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悪魔なシスター-2

まるで悪魔のような姿へと変わったセレインが、腹の底まで響く、人ならざる咆哮を上げると、その衝撃で、近辺の家屋は上に浮き上がり、窓は割れ、俺の頰が切れた。


続けざまにセレインは、足を踏み鳴らし、此方に向かって跳躍した。踏み鳴らされた、レンガ造りの歩道は、大きな亀裂が入って、ひしゃげた。


相手が向かって来るのに、突っ立っている訳にもいかず、俺は後ろに、高く飛んだ。家屋の屋根から屋根へと飛び乗り、セレインの出方を探る。セレインは、黒羽を羽ばたかせ、弾丸のように、一直線に俺に向かってきている。


「くそっ、追いかけて来ないでくれよな……」


その余りの速さと、しつこさに、俺は愚痴っぽく、呟いた。それは、単なる独り言のつもりだったのだ。何か反応を求めるような物では、決して無かった。しかし。セレインは、俺の呟きを耳に入れると、先程と同じように、無機質な声で、小さくこう答えた。


『分かりました』


そう口にしたセレインは、途端に俺を追うのを止めて、屋根の上に、ゆっくりと降り立った。その瞳に、さっきまでの敵意はまるで無い。


突如として、性質の変わった相手に、俺が呆気にとられていると、下の方から、件のスキンヘッドの男が、怒鳴り声を上げた。


「何してやがる、無能トンチキのゴミカス野郎が!いいからさっさと、ムカつくその間抜けを殺せ!」


『分かりました』


そう答えると、再びセレインが纏う空気が、変わった。俺に対する殺意が、辺りを渦巻き出す。セレインの雰囲気が変わるのは、いつも、分かりました、という言葉が、きっかけである。



ああ、もしかして、と何かに気付いた俺は、セレインが放ってくる、黒い弾丸をかわしながら、ユイに向かって、声を張り上げた。


「ユイ!その男、足一本くらいなら、撃ってもいいぞ!」


俺の言葉を聞いたか聞いていないか、というタイミングで、ユイは素早く、炎命者の力を解放して、右腕を大きな銃へと変えると、スキンヘッドの男に弾丸を撃ち込んだ。


弾丸が、男の左足の、親指辺りを吹っ飛ばすと、男は、激痛からか、女のように甲高い、叫び声を上げた。それを見た俺はセレインに向かって、予想通りならば、難なく通るであろう要望を、大声で伝える。


「止めてくれ!もう俺に、攻撃しないでくれ!」


『分かりました』


セレインは、俺の要望に対して、今一度そのように返すと、またその目から殺気は消えて、俺に対する攻撃も、あっさりと止んだ。



「……クソ、クソ、クソクソクソッ!ふざけるなよ、クソったれのトンチキ共が!おいセレイン!何度言わせやがんだ、ボケ!さっさと、そいつらを殺……」


「次は!……頭に撃たれたいんだな?それとも、甚振られて、殺されるのが好みか?さ、警告はしたぞ。命と引き換えに、セレインさんに、叶えて欲しいお願いでも?」


スキンヘッドの男が、激痛からか、赤子みたいに喚き散らしながら、セレインに向かって、図々しく身勝手な要望を通そうとしたので、すかさず俺が、殺気混じりに脅しをかけると、男は完全に沈黙した。


セレインと戦いそうになった、事の発端はあの男なのだ。そりゃあ、殺気を放ちたくなるほどに、腹も立つ。



「……すみません、こんな……」


かの人が落ち着いてから、少し経つと、セレインは頭を下げ、俺に謝ってきた。


「気にしないでくれ。……大方、それがあんたの、代償ってとこだろう」


「……お察しの通りです」


セレインは俯いて、フードを目深く被った。しかしまあ、家屋の屋根に立っている、俺たち二人の姿というのは、どうしても人目についてしまう。場所を変えませんか、とセレインが言ってきたので、そうする事にした。


どうでもいい話ではあるが、今回は、大して炎命者としての力を、使っていなかったため、力を抜いた時の吐血量も、微々たる物だった。もちろん、セレインも。



さて、セレインに先導されて、ユイと一緒にやって来たのは、埃や蜘蛛の巣が張り巡っている、おんぼろな、キリスト教における、教会のような建物の中だった。


中央には、くすんだ色の十字架が、力なく佇んでおり、何人もの、肌を覆い尽くしているような、至る所が破けた服を着た、幾人もの人が、その不格好な十字架に祈りを捧げている。また、大きな破損が目立つ長椅子が、十字架までの、直線に引かれ、傷や汚れに塗れたカーペットの横に、ずらりと列をなしていた。


「ここは、街で唯一暴力が無い場所なのです。ですから、弱者と認識された者は、皆ここに集うのです」


セレインが、十字架に祈りを捧げている人に、優しく声をかけ、身体をさすると、皆、瞳に涙を浮かべた。セレインの言動には、人の心を揺らし、安らぎや高揚感を与えてくれる、所謂カリスマ性がある。


それは、弱った人にとって、まさに神のように光り輝くものだろう。皆、セレインに群がり、十字架ではなく、セレインに向かって感謝を述べる。まあ、炎命者というのは、高位存在の力を借りてる訳で。高位存在も、言うなら神。祈るに値するだろう。


「この街には、二つの勢力が存在します。一つは、僕達のような、教会に居る、言うならば、弱き者。もう一つは、この教会の外の者。強き者です。彼らには、欲しい物は力づくで奪い取れ、という鉄則があり、昼食一つも争いの種。常に、殺すか殺されるか、という次元で争っています」


セレインの一人称は僕なのか、まあアーシエもそうだしな、とボンヤリ思いつつ、俺はこの街の人々の様子を、何となく思い浮かべていた。


「ああ、街の雰囲気はそういう……」


「彼らは、自らの事を強者と確信しています。ですから、自制を知りません。考えた事は、即実行します。……でも、おかしいと、思いませんか?こんな小さな街の中で、腕自慢が乱立しているなんて」


「……確かに、強者が何人もいるのは、良く分からない。あの好戦的な性格なら、街の全員とは、一通り戦っているだろうし。……井の中の蛙は出来ないのに、何故?」


ユイが、顎に手を当てて考えている。彼女は感情を混える事なく(出来ない、と言うのが正確ではあるが)、非常に冷静に物事を考えられる。そんな彼女が辿り着いた回答は、至極シンプルな物だった。


「もう一人炎命者がいる。……違う?」


「……はい。その方が、問題なのです。彼の名は、ガスフォード。弱者を虐げ、己が欲望のままに生きよ、と皆を導く。そういった思想の持ち主です」


何だか、俺に当てはまってしまいそうだ。炎命者としての、俺からすれば、仇魔の大半は弱者に当たる訳で。それが弱い者虐め、と言われてしまえば、その通り、と言う他無い。


セレインは、そういった俺の事情を知ってか知らずか、すぐさま続けて言葉を紡ぐ。


「ガスフォードさん自体で、完結しているのならば、それほど問題ではありません。彼の行動が、何か人々に災厄をもたらすのならば、僕としても、止めはしますが。

でも、彼は、人々を争うように扇動しているのです。力ある俺が保障してやるから、お前たちはこう生きろ、と。それが、力こそが絶対である、という生き方です」


言い終わると、セレインは、ゆっくりとため息をついた。


「街の多くの人々、つまり強者は、ガスフォードさんから、大義名分を得て、教会に居る、僕達のような弱者を虐げています。僕達が死ぬ気で働いた、成果の殆どを奪い去り、歯向かえばあっさりと殺されてしまうのです」


「何だか、奴隷みたいだな」


「……そういう言い方も、出来るかもしれません」


ふーむ、と俺は頰に手を当てた。成る程、中々難儀なようだ。


「炎命者であるあんたが逆らおうにも、代償の所為で、出来ない。そういう事だな?」


「はい。僕の代償は、《拒否》。どうしても、僕は断る事が出来なくて、言いなりになってしまって……情けない、お話ですが」


「事情は、分かった。それで、どうしたらいい?」


ユイは、いつも通り、冷静にセレインに聞いた。


「どうすれば、とは……?」


「どうやって、あなた達を助ければいいの?」


ユイは、とても真っ直ぐだ。感情は希薄でも、情に熱い選択を取る。人を助けるのが、おそらく利になる、という事が、彼女の中の、判断基準になっているのだろう。悩む事を知らず、即決即断、というのが、ユイの良い所と言える。


「……おお、なんと、神の御言葉のように、美しき言の葉を紡がれる……!まさに、この出会いも、神のお導き!……かどうかは分かりませんが、その慈悲のお気もち、感謝の念に堪えません。神と、あなた方に、ですね」


嬉しそうに、笑顔で言ったセレインだったが、しかし、と上げた口角を平行にして、言葉を続けた。


「しかし旅のお方。これは僕達、街の問題なのです。故に、旅のお方に迷惑をかける等、僕達の望む所ではありません。ですから、あなた方が、関わる必要はありません。どうかお気になさらず」


気丈に振る舞うセレインに、思う所もあるが、情報というのは、どちらか一方を聞いてもしょうがない。ここは、情報収集を続けよう、と考え、俺はこう言った。


「……まあ、解決するかどうかはともかく。俺たちもやる事が無いんでね。そのガスフォードって人に、一先ず会ってみるとするよ」


「……何をされるか、分かりませんよ」


セレインは、心配そうな声で言った。


「ま、その時はその時さ。実力行使には慣れてるよ」


たとえガスフォードとやらが、いきなり襲いかかってきても、魔神主柱ほどの力は無いだろう、と思うと、俺は大して恐れを抱かなかった。こういうのは、過信とは言うまい。……多分。

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