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きっと荒野のナイスガイ-1

そんな訳で、俺たち一行にセレインという新たな仲間が加わったが、馬車内に大きな変化は無かった。必要以上に関わろうとせず、しかし困った事があれば、親身になって支えてくれるその距離感は、一緒に居て心地良い。


ただ、セレインに対しての些細な要求、例えば、そこのコップを取ってくれ、という日常の会話ですら、彼の代償は働き、『分かりました』と死んだ顔で実行するので、困りはしないが、どうしたものかと皆悩んでいる。実際、その時コップを受け取ったミカノは、そんなつもりでは、とセレインに謝っていた。


まあ、その程度の些細な悩みは、規則的な日々を繰り返す旅に、少しばかりの新鮮さを与えてくれるので、むしろ歓迎すべきかもしれない。



さて、セレインのいた街を出て、森を抜けると、一面の荒野に差し掛かっていた。地面の凹凸激しく、背の低い草が、僅かに生えている。


荒野では、大小様々な仇魔を散見したが、大した強さでは無く、あっという間に蹴散らす事が出来た。しかし、辺りを見渡しても見渡しても、荒野である。何日経っても荒野、荒野、荒野。その代わり映えしない風景は、暇だなあ、と皆の眠気を誘う。


次の街はどんなのだろうなあ、変な街じゃないといいけどなあ、などと他愛もない事を話していると、馬車の速度が急激に落ちた。



皆がどうしたのだろう、と一斉に馬車の幌から顔を出すと、そこにはボロボロに崩れ去った建築物らしき物があった。辺りに散らばった、建築物の残骸は、廃墟と言うのも躊躇うほどにバラバラで、もはや原型を僅かにしか残していなかった。


ここも仇魔にやられたのか、と俺たちは馬車を降りて、生存者が居ないか捜索を開始すると、無骨な石が積み上げられた、墓のような物が、あちらこちらで見受けられ、セレイン達は、それに向かって祈りを捧げている。もしかすると、まだここに誰か居るのかもしれない。


粉々になった建物の瓦礫をどかしながら、しばらく散策を続けると、やがてカレンが一人、まだ息をしている男性を見つけた。その男は、西洋人風の整った顔立ちをしていて、身体はやや筋肉質である。彼は、ぼろぼろの薄いベニヤ板を屋根にし、また硬そうな地面を床にして眠っていた。



どうやら彼の他に生存している人間は居なさそうなので、彼に何があったのか聞くしかあるまい。ユイがぶっきらぼうに、男の肩を揺らすと、男は気だるそうに身体を起こし、こちらを見ると、猫科動物のように、目を大きく丸くした。


「……あ、あれぇ……?こ、こりゃあ夢か……?人が、人がいるなんて……」


ぽかんと口を開け、目先の光景が信じられないとばかりに、何度も目をこする男の手を、カレンは優しく握ってこう言った。


「この手の感触はどうですか?夢だと思いますか?」


「あ、ああ、あああ……め、女神……」


男は涙を流して、カレンの手を握りしめる。それにカレンは少し戸惑っていた。


「女神、ではありませんが……貴方と同じ、人間ですから、どうか安心して下さいね」


カレンが柔和な笑みを浮かべると、男は一層強く泣き出した。それを見て、確かに、女神に救済の手を差し伸べられた人のようです、とセレインが言った。男はそのままわんわん泣きながら、カレンの腰に抱きつく。


「撫でて下さいよぉ!俺を撫でて下さい!化け物が街を襲ったんですぅ!怖かったんだ!漏らしたりもしたよこの年でさぁ!でも仕方ないじゃないか!皆死んだんです!だから頑張ったねって!偉いねって!俺を褒めて下さい!甘やかして下さい!辛い思いをしたご褒美を下さいぃ!」


凄い勢いでまくし立てる男の頭を、カレンはまるで泣き喚く赤子をあやす母親のように、優しく撫で、大丈夫ですから、と我が子を労わるような暖かい声で囁いた。そういったカレンの献身あってか、やがて男は落ち着きを取り戻し、ゆっくりとカレンから離れ、恥ずかしそうに咳払いをした。


「い、いやあお見苦しい格好を失礼失礼!本来俺は女性を甘やかす、天才的な色男なんだが……心身の疲弊から取り乱してしまった。ハンサム反省。……頼むからさっきの事は忘れてくれ」


結構インパクトある光景だったから、忘れようと思っても忘れられる物じゃないと思うのだが……ミカノなんて、あの光景に後ずさりすらして、うわあ、と口に出していたし。


「勿論、努力するよ。……ところで、思い出させるようで悪いけど、この街にどんな事があったんだい?勿論、言いたくないなら、それでも構わないけどね」


アーシエが男に質問すると、彼は暫く考え込んだ後、何か黒ずんだ記憶を脳内から引きずり出すように、ゆっくりと話し出した。


「ああ、一体なんて言うべきか……もしかすると、信じてもらえないほどに、あれはまさに白昼夢だった。荒れ果てた地面に突如としてヒビが入り、巨大な黒い塊が宙を飛び、街に向かって着地すると、全てが弾け飛んだんだ。人も、建物も。俺は、吹き飛んだ家屋の破片が突き刺さっただけで、死にはしなかったが、他は全滅さ。死んだと思ったら、この訳の分からない世界に来て……会って間もない人達ばかりだったけどね、見ず知らずの俺にも優しくしてくれて……」


そこまで言うと、男の目にはまた涙が見えた。男はがくりと膝をつき、うな垂れる。


「ここは何なんだよぉ……あんな奴居るなんておかしいだろぉ……何なんだよホント……もう訳分かんねえよぉ……」


「だ、大丈夫ですから、ね?」


カレンがまた優しく手を握る。身長は、男の方が随分高いが、その光景はまるで母と子のようである。ただ、男が仇魔の脅威で弱っているのは十分伝わってきたので、これは仕方がない事だろう、と皆理解を示していた。


「頑張れー!男の子だろー!」


しかし、リリィが優しく励ますと、まるで幼子のような見た目の彼女に慰められたからか、男はまた、情けなさからおいおい涙が止めどなかった。

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