乗せた馬車は、凹凸激しい荒野から、焦土のように、比較的平らではあるが、大地にいくつものヒビが入った領域へと足を踏み入れていた。

そこには、黒ずんだ枯れ木が、ぽつぽつと、間を開けて寂しげにあり、灰色の煙がもうもうと地面から立ち上っていた。馬車の幌の隙間から入ってくる、毒々しい空気が肺を刺す。


「ざらざらして、トゲトゲとした空気ですね」


「全く。肌が荒れそうで嫌になるわ」


うんざりしたように咳き込みながら、カレンとミカノは言った。



異変を感じたのは、それから暫くしてからだった。彼方の遠くで、地響きのような、不穏な音と揺れを感じると、素早く幌をめくって辺りを窺う。


すると、地面に次々と、深い亀裂が入り、脆い地面に巨大な穴が空いた。穴からは、風切り音と共に、不気味な黒い影だけが見える。


「仇魔かもしれない!迎撃準備を!」


ラーハの手綱を握っているアーシエが、声を張り上げた。


「ひいいっ!も、もしかしてまたあいつかよぉ!?ああ、どうかマイゴッド!命はお助けをぉ!」


カルロは、頭を抱え端で怯えていたが、彼を励ますよりも、臨戦態勢を整える方が優先すべき事だろう。


「誰が出る!?俺が行くか!?」


「いえ、僕が行きます!」


そう答えて、一歩踏み出したのは、セレインだった。強い風で、彼の長いスカートが、ばさばさとなびく。すると、馬車を追うように次々と穴が開き、重く低い、海底深くから聞こえてくるような音が、地面や空気を大きく揺らした。


「おお、神よ……どうか皆を守る力を……!」


セレインは胸の前で、小さく十字を切って、馬車から飛び出し、亀裂広がる大地の上に降り立った。


「おい!おいおい大丈夫なのかよぉ!?もうアイツが来てるかもしれないんだぞ!?」


「だからこそだ!セレインを信じて、黙って見てろ!」


俺がそうして、騒ぐカルロを静かにさせると、セレインの身体が、みるみると紫色に染まっていき、角や尻尾が生えていく。いよいよ炎命者としての力を解放したのだ。


「……おいおい……まるで、悪魔だ……」


飢えた猛獣のような、セレインの咆哮を聞いたカルロは、眉をひそめて呟いた。確かに、今の彼の見た目は、まるで悪魔のような異形であるが、しかし、頼りになる力を持っている。


セレインはゆっくりと、その強靭な足を上げると、勢いく地面に打ち下した。するとセレインの前方の地表が、大きな亀裂が入ったかと思えば、轟音を立てて崩れ去った。


さらに彼は、巨大な黒炎をそこに放り投げる。地表という皮を剥がれ、隠れされた姿を現した地下から、火柱が上がる。その地中深くから聞こえてきたのは、水中のような反響をした、法螺貝に似た鳴き声であった。


「あ、ああああ……!アイツ!この音だ!街を破壊した、アイツの音だ!」


カルロが、震える声で悲痛に叫んだ。トラウマを刺激された人間のように、えずくような言い方だった。そんなカルロを、俺は激励する。


「セレインが居る!俺たちが居る!だから恐れるな!」


そう言いながら、俺は遠くの地を見ていた。すると、突然黒い塊が地中から飛び出し、空を覆った。その仇魔は、大きさといい姿といい、まるで鯨のようだった。


飛び上がった仇魔は、この世界の、地球に似た重力に任せて、そのまま落下してくる。そうした、巨体による質量こそが、あの仇魔最大の凶器だろう。空から日の光を消し去るほどの巨躯が、地中に落下してしまえば、その衝撃は計り知れない。炎命者ではない、ラーハやカルロは、きっと無事ではすまないだろう。


だからこそセレインは、ぶるんと肩を回し、ひょうと放たれた矢の如く、一直線にその仇魔に向かっていった。眼前に広がる、戦艦のような、圧倒的な仇魔に。悪魔のような、邪悪な外見になったセレインは、両手を左右に大きく広げると、勢いよく閉じ、祈るように合わせた。


それに呼応するかのように、禍々しい装飾が施された黒の門が天空に現れ、鯨のような仇魔の落下を受け止めた。


凄まじい質量と、セレインが出現させた門が衝突した時の衝撃は、恐ろしいものだった。その時発生した、大気が持ち上がるような衝撃波は、咄嗟に力を解き放った、狼姿のアーシエの咆哮によって、見事かき消され、それをカルロは手を叩いて喜んだ。


「これで終わりです!!」


セレインが叫ぶと、空中の仇魔を止めている黒い門が、重い音を響かせながら、ゆっくりと開いた。門から、針のように細長い指をした、肉が削ぎ落とされ、骨だけになっているのでは、と思うような黒ずんだ手が、ゆっくりと仇魔に向かっていき、科学本に載っているような、ブラックホールに似た物体が見える、門の中に引きずり込んでいく。


耳をつんざくような仇魔の咆哮が、緩やかに薄れていき、そして門の中に消えていった。



「……おい!おいおいおいオイ!すげえじゃねえかよ何だありゃあ一体全体よぉ!俺には何が起きたのかサッパリだけどさぁ、まるでマンガや映画のスーパーヒーローじゃねえかよ!マジかよ、イケるぜミリオンヒット!」


そんなセレインの勇姿を見て、カルロは、俺の肩を何度か叩きながら、随分な音量で、ハリウッド映画の感想を友人と語り合う時のように、大いに沸き立っていた。


セレインが此方に帰ってくる時も、彼は英雄の凱旋を歓迎する民衆のように、満面の笑みで手を振っていた。が、炎命者の力を解除したセレインが、やはり喀血した時は、青ざめた顔で、ひどく取り乱し、しきりにセレインの身を案じていた。


「お疲れセレイン。大丈夫か?」


「え、ええ。なんとか……」


俺が手渡した、安っぽい木綿のハンカチで、口についた血を拭いながら、セレインは苦笑した。慣れた俺たちの反応に、カルロもそういう物かと認識したようだ。



「しかし参ったなぁ。頭がおかしくなったのか、それとも夢でも見てるのか、ってくらいに、理解が追っつかない。自分が見てきた事が、到底信じられん。脳がパニック起こしてるよ。カーニバルのお祭り騒ぎだ」


「後半意味が分からないんだけど。まったく、脳を通した会話をなさい」


仇魔の襲来、炎命者の力を初めて目の当たりにするという、大きな出来事を体験したカルロは、眉間に指を当て、シワを寄せていた。




セレインの活躍もあり、仇魔を倒した俺たち一行は、旅を続けるべく、また馬車を走らせる。いかに強大な仇魔を倒したとしても、旅の最終目的からは、些細な事である。


魔神主柱を討伐し、倒しても倒しても、何処からともなく補充され、永遠に思える仇魔の脅威を何とかする、というのが、旅の目的であるが、そのためには魔神主柱に辿り着かねばならないわけで。悠長に馬車を止めていい時間など、ほとんど無いのだ。


馬車の幌をめくって見える光景は、そのほとんどが画一的であったり、既視感あるものだったりする。見た事のある風景、風景、風景。人の住む街なんてぽんぽんあるわけじゃないし、動物だって、デカいサイズのやつは、そうお目にかかれない。


そうなると、目に入ってくるのは、草木や岩石といった自然達になってくる。それが悪いという事では無いが、幌をめくると、羽虫が入ってくる事もあるので、積極的に外の景色を見ようとは、皆思っていなかった。しかし、カルロはそうではなかった。暇さえあれば幌をめくって顔を出し、植物達を観察していた。


今はもう、そこまで規模が広くなかった、荒れ果てた野を抜け、辺りは比較的温暖になり、緑の色も増えてきていた。そんな時、カルロはぼそりと呟いた。


「ありゃあ、オリーブじゃねえか……?いやホント、ソックリだなあ……」


「何それ、何かの名前?」


「植物の名前だよ」


「ふうん、何か本で見た事もある気もするけど……そういうの、あんまり気にしてなかったかも」


ミカノが僅かに身を乗り出して、興味深そうにカルロの話を聞いていた。そう言えば、あんまり植物の名前に注視する事が無かったな、なんて呑気に考えていた時だった。カルロは、俺たちの方へ振り返ると、今までの軽い口調とは変わって、重たく口を開いた。


「なあ、俺が、こことは違う世界から来た、って聞いたら……驚くか?」


……彼としては、一生一大の告白だったのかもしれない。違う世界、違う価値観、違う文化の人間と知られれば、もしかすると差別のような扱いを受けるかもしれない。しかし、帰って来た答えは、あっけらかんとしたものだった。


「ううん、全然」


「……あれ?」


「だって、トキトも、ユイもそうだもの。あなたも地球から来たんでしょ?」


「マジかよ……自分の事を、異世界から来た、特別な存在だと思ってたのに……まさか普通に居るとは、かなりショック……」


カルロは肩を落とした。確かに、オンリーワンに憧れる気持ちは分からなくも無い。



「しかし……お前らも異世界から来たんだろ?だったら、分かるだろ?」


「何がだ?」


その時のカルロは、まるで友人同士が集まって、怪談話をする時のように、声を潜めて、そして表情を引き締めて、こう言った。


「……違和感だよ。この世界、おかしくないか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ