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悪魔なシスター-5

ガスフォードを支えながら、街へ戻ると、そこには仲間達とセレインが、何か話をしていた。此方に気付くと、まずリリィが真っ先に駆け寄ってきた。小さな歩幅だが、元気の良い足並みは、中々に速かった。


「良かった!……無事かトキト!?」


「炎命者の力を解除すれば、何日か寝込む事になるかもしれないが……ま、大事ないさ」


炎命者同士の戦いだったので、解除した時の事を考えると、今から不安になるが、今は無事を喜ぼう。


「話は聞いたよ。どうも大変だったみたいだね」


アーシエが呑気に言う。これからも大変なんだよなあ、と俺は横を向いた。正面切って皆の顔が見れそうも無い。


「……実はな、もうガスフォードに、炎命者としての力は無いんだ」


「はあっ!?」


俺の告白に、ミカノが素っ頓狂な叫び声を上げた。俺が、皆に現状を説明すると、アーシエは眉をひそめた。


「まあ、仕方ない事さ。僕だって、そんな光景を見せられたら、平気ではいられなかっただろうし。ただ、街に残る炎命者が、セレイン一人というのは……あまり良くないかもしれないね」


セレインは、代償で拒否が出来ない。例えば悪意を持った間抜けが、誰かを殺して、とセレインに頼んだ時も、断る事が出来ないのだ。なんとも恐ろしい状態。ミサイル発射装置が、街全員に行き渡っているようなものだ。


「この街に、社は無いの?とにかく交神石があればいいわ」


「……それがですね……」


セレインは、少しの間口をつぐむと、やがて重々しく開いた。


「もう、無いんです。美しく黒いあの石は、この街ではただの装飾品としか見られなかった……炎命者が二人も居るのですから、仕方ないかもしれませんが。この街の交神石は、バラバラに砕かれ、街を彩る宝石のように、至る所に飾られています」


ミカノは、それを聞き、なんて事!一度失った交神石なんて、きっともう手に入らないわ、と天を仰いだ。


「どうするの、セレイン一人に任せるのは現実的じゃないわ。……この街に聖人君子しか居ないなら話は別だけど、そうじゃないもの。力を良いように利用、というか悪用されるだけよ」


「そんな事言っても、無い物はどうしようもないぞー?」


リリィが首を捻ると、ミカノは街の住人達に向かって言った。


「そうね、私の力でどうにか出来るか、試してみるわ。ちょっと、街中から交神石を集めてきてくれない?」


「はあ?なんでそんな事……」


「……もう!今の街の状態が分かってんの!?」


ミカノが地団駄踏むと、街の荒くれ達は、慌てて街中に散らばった。既にガスフォードを見ているのだ。炎命者に対して、恐れを感じて当然だろう。


「セレインはそれで良いのか?」


「はい。どんなに自由を尊んでも、最低限度の秩序は必要です。ガスフォードさんも、いたずらに僕に関わらないように、という程度の秩序は、作って下さいましたから」


「いや、それもあるが。……そうだな。セレインは、どうしたいんだ?

どうか俺に教えてくれ」


それは、セレインに対する要望であり、同時に、セレインは断れず、真実を言う他無い、悪辣な質問の仕方でもあった。


『分かりました』


セレインは先刻のように、ひどく平坦な調子の声色で、そう答え、続けた。


「正直に申しますと、神都に行ってみたい、と思っています。あわよくば、そこに住んでみたい、とも。僕の憧れなんです」


「神都って?」


「仇魔が襲来する前の、世界の、無二の中心都市……だそうですよ。交神石も、神都から街々に送られてきたらしいので、正直一度失ったら、どうやって手に入れたらいいのか。もしかしたら、神都に行けば分かるのかもしれませんね」


カレンが優しく教えてくれた。成る程、その神都に行きたいというのが、セレインの願いなわけだ。しかし、セレインは、まるで恥ずべき事をした、という浮かない顔で、肺の底の空気を残らず吐き出すような、深いため息を吐いた。


「……忘れて下さい。今は僕の事よりも、街の事です」


「いや、いいんじゃないか?もしも他に炎命者なり結界を張れる人が現れたなら、その時は私事を優先しても」


「……そんな、僕には、とても」


「考えるくらいは良いと思うよ。今仇魔の多くは弱体化していて、倒すのに大した力が必要無いし。それに他の街は、大体炎命者一人か結界だけで何とかなってるからね……どうにもならない事もあるけれど」


アーシエの言葉を受け、セレインは、少し考えます、とフードを目が完全に隠れるくらいに、深く被った。



暫くして、街の人間達が、交神石のカケラを、街中から集めてきた。いずれも、ペンダントやらネックレスやら、ダイヤモンドのような装飾品として扱われていた。


ミカノは、それらをまとめ、大きく息を吸うと、淡い光の式神を出現させた。光は、まるで糸の如き姿へと変貌し、交神石の破片を繋ぎ合わせる。


「上手くいったのか?」


「さあね。とりあえず、誰かやってみて頂戴。あんまり長くは保たないんだから」


ミカノが街の皆に言ったが、誰も彼も、目をそらした。まあ、いきなりやれと言われて、出来るものでもないだろう。炎命者になる決意を固めるのは、相応の覚悟がいる。こりゃ長くなりそうだなあ、とアクビをしていると、群衆の中から一人、瘦せぎすの男が、顔を出した。セレインの教会で、見かけた顔だった。


「……あのう、おいらがやってもよろしいでしょうか」


「当たり前よ。ま、成功するかどうかは分からないけどね」


彼が、まるで割れた水晶を無理くりボンドでくっ付けたような、光の糸で繋がれた、不恰好な姿の交神石に、祈りを捧げるように、頭を垂れ、瞳を閉じて触れてから、少し経つと、彼は生まれ変わったかのように、生き生きとした瞳を開け、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「やりましたぜ、皆さん方!炎命者にはなれませんでしたが、結界を張れるようになりました!」


彼が嬉しそうに口元を緩めると、街の周囲を取り囲む檻の如く、虹色の結界が張られた。


セレインは、そんな空を覆う虹の輝きを暫く眺めた後、ゆっくりとこう言った。


「僕はこの街を離れて、神都に向かおうと思います。いきなりで申し訳ありませんが……」


確かに、いきなりの話だ。街の面々、正確には元、強者達は、猛反発の文句を並べたが、結界の主である彼は、満足そうに頷いた。


「セレイン様が自らの望みを言ってくれた。それだけでおいらはもう、感無量であります。お好きになさって、後はおいらにお任せを!」


誇らしげに胸を張った彼に、街の元強者と持て囃されていた連中が、食ってかかり、胸ぐらを掴む。


「おいふざけんなよお前!好き勝手な言葉並べやがって、覚悟は出来てんだろうなあ!」


今まで見下してきた相手が、いきなり街を仕切ろうとする様が、不愉快に映り、受け入れられなかったのだろう。ミカノが我慢出来ない、と叫ぼうとした時、意外にも彼らを制したのは、力を失い、意気消沈していたガスフォードだった。


「幻影にしがみつくのは、もう止せ。もはやこの街に強者など居らんのだ。俺も、お前達も、ただ一人の人間、弱者でしかない」


言うならば、ガスフォードは元君主のようなものだ。彼が居たからこそ、彼ら強者は、好き勝手出来た。そんな彼の言葉だからか、荒れていた連中の不満も、やや和らいだように感じた。


「ガスフォード……」


「弱者がのさばるなど、ありえんのだ……俺にしてもそうだ。俺もこの街を出る」


「無茶です!仇魔が居るんですよ、炎命者の力が無いと……!」


心配そうに声を上げるセレインに、彼は短く、構わん、と返し、虚空を見た。死ぬ事も覚悟なのか、とミカノは叫んだ。皆、それは察していたし、止めようとは思えなかった。それはガスフォードの、悲痛なまでの覚悟の様子からである。


「……貴方の行為は許せない事ばかりでした……でも僕は貴方という人、そこまで嫌いじゃありませんでしたよ」


「俺は嫌いだったがな」


セレインに憎まれ口を叩くと、ガスフォードはゆっくりとした足並みで、街を囲う柵を飛び越え、森の中へ消えていった。俺たちは、そんな彼の背中が見えなくなるまで、じいっと見ていた。その確かな背中、止めようもない。


「ガスフォードさん……」


セレインの瞳は、僅かに濡れていた。粗暴であったが、しかし、これまでこの街を支えていたのは、確かにガスフォードだった。統治の良悪はともかくとして。




「……では、僕もこれで」


涙を拭いたセレインが、ガスフォードに殺された女性の墓を作り、熱心に祈りを捧げると、やがて俺たちに頭を下げて、ガスフォードと同じ柵へ向かっていったので、カレンが慌てて言った。


「ど、何処へ!?」


「何処って……神都にですが」


「遠く、厳しい道中かと思いますし、私達の馬車に乗ってはいかがでしょうか?速度は、炎命者には遠く及びませんが、人間の歩行速度よりは速いですよ。目立った移動をすると、仇魔に狙われ、攻撃されるかもしれませんから」


セレインは、最初遠慮していたが、やがてカレンの熱意に根負けし、では有難く、と深く頭を下げた。


「寂しくなりますねえ。それでも、元気にやってくださったら、それで十分でさあね」


結界を張った、痩せた男が、セレインの手を握ると、セレインは優しくはにかんだ。


「この街に、また戻ってくるかもしれませんけれど」


実に和やかな光景だったが、元強者の荒くれ者達は、腕を組んで渋い顔をしていた。この街、この先大丈夫かな、と思ったが、結界が無ければ、弱々しい人間の力で仇魔に立ち向かわなければならないのだ。今や強者は、結界を張れる者。きっと、大事ないだろう。結界を張った彼に、謝罪と感謝をしたが、彼は気にしていないようだった。


馬車にまた人と積荷が増えたが、我らが愛馬、ラーハは、何ともないと澄まし顔である。たまにミカノの式神によって、疲労を取り除いたり、補助をしているおかげで、いつだって元気満タンだそうだ。


ゆっくりと、馬車内に腰を下ろしたセレイン。シスター服が可憐で眩しい。振る舞いのどれもが、品のあるしなやかさを持っているため、思わずじっと見ていると、セレインが此方を向いたので、俺は瞳を奪われていた事を、誤魔化すようにこう言った。


「しかし、これで馬車の男女比が偉い事になったなあ」


「……どういう事でしょうか」


「ああ、前から男は俺一人だったんだが、これでまた広がったなあってな」


足を伸ばし、軽く言った俺に、セレインはぽかんと口を開いた。


「……僕は男ですよ?」


「……はっ?」


「ああ、この服が紛らわしかったんですね」


「そ、そりゃあ、勘違いもするだろ……」


俺は思わず目を擦った。何回もセレインを見てみるが、一度染み付いたイメージからか、とてもとても、男には思えなかった。


「最初は要求されて仕方なく着たんですが……そのう、何というか、癖になってしまって……」


セレインは恥ずかしそうに頰を染め、頭をかいた。


「はああ、成る程ねえ……まあ、どんな趣味があろうと全然問題ないんだが……しかし、神様とやらは許してくれるのかね」


「さあ?非力な僕なんかに、神の御姿など、一欠片のでも捉えられませんよ。もしかすれば、天罰なんかを受けるかもしれませんね」


悪戯っ子のように、無邪気な笑みを浮かべるセレイン。果たして笑い事なのだろうか、とも思ったが、次にセレインが言った事を考えると、セレインなりのジョークだったのかもしれない。



「そうだ。これから少しの間、皆様の旅に同行するので言っておきますが、皆様は、神様を信じる必要はありません。強制も推奨もしません。神は、僕の心の中にあり、僕の理想像なのです」


「理想像ねえ」


「自分がこうなりたいと思う姿。それを達成するために、僕は神を要請しているに過ぎません。それは例えば、清く美しい姿であるとか、今の僕など遠く及ばない、絶大なる力を持っているとか。そんな僕の理想像そのものこそが、僕が信じる神なのです」


セレインの言葉は、やはり心を落ち着かせて、思わず耳を傾けさせるような、力があった。それもあって、皆は……ええと、彼、の言葉を、心穏やかに傾聴していた。


「理想像は、追うだけですが、偉大なる神は、僕に御言葉を投げかけて下さるのです。お前はかくあるべし、と。僕は、このような神が居て欲しいと思った。これが僕の信仰です。……ですから、皆さん。必ずしも神を信じる必要はありません。もし信じたとしても、僕が見ている神と違う神を見ていた、なんて事も起きるかもしれませんね」


そう締めくくると、セレインは柔和な顔で、幌から顔を出し、街の皆に向かって、力強く手を振った。



割り切った考えを持っているが、だからこそ彼には、人を惹きつける魅力があるのかもしれない、世に言う教祖なんかも、こんな魅力を持っていたとしたら、宗教が歴史的に強い訳だ、と、先程の街から頂戴した、紅茶をカレンに注いでもらいながら、俺はぼんやり彼を見ていた。

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