悪魔なシスター-3
さて、教会から、さほど時間もかけずにやって来た、ガスフォードの住んでいる場所は、まさに屋敷と呼ぶに相応しい、セレイン達が居る教会とは比べ物にならないほど、巨大で豪勢な建物だった。
豪邸の周辺には、不機嫌そうに顔をしかめている、チンピラのような男達が、何人もたむろしている。人を見かけで判断するのは良くないと思うが……物凄い目つきで此方を睨んでおり、酷い罵声を浴びせてきたので、困った話である。そうした雑音を、気に留めないようにして、俺は扉を開けて中に入った。
さて、豪邸の内部はというと……まるで、王様の居城だ。入って直ぐの、メインホールの中央には、まるで玉座のような、色とりどりの、大きな椅子が鎮座しており、そこに誰か、体格の良さそうな男性が、足を組んで座っている。また、その椅子に向かって、綺麗なレッドカーペットが、一直線に引かれていた。
どことなく、セレイン達の居た、教会の構図に似ており、否応無く、あちらと此処の、内部の美しさを比較してしまう。
眉が太く釣り上がっていて、肩幅ががっしりとしており、人相の悪い、部屋の中央に位置する椅子に座った男は、俺たちを見るなり、遠くまで聞こえるくらいの舌打ちを一つすると、羽虫を払うような、鬱陶しそうな手振りをして、言った。
「何だ、貴様ら……?無礼なゴミ共がよぉ……!おい、俺の屋敷に入ってくる事が、どんな意味を持つのか、知らねえ阿呆か、糞ガキ」
「確かに。挨拶が遅れて御免なさい。お邪魔します」
「……おちょくってんのかカスが……」
いつものように、澄ました顔のまま、ユイが頭を下げると、男は額に青筋を立て、頰をヒクつかせたので、俺は慌てて、間に入った。
「申し訳ない、悪気は無いんです。……俺はトキト。こっちはユイ。あんたが、ガスフォードさん?」
ガスフォードは、何も答えない。ただ、使用人と見受けられる、メイド服を着た女性から渡された、コーヒーカップのような容器に、鼻を近づけ、香りを楽しんでいる。ミカノが居たら、無礼なのはどちらの方だ、と言っているかもしれない。俺も少しムッとしてしまった。
ガスフォードは、依然として、俺たちに興味を示さないまま、カップに口を付ける。すると、彼の目はカッと見開き、カップを運んで来た女性の首を掴むと、まるで命の重さを知らぬ童子のように、何の躊躇いも無く、彼女の首を、曲げてはいけない方向に曲げた。彼女の身体から、生気と力が、根こそぎ抜けていき、腕や足は、棒のようにだらんと垂れた。
奴は、眉一つ動かさず、彼女を殺した。奴の瞳には、いつまでも後悔の色など現れない。ガスフォードは、不愉快そうに、カップを床に放り投げた。カップは、当然衝撃で割れ、中の飲料も周囲に撒き散らされる。それが、女性の死体を無遠慮に濡らした。
「貴様っ……!何をしてるんだ!!」
ガスフォードの暴挙に、俺は思わず声を荒げた。会ったばかりではあるが、おそらく彼の今までの言動からして、歯向かえば戦闘になるだろう。しかし、今の俺にとって、そんな事は考えられなかった。ただ怒りによって、反射的に出た言葉だった。
「……俺は、弱肉強食という言葉が好きでなあ。弱者は強者に媚びへつらい、食われぬようにするのが、道理な訳だ。こいつはそれが出来てない。だから死んだ。それだけの話じゃないか」
ガスフォードは、何故怒るのか、と鼻で笑った。見当違いな事を言う愚か者を、見下すような目であった。
「そんな理論を振りかざすんだ。自分が食われる立場に回る覚悟くらい、出来てるんだろうな……!」
「トキト」
今にも戦いを始めよう、と構える俺を、ユイが窘めようとしたが、他人に言われた程度で、止まる俺では無い。
「物を知らねえ間抜けめ、街の外から来たな?仇魔溢れる道中だ、炎命者で無ければ辿り着ける訳が無い。……炎命者、そうか、炎命者か……!
っはは、ははははは!まさに好機じゃないか!炎命者であるテメエの首を、この部屋に吊るして飾ってやりてえよぉ!」
ガスフォードは、声をあげて笑うと、勢いよく立ち上がり、さも愉快そうに目を細めた。
「雑魚共の相手も、変わらないこの部屋にも、そろそろ飽き飽きしてきた所だ。そうだ、首なんだよ!炎命者との闘争の果てに得られる、首!俺は今!テメエの首が欲しくて、仕方ないんだよぉ!」
「そんなに欲しけりゃ、お前の大好きな力で、奪い取ってみろよ」
「愚問だぜ」
そう返したガスフォードの手には、まるで稲妻のような形をした、杖が握られていた。それと同時に、ガスフォードから、炎命者の力の圧が迸る。彼の屋敷は揺れ、扉や窓が、まるで暴風を受けたかのように軋んでいる。
「……場所を変えよう。街中じゃ、家屋にも被害が出る」
炎命者の戦いは、広域に影響が及ぶ。こんな小さな街一つ、炎命者同士が、少し刃を交えただけで、簡単に吹き飛んでしまいそうなので、俺は踵を返して、一先ず屋敷から出ようとしたのだが。ガスフォードは、それを良しとしないようだった。
「必要ないねぇ、脳無しの甘ちゃんがよぉ!」
ガスフォードは、嘲るようにそう言うと、殺気を感じ、振り返った俺に向かって、手に持った杖を振るった。
その杖は、一振りするだけで雷鳴轟く、まさにガスフォードの、炎命者としての力を、象徴するかのような杖であった。
反応する間も無く、杖から走った稲妻が、目にも留まらぬ速さで、俺に襲いかかって、身体を焼き貫いた。体内に走る、稲妻と激痛に、俺は顔をしかめた。ガスフォードの豪邸の、荘厳な扉も、稲妻によって、音を立てて崩れ去ってしまった。
そんな、激痛に怯む俺を見て、ユイはすかさず、ガスフォードを攻撃しようと構えたが、そんな彼女を、俺は右手で制した。ガスフォードのような奴は、言い訳出来ないように、一対一で倒さねば、と思ったからだ。
ユイは、そういった俺の気持ちを、知ってか知らずか、構えを解いて、込めた力を抜き、これから起こる俺たちの戦いを、静観する姿勢を見せた。
「不意打ちとはな……良いだろう、こっちも加減はしない。殺す気で行くぞ」
「当たり前の事を口にするなよ、白痴が」
俺が睨んだ事を気にも止めず、ガスフォードは、また杖を振り上げ、天高くかざした。相手は炎命者だ。殺そうとしても、簡単には死なないだろう。