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最強の敵-6

俺の仲間達が、深傷を負っている様とは裏腹に、魔神主柱は、結界に守られ無傷であり、実に涼しい顔をしている。


「君を庇う動きをしているものだから、何かあるとは思っていたけど……いかんせん、この状態だと攻撃に回す力が無くてね。それで、これから何をするのかな?」


あいも変わらず余裕を見せる魔神主柱。皆が深刻なダメージを負っているので、奴が何と言おうと、その攻撃力の高さは見て取れる。しかし、あの涼しげな面、もう見れないようにしてやらねば。


俺はハーバルングを振り、魔神主柱の放つレーザーを搔き消しながら、眠れる獅子を呼び起こすように、ゆっくりと、歌でも詠むように、言葉を紡ぐ。口にも喉にも、炎命者としての力は解放されており、言葉を重ねる毎に、神具の輝きは増していった。


「神剣、ハーバルングよー


尊き神具、溢るる力、至高なる輝きを束ねー


空は後へ、光は彼方へー


我が敵よ、見るかー聖なる力の流星をー


聞くか、好敵手ー常貫く踏嵐の音をー


嗚呼ここに天は開き、我、破を謳わん!


無常なる理に抗いし神光よ!


さあ顕現し!咎ありし王者に、慈悲なき天啓を!」



言い終えた瞬間、辺りを覆ったのは、何時もの目を潰すような眩さとは異なる、暖かな、極彩色の虹の輝きだった。さらにハーバルングから、辺りを吹き飛ばすような、凄まじい勢いの突風が吹き荒れ、突如現れた、ハーバルングという圧倒的な力の波動からか、大気は泣き叫ぶように震え、空間には次々と大きな亀裂が入った。


「何……!?馬鹿、な……!何故貴様如きが、そんな力を持っている!?ありえない!こんな事、あって良いはずが無い!」


まさに、限りなく真に近しい力を得たハーバルングを視界に収めると、魔神主柱は初めて取り乱した様子を見せた。いつもの冷ややかで一点を見据える目は、乱れて泳ぎ、以前からは信じられないほどに、声を荒げている。


「相棒に、恵まれたのさ」


俺は簡潔にそう返答すると、ハーバルングの剣先を、灰色模様の天に向かって突き上げると、己が全ての力を込めて振り下ろした。


音も衝撃も、何も無かった。俺の身体は、神具の絶大なる力を振るった事で、また深いダメージを負い、血を吐いた。煮え湯を脳に流し込まれたのかと思うくらい、頭痛が酷くて吐き気がする。


ハーバルングを杖のようにして、俺は膝をついた。手足がまるで動かず、これ以上の戦闘は望めない。酷い過呼吸状態になりながらも、俺は何とか、敵を視野に入れようと、顔を上げた。


ふと気付けば、極彩色の光が、魔神主柱の結界を襲っていた。それ程に攻撃速度は凄まじいが、しかしその攻撃に殺気は無かった。高い所から低い所へ水が流れるように、必然だと言わんばかりに、悪意なく敵に襲いかかる。


やがて、ハーバルングから放たれた光が、魔神主柱を包み込む。さしずめその光景は、攻撃、というより浄化に近かった。光に消え去った魔神主柱。その攻撃は、無限であるため、消える事は無い。




……はず、だった。消えないはずの光、無限なはずの攻撃は、何故か終わりを迎え、薄れゆく光の中から、此方に向かってくる影が見えた。


そうだ、確かラティアは言っていた。無限には到達したが、虚構であると。いまいち意味が分からず、深く追求する意味も無いと思い、さらりと流していたのだが……参ったな……


『お前さんは、有限な存在。器の問題なのだ。有限から無限な物を産み出すのは、形だけの虚構になってしまう。器が壊れるので、どうしてもな』


落ち着いている場合かよ、最後の切り札を、既に切っちまったっていうのに……!もう、これ以上戦えそうもないぞ……!と俺は万策尽きた、と下を向いた。


『嘘偽りなく、言っておるのか少年よ。見るがいい、奴の姿を』


ラティアにそう言われ、俺は、俯き地面を向いていた、重い顔を死ぬ気で起こし、奴の方を見ると、鮮やかな光が消え去り、その全貌を見せた魔神主柱は、まさに変わり果てていた。


結界は消え去り、全身にある目は傷だらけで、潰れて歪んで、変形している。踏み潰された、カエルの卵みたいだ。以前までの余裕ある表情は消え、俺たちのように荒い息を繰り返している。足取りも重く、ふらふらと揺れ動き、足元がおぼついていない。


『奴も限界じゃのう。それで少年よ。改めて聞くが、本当にもう戦えんのか?人は強欲。可能と分かれば力も湧いてこよう』


ああ、まさしくラティアの言う通りだ。身体は重く、しっかりとした、素早い動きは期待出来ないが、まだ、動く。ならば、闘志が湧いてくる。活路が見え、底の底まで力を出し切ろうと、己を限界まで奮い立たせる。


奴もボロボロ、俺もボロボロ。仲間たちは、既に限界なのか、傷を治す速度がかなり遅かったため、頼るのは難しい。一対一と考えていいだろう。



ここまで来ると、敵も見事と言う他ない。魔神主柱に向かって何か言ってやりたかったが、もはや何か口にする余力は、残っていなかった。


俺は、石化したのかと思うくらいに、固く動かない足を引きずりながら、魔神主柱に向かっていく。魔神主柱はピクリとも動かない。熱光線すら放ってこない。ただ、肩を大きく揺らしながら息をしている。


奴は、俺を待ち構えている。歩く体力すら温存して、俺を殺そうと画策している。何せ俺を殺したとしても、カレン達がまだ居るのだ。魔神主柱にしてみれば、余力を残しておかなければなるまい。


俺は、よろめき、ふらつき、倒れこみそうになりながらも、一度でも気を抜くと、そのまま気絶してしまいそうだったので、何とか堪えて、魔神主柱の側まで来た。


目が、霞んでいる。魔神主柱の姿がぼやけている。俺は射程距離に止まりながら、ほんの僅かでも力を溜めるために、一呼吸置いた。一撃。それが限度だと悟っていた。二撃目を考える力は残っていない。一撃で駄目なら、それで終わりだ。覚悟を決める。



すると、不意に、眼前の魔神主柱が、猛然と襲撃してきた。瞬く間に距離を詰められ、魔神主柱の手刀が、俺目掛け襲いかかる。


奴も満身創痍だろうに、その攻撃は速く、俺にそれをかわす力は無い。だからこそ、敢えて俺は前に出た。かわすのではなく、魔神主柱に一撃入れるために。


もはや自分の身体すら支えられない俺は、倒れこむように、魔神主柱に向かって拳を突き出した。奴の手刀と俺の拳が交錯すると、俺の腹は、奴の手刀によって、後皮一枚で真っ二つ、というくらいに深く斬り裂かれた。激痛が、疲弊しきった脳裏を駆け巡る。


だが、そんな痛みで、攻撃を止めるわけにはいかない。懸命の力を込めて放った俺の拳は、一直線に、鋼以上に硬い魔神主柱の心臓部を、突き破って貫いた。



手応えはあった。しかし、魔神主柱の吐息が、俺の手にかかった。奴は、まだ生きている。だとしても、俺はもう、それ以上の攻撃は出来ない。身体が、まるで動かないのだ。


走馬灯が、緩やかに見えた。仲間達との日々が映っている。俺は、そのまま魔神主柱に身体を預け、これから死ぬのかなあ、とぼやけた頭で考えながら、俯いていた。


ふと俺の腕に、冷たい、人の手の感触がした。魔神主柱が、そっと俺の腕に触れたのだ。握りつぶされるのかと思ったが、そういう事では無いらしい。


魔神主柱は、俺の腕に手を添えながら、ゆっくりと、今にも消え去りそうな声で呟いた。


「参った……な……僕を……負かすだけの力を……持っているなんて……さ……」


話をする事それ自体が苦しそうで、魔神主柱は何か口にするたびに、苦悶としていた。が、それでも奴は、話す事を止めない。


「人は……嫌いだ……醜くて……仕方ない……」


魔神主柱が、苦しみながらも懸命に言葉を紡ぐので、俺もそれに応えずにはいられまい、と疲弊しきった身体を無理に動かし、血を吐き、一言一句に気を遠くしながら、俺は言った。


「お前がそうなら……それで……いいさ……」


「……そう……かい……ああ……それなら、そうするとしよう……か……じゃあね……醜い、人間様よ……あの世で……未練たらしく……呪い続けてあげる、よ……」


「あの世が……あればな……」


魔神主柱は、違いない、と穏やかに言うと、やがてピクリとも動かなくなり、淡雪のように、宙に溶けて消えた。魔神主柱がいなくなった事で、魔神主柱が作り上げたと思われる、一面灰色な空間は、決壊が近いのか、そこら中に亀裂が走り出す。


ひび割れた箇所からは、優しい陽の光が、雨のように降り注ぐ。灰色の世界に差し込んだ日光は、まさしく戦いが終わった事を告げる、希望を意味しているように見えた。




そんな幻想的な光景に安心したのか、元々悲鳴を上げていた身体を、無理に動かしていた俺は、糸の切れた操り人形のように、倒れ込んで事切れた。

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