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最強の敵-7

俺は、悪夢を見ていた。ぼんやりとした暗い空間で、ひたすら痛めつけられる夢。芋虫やら、ゴキブリみたいな、黒光りする虫やらが、身体に絡みついてきたり、爪の中に入ってきたり、耳の中に……


……まあとにかく、そんな不愉快極まりなく、リアルな感覚の悪夢が、長く続いた。そんな夢を見るなんて、余程疲れているのかも。


後から皆に聞いた話によると、そんな、疲弊しきった身体と精神に、追い打ちをかけるような出来事に、うなり、ずっと苦しんでいたらしい。これが、魔神主柱の呪いという奴だろうか。



そうやって苦しみ、最悪な気分で目覚めた俺の目に、飛び込んできたのは、驚き喜ぶ仲間達の姿だった。皆明るい表情で、トキトが目覚めた、とやんややんやの大騒ぎ。そんな皆の様子を、俺はきょとんと呆けて見ていた。


「良かった、無事よねトキト!?身体に痛い所は無い?体調悪く無い?大丈夫?」


笑っているのか、泣いているのか、心配しているのか、分からない表情で、ミカノが俺の肩を、掴んで揺らしながら、聞いてきた。


「あ、ああ……まあ一応な。ただ、そんなに揺らさないでくれ。目覚めが悪くてな。今にも吐いちまいそう」


「あっ。そ、そうね。ごめんなさい、つい嬉しくてね……大変だったのよ、あんた、気絶してる時、血を吐いたりして……でも本当に、良かったわ」


俺が大袈裟に、口に手を当てて、吐くのを堪えるような様を見せると、ミカノは慌て、少し顔を赤らめると、ぱっと肩から手を離した。


「ひとまず、今は無事みたいですね」


微笑みながら、カレンが言った。


「どうも、皆のお陰でなんとかな。……で、何日くらい気を失ってた?」


「ボク達も気絶してたもんだから、詳しくは何とも……まあ最低でも、4日以上かな」


成る程、通りで悪夢が長い訳だ。余りにも長いので、これは現実の出来事か、と錯覚して、随分精神が削れている。


「勝てたのは、トキトの力」


ユイが、その曇りなき眼で、俺の目をじいっと見据えて、言った。それに対して俺は、皆のお陰だよ、一人では勝てなかった、と本心そのままに答えた。実際、俺一人では、奴の結界をどうにか出来そうもなかったわけで。皆が、俺を信じて守ってくれなければ、あの場で全滅していただろう。


それ程の相手だったし、俺だけでなく、皆の顔にも、疲労の色が濃く浮き出ている。魔神主柱近くの、過酷な空間に比べると、今は非常に軽やかな、いつも通りの空間なのだが、激闘で疲弊して、身体が重いので、どっこいどっこいって所かな。


俺は大きく息を吐き、また大きく、この美味い空気を吸った。こんなに良い空気は久方ぶりで、身体に染みる。死地を乗り越え、生きている、という実感が強くある。それはとても幸福に思えた。



「それじゃっ!トキトも目を覚ました事だし!魔神主柱を倒したお祝いしよう!それかんぱーい!」


リリィが元気良く叫んで、手に持った樽のような器を、上に掲げた。それに合わせ、皆も乾杯、と合唱し、また水が並々注がれた、統一感の無い、見た目バラバラの容器を、天に向かって掲げる。しかし、俺の両手には何もない。その場の空気に圧され、乾杯と小さく呟いたものの、掲げるべき何物も無いのは困った。


それに気づいてくれたのか、カレンがそっとコップを渡してくれたので、俺も皆と同じように、そっとそれを上に掲げた。これに何の意味があるかは分からないが、とにかく、皆からめでたい気持ちが伝わってくる。


コップの中身は、水である。てっきりお酒が入ってるのかと思ったが、どうやら大して必要無いらしい。皆信頼し合える仲間なため、人間関係のストレスも希薄。確かに、戦闘での精神疲労は多大であるが、次の戦いまでに、十分それを回復する時間はある。所謂、満ち足りた生活をしているわけだ。


だったら、飲む必要は無いし、だいたい、皆、酒は一度も飲んだ事も無いようだ。曰く、酒を飲みすぎて、体調を悪くした人を見た事があるので、まるで良いイメージを持っていないらしい。


炎命者の命というのは、あまり長く保たない。それを無理して縮めるのは、あまり好ましくない訳だ。俺はそこまで気にしていないが。むしろ、何だ酒じゃないのか、とコップを見て、ガッカリしたくらいだ。



「しかし、トキトが急に、俺を守ってくれ、なんて言い出した時は驚いたよ」


アーシエが、ゆっくりと水を口に含みながら、穏やかに笑って言った。


「余裕無かったからなあ。詳しく説明出来なかったけど、アーシエが、俺の意図をすぐ理解してくれて、助かったよ」


「ま、それくらいはね」


アーシエが、得意げに言うと、大変だったんですよ、とカレンが笑みを浮かべながら、魔神主柱との激闘を振り返る。



ただそれは、単なる苦労話、という物では無く、怪物との死闘を綴った、英雄譚のような話だった。俺に配慮してくれたのか、出来る限り、苦労や苦痛を排除した内容は、聞いてて心地の良い、楽しいものである。まあ、そんなカレンの気遣いも、あれは辛かった、あれは苦しかった、というようなミカノの合いの手で、若干崩壊気味だったが、それはそれで楽しかったので、問題あるまい。


カレンの話は、内容もそうだが、たおやかな渓流のように、淀みなく言葉が紡がれる様、それに透き通るような、彼女の美しい声もまた、一級品の作品を見ているような気分にさせてくれて、カレンは、目を覚ましたばかりの、疲れ切った俺に、素敵な時間を提供してくれた。心から感謝である。



ただ、強敵を倒したからといって、魔神主柱は、あと一つ残っているため、旅はまだ終わらない。そういえば、しばらく街を見ていないなあ、と思いながら、次の街はどんなのだろうか、と来たるべき未来に、想いを馳せながら、俺は水を一口飲んだ。が、それは美味しくも、不味くも無かった。まあ、水だしな。

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