きっと荒野のナイスガイ-2
「……ええと、もう少し質問いいかな」
カレンに泣きついていた男が、また落ち着きを取り戻し始めると、アーシエが申し訳なさそうに言った。
「ああ……ばっちこい」
「それじゃあ一つだけ。その黒い塊が来る前を思い出して欲しい。空に、虹色の膜のようなものが無かったかい?」
「そうだなあ……確かあったな」
「……ふーむ、どうやら手強い仇魔みたいだね」
虹色の膜とは、結界の事だ。それがあったにも関わらず、仇魔はこの街を破壊したのだから、あの結界を打ち破った事になる。そんな仇魔が、まだこの辺りを徘徊している危険もあるし、この街に留まるメリットも無さそうだ、と皆いつでも出発出来るように準備を進めた。
「この街も危ないし、あんたも一緒に来なさいな。次の街までちゃんと送ってあげるわ」
「だ、大丈夫なのかよう。あんな奴とはもう会いたくない……というか、次に会ったら今度こそ殺されちまう……見つからないように、なんて出来るのか……?」
彼は怯えていた。生身の人間には、仇魔なんて目に見える天災のようなものだ。さぞかし不安だろう。
「見つかっても問題ないわ。私達は炎命者なんだから、仇魔なんて返り討ちに出来るもの」
「きゅ、仇魔……?炎命者……?」
聞き覚えの無い単語に首を傾げる彼に、ミカノは出立の用意をしながら、簡潔に言った。
「詳しい話は馬車でさせて。とにかく、私達は普通の人間とは違うし、大抵の化け物にも負けないから安心なさいって事。それで、ここに長居して、仇魔に出くわすのも良くないから、なるべく早く出発したいってのが、今の私達の本音。だけど、ま、いきなりこの街を離れるってのもアレでしょうから、あんたが此処に別れを済ませてからね」
「い、いや、その心配は無い。もう出発しちまおう。……それで、あんた達が、あの化け物から俺を守ってくれるんだな?それで良いんだよな?死なない程度に、飯は食えるんだよな?信じて、いいんだよな?」
男は、きょろきょろと、挙動不審気味に辺りを見回しながら、尋ねた。仇魔という脅威の影に、怯えているのだろう。そんな彼の不安を払拭しようと、ミカノはかなり語気を強くした。
「ええ、安心なさい」
「……分かった。他に頼るアテも無いし、会ったばかりだが、もうやけっぱちに信じるしか無さそうだ。俺も馬車に入れてくれ。違う、入れて下さい!お願いしますっ!」
「おー!よろしくなー!」
勢いよく頭を下げた男の背中を、リリィが笑って叩いた。
ユイは、街の残骸から食料などを調達出来ないか散策していたが、どうやら諦めたようで、急ぎ足で馬車に戻ってきた。セレインは、石が積み上げられた墓に向かって、熱心に祈りを捧げ終えたのか、力強い足並みで帰ってきた。
皆が乗り込むと、早速馬車は動き出した。また一人乗員が増え、ほんの僅かに速度が落ちた気がしないでもないが、ミカノの炎命者としての力である、式神によって、手厚いサポートを受けている上、元々ラーハという馬は、探しても探しても見つからないほどの、稀有な良馬なようで、十分に速かった。
新たに馬車に乗り込んだ男は、顔色こそ悪かったが、その口数は、先程と比べ物にならないほど多く、美少女ぞろいの仲間達を口説いたりしていた。皆華麗に流していたが。しかし虚勢でも何でも、男がそれを出来るだけの余裕があるというのは、素直に喜ぶべきかもしれない。
「ひとまず大丈夫そうですね」
セレインが安心したように言う。美少女に囲まれて調子の出てきた男は、熱を帯びた舌で、今度はユイを芝居掛かった様子で口説き始めた。
「ああ、海より深き聡明な瞳をした方!私は貴方の事を知りたい、いくらでも話をしたい!願わくば、手を取り合い、一緒に野原を駆けたい、同じ時を過ごしたいのです!いかがですか、美しき方!」
「……名前」
「え?」
「私はあなたを何て呼べばいいの?」
その言葉を、脈ありと受け取ったのか、男はさらに語調を上げる。
「嗚呼、青々とした草原に咲く、花より麗しき方!私の名前は、アレッシ・カルロ。カルロとでも呼んで下さい」
「カルロ。……そう」
「…………え?そうって……」
脈ありだと思っていた相手との会話が、こうもあっさり途切れてしまう事を予想だにしていなかったカルロは、きょとんとする。ユイは、そんなカルロに意を介さず、馬車内ではあるが、またどこか虚空を見だした。
「脈無しよ。大人しく諦めなさい」
ミカノがふん、とカルロをたしなめる。結局、彼は俺以外全員を口説いたが、その成果はゼロだった。彼はセレインを口説いたりもしていたが、彼の性別を知ると、嘘だろこんな人が、と上ずった素っ頓狂な声を上げていた。
「もしかしてだけどよう、皆お前が囲っちまってたりするのか?こんな美人達をさあ」
一通り仲間達と話をした後、カルロが俺に絡んできたのだが、その絡み方が面倒臭い。事実無根だと言っても、本当か、お前玉無しか、と疑いの目を向けてくる。……こいつは、一生落ち込んでたほうが良かったかもしれない。
炎命者になって時を重ねるにつれ、そうした感情は薄れていったので、本当に何も無い。出会ったばかりの頃は、皆の美しさに惚けていたりしたが。人としての好き嫌いはあっても、恋愛対象としての好き嫌いというものが、俺の中に前ほど残っているかは、正直自信が無い。皆魅力的にも関わらず、そこそこ長い期間、そうした恋愛的な事まで行ってないんだから。
……いや、ただ俺には意気地が無いだけかもしれない。